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第3章 策略と覚醒


蔵は屋敷の離れからさらに東の外れにあった。古びた南京錠に鍵を差し込み重い石の扉を開くと、掛け軸や書物があちこちに積み重なっておかれているのが見えた。


「随分と開けてなかったからほこりがすごいな」


千隼様は行灯を床に置くと、私にハンカチを差し出す。


「これで覆っておくといい」


「千隼様は?」


「戦場を駆け回ってるんだ。俺はなんともない」


お身体のためにも千隼様にハンカチを使って頂きたかったが、断られるのが目に見えた私は素直にハンカチを受け取り口元を覆った。


私たちは明かりを頼りに初代当主の日記帳を探し始める。


「俺はこっちを探すから、真白は手前の方を頼む」


「はい」


入り口からほど近い場所に三つほど書物の山があり、私は一冊づつ丁寧に確認していく。


「多分だが、日記帳の表紙には我が神堂家の家紋である、桜が描かれているはずだ」


「確か、桜に衣のような紋でしたよね?」


ここに婚儀の際、居間に額に入れて飾られていたのを見たことを思い出す。


「ああ。あれは桜天女(さくらてんにょ)をモチーフにしてるんだ」


「桜天女?」


「ん、ちょうどいいのがあるな」


千隼様は掛け軸を手に取ると私にかからないように息を吹きかけて埃を払ってから、こちらに向けた。

そこには黒髪の女性が淡いピンクの着物に身を包み、桜模様の衣を羽織って天へむかって飛んでいく姿が描かれており、墨で“桜天女”と明記されている。


「綺麗……」


「俺もひいおじい様から聞いたことがあるくらいが、初代当主の妻は“桜天女”とよばれ、特別な力をもっていたそうだ。当主はその妻を深く愛し、彼女の姿を元に家紋を作らせたらしい」


「素敵なお話。奥様をとても愛されていたんですね」


「……そうだな」


千隼様のお声が少しだけ寂しげに聞こえたのは気のせいだろうか。


千隼様が掛け軸を床に置き、日記帳を探し始めたのをみて私も再び手を動かす。

その時、下の方にある一冊の本が僅かに光を帯びた気がした。


(ん?)


行灯の明かりが何かに反射しただけだろうか?不思議に思いつつ、本の山からその本を引き出してみる。


(これは……!)


「見てください千隼様」


駆け寄ってきた千隼様にすぐに私はその本を差し出した。表紙には『神堂一介乃日記帳しんどういちすけのにっきちょう』と書かれている。さっとページをめくって中身をざっと確認した千隼様は私の頭にポンと触れた。


「よく見つけたな、初代の日記帳はこれだ」


「すぐに中身を確認しましょう」


「そうしよう」


私たちは蔵から出ると互いのほこりを払いながら、私の私室へ向かった。


「驚いたな、真白が古の文字も読めるとは」


「本を読むのが元々好きだったんです」


屋敷からほぼ外に出してもらえないことから、仕方なく始めた読書がここにきて役に立つとは思いもよらなかった。


「俺でもその文字はほとんど読めないな」


「千隼様はゆっくりなさっててください」


千隼様は私の部屋をぐるりと見渡すと、小さな箪笥の上に目を向けた。そこには私が縫った千隼様の着物が積み重ねてある。


「ん? この着物は真白が縫ったのか?」


「あ、えっと、そうでございます。千隼様のお好みにあうかわかりませんが……」


「俺のために?」


「あ……はい」


千隼様は一番上の藍色の格子柄の着物を手に取るとしげしげと眺める。


「……あまり見ないで下さい。恥ずかしいです」


「真白は器用だな。とても丁寧に縫ってある」


「あの、着てくださいますか?」


「勿論だ。今夜早速着る」


「本当ですか。良かったです」


ここで一人ぼっちで千隼様のことを思いなから縫った着物を実際着て頂けるなんて胸がいっぱいだ。


「どうした? お前はすぐ泣きそうな顔をするから心配になる」


「……嬉し涙です」


着物を手に取ったままあわてて駆け寄ってきた千隼様は、困ったように笑う。


「ならいい」


そして慈しむように撫でられた頬はすぐに熱を帯び、胸が高鳴る。


(まただわ、千隼様に触れられると顔が熱くなって心臓が……)


