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第2章 真白の隠された力

※※


私は夢を見ていた──ずっと昔、私が八歳の頃のこと。力が発動せず“無能モノ”と呼ばれ始めていた私はよく母の墓の前で泣いていた。


墓は母の希望で春になると桜が満開になる山の外れに建てられていたが、鬼が棲む森と距離が近くいつも人気はない。

だから辛くなるとここへきて思い切り泣いた。


その日は、父が引き取った姪が僅か五歳で浄化師としての力を目覚めさせてことに喜び、屋敷で祝いの儀を開いていたのだが、めでたい日に無能モノの私がいると水を差すと屋敷を追い出されたのだ。


『お母様……っ、もうお母様のとこにいきたい……』


一度零れた涙は止まらず墓石には水玉模様が無数に広がっていく。


『──グルルルル、うまそうだなぁ』


『え?』


振り返れば額から三本の角が突き出た鬼がよだれを垂らして立っていた。


(角が……三本、三本鬼(さんぼんおに)!)


鬼は角の数でその邪悪さが違う。角が二本までは言葉を話せず四足歩行をするが、三本からは二足歩行をし、人間の言葉も話す。


鬼は角が一本の一本鬼(いっぽんおに)から七本鬼(ななほんおに)までが存在し、その鬼たちの長が“鬼童子”だ。


(一本鬼くらいなら、私の足でも逃げられるけど……三本鬼なんて無理だわ……)

涙はすぐに止まり、恐怖から体中が震えだす。母の元に行きたいなどと願ったからだろうか。


(怖い……、でも鬼に食べられれば天国に行ける……?)


鬼が勢いよく駆けてくるを見て私はぎゅっと目を瞑った。


『ぎゃぁあああああ』


(え?)


鬼の断末魔の叫びが聞こえて、恐る恐る目を開ければ、鬼が逃げていき目の前に立っていた男の子と目があう。


『大丈夫か?』


赤い瞳をもつ私より少し年上にみえる男の子は私の前にしゃがみ込んだ。


『はい……』


『ここは夜は鬼が出やすい。もう家へ帰れ』


『今日は……事情があって帰れないんです。明日、帰ります』


そう言ってから、私ははっとする。男の子の腕から血が滲んでいたからだ。


『ごめんなさい、私のせいで血が……』


『かすり傷だ、問題ない』


『いえ、ちょっと待ってください』


すぐに自分の着物の裾を破き端切れにすると腕に当てて止血する。ぐっと手を押し当てて傷を圧迫すればすぐに血は止まった。


(良かった……傷は浅そう)

安堵してそっと腕から手を離せば、男の子の腕に黒いアザのようなものがあるのが見えた。


(何かしら……?)


『生まれつきだ。気持ち悪いだろう』


私はすぐに首を振った。


『気持ち悪くなんてありません。それに誰も、生まれつきそうあろうと望んで生まれたわけではないから……』


確かに体に黒いアザがある人をみたこともなければ聞いたこともなかった。けれど、その黒いアザを持って生まれた彼と能力を持たず“無能モノ”として生まれた自分が重なった。


『それはどういう意味だ?』


『この世にはどうにもならないことがあって、自分ではどうすることもできなくて。でも諦めたくはないんです。私が生まれてきた意味は必ずあるって、信じたい』


『そうか……俺も信じたい』


『え?』


男の子は私に向かって頷くと、腰を下ろし、刀を地面に置いた。そして小指を差し出した


『約束だ。お互い生まれてきた意味があると信じ、命を粗末にしないと』


男の子の真っすぐな力強い瞳に嘘がなくて、いつかきっと自分が生まれた意味が見つかる気がして、気付けば私は彼の小指に自分の小指を重ねていた。


『約束だからな』


『はい』


『それと君は朝までいるんだろう。俺もたまには朝日を見たいと思ってたんだ。一緒に見ないか? 朝日は願いをひとつだけ叶えてくれるらしいぞ』


『そうなのですね……ではぜひ』


男の子は私の返事に満足げにすると、ふっと笑った。その時、胸が少し苦しくなって鼓動がとくんと跳ねた。


「ん……っ」


目を開けると布団の上で、視線を窓辺に向けると眩い光が差し込んでいる。


(あれ、私……いつの間にか眠って……)