私は高鳴った胸を押さえるようにして深呼吸をしてから、再び日記帳の文字を目で追っていく。


どのくらい没頭していただろうか。私の隣で着物を見つめていた千隼様がふいに私の方にぐっと顔を寄せると、小首を傾げた。


「……いやしかし良く読めるな。俺にはミミズがはってるような文字にしか見えん」


その言葉に思わず私は目を大きく見開いていた。



「初代ご当主様が書かれた文字を……そのあの」


「ミミズにしか見えないだろう」


「い、いけません、千隼様」


「ははは」


何かおかしなことをいっただろうか。千隼様は声を出して少年のように笑ってから、愉しげに机に肘をついた。


「あの、なにか?」


「真白に叱られるのもいいもんだな」


「そのような……千隼様を叱ってなど……」


「そうか? ではこれからも初代の書いた文字はミミズだと言っても?」


「な、なりません」


また千隼様がククッと笑みをこぼす。


余命僅かな千隼様のためになんとか手がかりを探すことに集中しなければならないのに、こうしてたわいないことで笑う千隼様の笑顔から目が離せない。


それどころか心が温かくなって幸せな気持ちまで湧いてくる。


こんな気持ちを私は千隼様に会うまで知らなかった。


(優しくて幸せ……)


「……不謹慎だが幸せだな」


「え? 千隼様?」


一瞬、頭の中を読まれたのかと思った。千隼様は形の良い薄い唇を引き上げる。


「こうしてたわいない話をしていると、余命のことも忘れてしまう。真白のお陰だ。真白といるだけで幸せだ」


私は千隼様の手にそっと両手を重ねた。


「同じことを感じておりました。こうしてこれからもずっと千隼様と笑って過ごせたらどんなにいいかと……」


「……真白がそばにいてくれるなら、もう俺は何も望まない」


何かを悟ったような千隼様の表情に私は自分の無力さに打ちひしがれそうになる。けれどそんなことをして悲観して涙を流しても何も生まれない。私はぐっと顔を上げた。


「……私の願いは千隼様のおそばにずっといることです。呪いを解呪する方法はきっとどこかにあるはずです。だから諦めないでください」


「すまない。またお前を不安にさせてしまったな」


千隼様はそういうとこちらにすっと長く骨ばった小指を差し出した。


「約束する、諦めないと」


(ゆびきり……あの男の子とも……)


なぜだか、ふいにあの山で一度だけ会った赤い瞳の男の子と千隼様が重なる。そうだ、あの時の男の子とも指切りをし、互いに生まれてきた意味があることを信じようと指切りをした。信じていればきっと道はある。


「私もお約束致します。絶対に諦めません」


私たちは指切りをすると微笑みあう。

指切りを終えた私は心を奮い立たせるように日記帳に視線を走らせていき、あるページを見て、あっと声を上げた。


「どうした?」


「ここ見てください」


「ん? 桜天女の……天授の力? すまない、前後は俺には読めない」


「あ、読み上げます。我が妻である……桜天女のさくらには、特別な力がある。それはすべての毒や呪いを癒し浄化できる特別な力──すなわち『天授の力』」


「すべての呪いと毒を浄化するだと?」


私は日記帳を人差し指でなぞりながら続きを読む。


「……桜天女の『天授の力』とは、その両の手のひらに宿り、あらゆるものを浄化する奇跡の力……桜天女は幾年の時を経て転生を繰り返し、神堂家の当主に降りかかる厄災の助けとなるだろう……そう書かれております」


私が隣に顔を向けると顎に手を当てた千隼様と目があった。


「手のひらに宿る……天授の力か。興味深いな」


「はい。桜天女様は転生を繰り返すとも書いてあります。この天授の力をもつ桜天女様を探し出せば、鬼紋を解呪できるかもしれません」


「しかし真白、これが書かれたのはもう千年も前の話だ。そもそも本当に桜天女も天授の力も存在したかどうかわからない」


「……」


確かに千隼様の仰ることは最もだ。けれどせっかく得た情報をこのまま見過ごすことなんてできない。それがわずかな可能性だったとしても。

千隼様は小さなため息をひとつ吐くと気遣うように私を見つめた。


「気を悪くしないで欲しいが、仮にこの話が本当であり、また奇跡的に桜天女が現存したとして、俺の鬼紋を浄化できるかどうかはわからない……」


「少し待ってください、天授の力で浄化できる呪いについても補足が端に書いて……」


私は頭をフル回転させてながら文字を目で追っていく。


「……ありました! 特定の鬼の呪いも解呪できる……詳しくは“鬼呪辞典(きじゅじてん)”を参照……」


(鬼呪辞典……! これは!)