そして窓辺とは反対側に視線を向けた私は息を呑んだ。


隣の布団には千隼様が眠っていて長い睫毛を静かに揺らしていたからだ。


(そうだ……昨日はあのまま……)


千隼様からそばにいてもいいと言われ、抱きしめられてほっとして、そのまま眠ってしまったようだ。


私は千隼様を起こさないようそっと起き上がる。布団から出ようとすれば大きな手が私の手を掴んだ。


「あ、の……起こしてしまったようですね。申し訳ございません」


「いや、大丈夫だ。それよりどこにいくんだ?」


千隼様の瞳はいつだって真っすぐに私を見つめて居心地が悪い。心臓がそわそわして勝手に顔が熱くなるのだ。昨晩は初夜を過ごしたわけではないが一緒に眠った事実が、余計に私の胸を騒がしくする。



「あの、その、着替えに行こうかと」


「そうか、それはそうと熱でもあるのか?」


「え?」


千隼様の手がするりと私の頬に触れる。


「あ、あの……」


「いつもより顔が赤い」


「そ、そそそれは……あの、その千隼様が……」


「俺がなんだ?」


「な、なんでもございません。着替えて顔を洗ってまいります」


ようやく手のひらが頬から離れる。千隼様がクッと笑ったような気がしたが、私は振り返らずにすぐに私室に着替えに向かった。



※※


「うまい……」


俺は思わずそう声を漏らしていた。


「お口にあって何よりです……」


目の前のお膳には炊き立ての白米にかぶのみそ汁、ほうれん草のおひたしに、カボチャの煮物、サバの味噌煮が並べられている。


「真白が作ったのか、大変だっただろう」


「いえ、いつも作っているので苦ではありませんし、作るのは好きなんです」


その言葉に引っ掛かりを覚える。この屋敷には自分の鬼紋を隠すため、最低限の下女しか雇っていないが帝都に向かう際、真白の食事や掃除といった身の回りのことはするよう指示を出していたからだ。


「いつも? 下女は何をしているんだ?」


「あ……その、私が作りたいと言ったんです。時間がありますし、何か役に立ちたくて……その……だから下女たちは悪くありません」


昨日の真白の言葉を思い出す。自分を“無能モノ”だと言い、涙をこぼした彼女。俺が鬼狩りで不在にしている間、下女たちから妻と扱われず虐げられる生活をしていたのではないか、すぐにそう思った。