「ん? 辞典がいるのか?」


「千隼様これをみてください」


私はすぐに机の横の戸棚から古書屋で買ったばかりの本を取り出した。


「“鬼呪辞典”です」


「驚いたな。一体そんなものどこで?」


「実は千隼様が馬車を呼びに行っている間に、古書屋に寄って買ったんです」


私は“鬼呪辞典”をひろげると鬼童子のページを開く。そこには鬼紋のことが記されており、解呪方法は桜天女の持つ天授の力のみと記載があった。


「……これは……」


「千隼様、探してみませんか? 天授の力を持つ、桜天女様を」


「そうだな、わずかでも希望があるのなら探してみる価値はある」


「はい、では私は早速蔵に行ってほかに参考になりそうな書物がないか探してまいります」


行灯を持って駆けだそうとした私の手を大きな手が掴む。


「もう遅い。今日は寝るぞ」


「え……?」



千隼様は空いた手で私の持っている行灯をするりと取ると、手を繋いだまま寝室へと歩いていく。


(もしかして……初夜?)


夫婦なのだから当たり前といえばそうだが、今夜そんなことになるとは考えてもみなかった。


「あの、その……心の準備が」


「なにを想像してるんだ? 一緒に寝るだけだ」


「……っ」


恥ずかしさから顔が炎が噴き出たように熱い。


千隼様は悪戯っ子のような笑みを浮かべると、繋いでいる手のひらに更に力を込めた。


その夜、満点の星に見守られながら私は初めて千隼様と一つの布団で眠りについた。




身体が軽く、繋いだ手のひらが温かくて心地がいい。俺は瞼に朝日を感じながら、隣の真白を抱き寄せた。甘い髪の匂いに誘われるように目を開ければ、あどけない寝顔が見える。


(寝顔は幼いな)


昨晩はよほど疲れていたようで、真白は俺と布団に入ってすぐに眠ってしまった。

寝室に誘ったのだから、全く欲がなかったわけではないが眠った真白を胸に抱え、愛らしい寝顔を見つめているだけで、心は多幸感でいっぱいになり、気づけば俺も眠ってしまっていた。


(桜天女に天授の力、か……)


真白の前では桜天女を探すと言ったが、日記に記されていた桜天女の話が事実かと問われれば正直、信じがたい。


もちろん解呪方法を探すことを諦めないと決めたのは本当だ。少しでも長く真白と共に過ごせるよう、薬師に薬の相談をしようと考えている。


(もうすこし寝かせておいてやろう)


真白の髪をひと撫でして布団から出ると、障子を開ける。

差し込んできた朝日に目を細めながら、俺は息を呑んだ。


「……え?……」


姿見に移る俺の鎖骨から胸にかけての鬼紋が消えているのだ。

腹部の一部や足にはまだ出ているものの、今まで増えることはあっても、消えたのは初めてだ。


「一体……どうなってる……?」


すぐに着物を脱ぎ上半身をじっくり観察すれば、あんなにびっしりとあった鬼紋が上半身はほぼきれいになくなっている。


「どういう……ことだ……?」


よく考えれば、ここ数日、鬼紋による痛みの発作がなかったことにも気付く。


(夜になると必ずあった発作がない?)


それだけじゃない。今日はここ最近で一番身体が軽く、体調がいいのがわかる。


ここ数日、帝都から戻ってきて鬼狩りに出ていないせいだろうか。瘴気を浴びないことが功を奏したのだろうか。それとも何か別の──。


俺ははっとすると、まだ睫毛をゆらしていている彼女を見つめた。


「……まさか、真白……?」


帝都から戻ってきて数日、俺がしたことと言えば真白と共に過ごしたことだけ。真白の作った食事を食べ、縫ってくれた着物を着て、夜は一緒に手を繋いで眠った。


(まさか……そんなこと……)