「お前は俺の妻だ。炊事や掃除をする必要はない、俺からきつく下女に言っておく」


「その必要はございません。むしろ千隼様に食事をお作りして召し上がっていただけたことが嬉しいのです。これからも良かったらお作りさせてください」


真白は頭を下げるとそのまま姿勢を変えない。


「……昨日も言っただろう。俺の前で堅苦しくする必要はない。あと掃除は下女にさせるが炊事はお前に任せる」


「千隼様、ありがとうございます」


俺のために飯を作ることを喜び、笑顔を見せる彼女に心臓が騒がしい。


「いや……ただひとつ条件がある」


「条件とはなんですか?」


「俺たちは夫婦だ。これから食事は一緒にしたい。いいか?」


真白は少し困った顔をしながらも、静かに頷く。


「あと今日は非番なんだ。朝餉の礼がしたい。一緒に来てくれ」


「え、でも……」


「なんだ? 夫と出かけるのが嫌か?」


「そ、そんなことはございません。すぐに準備をしてきます」


頬を染めて、慌てて出ていく真白に目を細めながら、俺は残りの朝餉をゆっくりと味わった。




「わぁ……すごい」


目の前には、見たことのないお菓子や美しい色とりどりの着物、家具屋や写真館などが立ち並んでいる。


「街へくるのははじめてか?」


「はい、あまり……外出することがなかったので」


私は千隼様に気遣われたくなくて嘘をついた。本当は“無能モノ”として家門の恥とされていた私は極力、屋敷から出ることを禁じられていたから。

でもきっとそのことを知れば、お優しい千隼様は心を痛めると思ったからだ。


「ここではなんでも欲しいものが手に入る。行こう」


「え、どちらへ?」


「着いてからのお楽しみだ」


千隼様が当たり前のように私の手を取ると、迷いなく歩いていくが私の視線はすぐに下を向く。


通りすがりの人々が千隼様を見て、羨望の眼差しを向けるのもつかの間、すぐに隣の私を見て驚いたような表情を浮かべているから。

きっと私のような“無能モノ”を連れ歩いている千隼様に驚きが隠せないのだろう。


(やっぱり場違いだったわ……)


千隼様からのお誘いが嬉しくて舞い上がっていたが、このままでは千隼様に“無能モノ”の妻を持つ夫として恥をかかせてしまう。

私はふいに歩みをぴたりと止めた。


「千隼様……やっぱり屋敷に戻りましょう」


「なぜだ?」


「皆が……こちらを見ております。“無能モノ”の私がいれば千隼様に恥をかかせてしまいます」


「なんだそんなことを気にして俯いていたのか」


そういうと、千隼様は私の両ひざに腕を差し込みあっという間に抱きかかえる。


「きゃ……っ、千隼様……っ」


「俯いているからそう思うんだ。よく見てみろ。皆、お前の美しさに見惚れているんだ」


「そ、そのようなこと……断じてございませんっ」


「俺が嘘を言っているとでも?」


「そんな恐れ多いこと……」


「いいから見てみろ」


恥ずかしさと胸のドキドキで千隼様の肩に顔を埋めていた私は、恐る恐る顔を上げる。


すぐに目の前の着物売りの女性たちと目があった。


「──まぁ、なんてお綺麗な方。まるで天女みたいですわね」


「──ええ、本当に。さすが千隼様がお選びになった花嫁様ですね」


聞き間違えかと思いつつ、千隼様に抱えられたままお顔を見つめれば、赤い瞳が優しく細められた。


「聞こえたか?」


「えっと」


「真白は誰よりも何よりも綺麗だ。妻として俺の隣で堂々としてればいい」


「千隼様……」


「それにこの街は俺が初めて領主を任された場所なんだ。始めは鬼狩り家が治めることでより鬼が攻めてくるのではと反対していた者も多かったが、長年鬼を狩っているうちに皆、慕ってくれるようになってな」