昨晩、真白が言っていた“桜天女”の”天授の力“のことが脳裏に浮かぶ。


「……ん……、千隼様?」


真白が目を覚ますと、瞼をこすりながら寝ぼけまなこで起き上がる、


「真白っ、見てくれ!」


「きゃあ……っ」


真白は顔を両手で覆うと、耳まで真っ赤にしてふるふると首を振っている。


「真白?」


「あ、あの……御着替え中とは知らず、大変失礼致しました……その、えっと」


真白が俺の裸を目にして恥ずかしがり、顔を覆っていることに気付き、俺は首に手をまわした。


「悪いがこっちを向いてくれないか。鬼紋が消えたんだ」


「え?」


真白はすぐに顔を覆っていた手を離すと、俺の胸元をじっと見つめる。その両目にはすぐに涙が浮かぶ。


「そんな……奇跡が起こるなんて……」


「いや。真白ちょっと手を見せてくれ」


俺は着物を羽織りなおすと、真白の白く華奢な手を取る。そして親指でなぞるように触れながら凝視する。


手からは特に気の力も浄化の力も感じない。だが、神経を集中させてみれば、こうして手と手が触れあっているだけでも僅かに身体と心が安らぐのがわかる。

言葉に形容するのは難しいが、これが癒しと呼ばれる力なのではないだろうか?


「千隼様?」


「お前は、桜天女の生まれ変わりなのかもしれない」


「え……何を、突然……」


「俺が帝都に戻ってきて、したことは真白と一緒に過ごしたことだけだ。真白の作った食事を食べ、着物を着て手を繋いで眠った。そうしたら鬼紋の一部が消えていた。真白の手には天授の力があると考えたら、つじつまはあわないか?」


「私は……“、無能モノ”です……そんな大それた力など……」


真白は信じられないといった表情で、大きな目をさらに大きくして首を振る。俺は真白の両肩に優しく触れた。


「お前は無能モノなんかじゃない。俺の鬼紋を解呪できる、唯一無二の天授の力をもつ花嫁だ」


「そんなこと……とても信じられません」


「信じられないかもしれないが俺にはわかる。真白のお陰だ。真白が俺を救ってくれたんだ。ありがとう」


真白が肩を震わせると、俺の背中をぎゅっと抱きしめた。


「私にそんな力があるかわかりません。でも……お役に立てて嬉しいです」


「今度、帝都一の薬師に見てもらおう。真白の天授の力についても何かわかるかもしれない」


「はい……」


真白が濡れた瞳に俺を映す。


気持ちを確かめるように唇を近づければ、彼女の長い睫毛が静かに閉じられる。


互いの唇が触れる寸前、渡り廊下をこちらに向かって駆けてくる音が聞こえて、俺たちは慌てて身体を離した。


「当主様、大変でございます」


「なにごとだ?」


「早馬が参り、街に五本鬼が出たと」


(!!)


鬼はその角の数で邪悪さが違う。俺が率いる極楽隊の隊員は皆優秀だが、五本鬼となると無傷では済まない可能性が高い。俺が行って狩る方が誰も血を流さずにすむ。


「わかった、すぐ行く」


刀を持って立ち上がれば、すぐに真白が軍服を抱えて持ってくる。


「千隼様、どうかお気をつけて」


「ああ、留守を頼む」


着替えをさっと済ませた俺は、すぐに馬に跨り街へ向かった。



「ありえない、ありえない、ありえないっ!」


爪をカチカチと噛み、怒りを抑えようとするが耐えられず今にも爆発しそうだ。


「“無能モノ”のくせに、千隼様と初夜をすごすなんて……」


あたしは下女を脅して神堂家の庭に忍び込むと、寝室が見える木陰から二人の様子をずっと見ていた。

会話はとぎれとぎれににしか聞こえなかったが、あの“無能モノ”が桜天女の生まれ変わりだと聞いたときは、全身が震えるほどの衝撃が走った。


桜天女については亡きおばあ様に何度か聞いたことがあった。桜天女の生まれ変わりは一之宮家または我が光小路家のみに現れるそうだ。

そして桜天女のもつ“天授の力”は唯一無二であり、どんなに優秀な浄化師でもその力は足元にも及ばないと。


「あんな……“無能モノ”が天授の力を扱えるはずないわ……! このアタシより優れてるなんて、絶対にありえない!!」


ただ聡明な千隼様が嘘をつくとも、根拠もなしにあの女を桜天女の生まれ変わりだと口にするとも思えない。


「目障りね……一体どうしたらいいのかしら……」


その時、あたしはあることを思い出すと噛んでいた爪を歯から離した。


「うふふ、いいこと思いついちゃった~」


先日、街の裏市場で買ったアレを試してみるいい機会だ。あたしは心配そうに千隼様を見送り、手を振る真白を見ながらニタリと笑った。



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