千隼様は私を地面に下ろすと髪をそっとなでるように触れた。

「皆、俺の選んだ花嫁を祝福している。この街の者は皆、お前の味方だ。安心していい」


そして再び手を引くと、ある店の前で足を止めた。すぐに恰幅のいい店主が出迎えてくれる。


「これはこれは千隼様、そちらのお綺麗なお方は奥方様でしょうか?」


「ああ。妻の真白だ。今日は簪を送りたくて連れてきたんだ」


「え……っ」


思わず発した声に千隼様が唇を引き上げる。


「言っただろう、朝餉の礼がしたい。あと長く留守にした詫びもこめて」


目の前には金細工が施され高価な宝石がついた簪が所狭しと並べられている。


「いけません。このような高価なもの……私には贅沢でございます」


「何度言わせるんだ? 大事な妻に贈り物がしたい俺の気持ちを無下にしないでくれ」


「ふふ、仲睦まじいことですね」


「新婚なんでね」


簪屋の店主に恥ずかしがることなくそう口にする千隼様を横目に顔がただひらすら熱い。


「あの……千隼様」


「なんだ? いらないは無しだぞ」


「はい……千隼様に選んでいただいても構わないでしょうか?」


「俺が?」


「はい、千隼様が選んでくださった簪をつけたいのです」


夫に選んでほしいなどと、無礼かもしれないと思ったが、千隼様は僅かに両目を見開いてから、ふっと笑って頷いた。



夢のような時間だった。千隼様に簪を買ってもらい、街で人気だと言う“かすていら”という甘くふわふわの外国のお菓子を食べ、帰り道に着物も新しく仕立てて貰った。


「疲れてないか?」


「はい、大丈夫です。それよりもとても幸せな時間をありがとうございます」


「良かった。簪もよく似合っている」


私はそっと耳元の簪に指先で触れる。


千隼様が選んでくださったのは金色に桜の模様があしらわれた簪で、ルビーという赤い宝石がはめ込まれた、店で一番高価な簪だった。


「馬車を呼んでくるから、ここで少し座って待っててくれ」


「え、大丈夫です。私も一緒に……」


「いや。気付かず悪かった。歩きすぎたな、足袋にすこし血がにじんでいる」


「いえこのくらい平気です」


「いいから待っててくれ」


千隼様は私に上着をかけると、すぐに角を曲がり行ってしまった。


夕日が私を柔らかな温かい光で包む。千隼様は太陽のようなお方だ。凛として強く、私の弱く脆い心を優しく包み込んでくれる。


(私が千隼様にして差し上げられることはなんだろう)


ただそばにいたい、けれどそれだけでは千隼様の呪いは解けない。このままでは千隼様は鬼童子の呪いのよってそのお命を奪われてしまう。


(何か手立てはないのかしら……)


その時私は、目の前のある看板に目が留まった。


「──古書屋?」


私は迷わず店に入った。


店内には本棚が所狭しと並んでおり、古い書物がびっしりと納められている。私は幼いころからほとんど外に出して貰えず、屋敷で過ごすことが多かったため本が友達だった。

読めない文字の古い本は辞書で勉強しながら読んでいたため、今は使われない言葉が使われた本もある程度理解することができる。

背表紙にざっと目を通していき、私は目に留まった“鬼呪辞典”を手に取った。


(鬼の呪いの辞典なら、きっと鬼童子の呪いについても書いてるはず)


(持参金、持ってきておいて良かった)


嫁入りの際に母が残してくれた僅かなお金を持って来ていたのだが古書を買うには十分だ。私は店主にお金を払うと、本を着物の胸元に隠し、店を出た。


その瞬間──何者かに後ろから、ぐいと髪を引っ張られる。

   

「“無能モノ”が調子乗ってんじゃないわよ!」


振り返れば、彩芽様が私の髪を握って目を吊り上げている。


「カフェであんたと千隼様を見た時は、腸煮えくり返ったわ! 一体どんな色目使ったのよ!!」


「は、離してください……っ」


「なに? この古書屋に色仕掛けの本でも売ってるってわけ?」


「ち、違います……」


「てかこんな簪アンタに似合わない!」


「やめて!」


簪を取られそうになった私は思い切り彩芽の手を弾いていた。勢いよく払ったからだろう。彩芽様の華奢な白い手の甲には私の爪痕と血が滲んでいる。


「こんの……”無能モノ“!!!」


「真白!!」


声と共に割って入ってきた人物に私は抱き寄せられる。

パンという破裂音が聞こえて見上げれば、目の前には千隼が立っていて、その頬は赤くなっていた。


「どどど、どうして千隼様が“無能モノ”を庇って……」


「いま何て言ったん?」


「本当のことを言っただけですわ。皆、“無能モノ”と……」


「ふざけるな!」


初めて声を荒げる千隼様に驚く。それは彩芽様も同じだったようで、体を震わせると大きな目を見開いている。

「千隼様いいのです。“無能モノ”なのは本当のことですから」


「ダメだ。とても容認できない」


千隼様は彩芽様に一歩距離を詰めると氷のような眼差しで見下ろした。


「真白に謝れ」


「な……っ」


「聞こえなかったか? 俺の妻への非礼を詫びろと言っている」


「何を言って……千隼様、一体どうなさったのですか。初夜もなく放置してた女を急に甘やかすなんて……この女に変な術でもかけられてるのでは?!」


「言いたいことはそれだけか?」


「え……、それはどういうことですの?」


「お前には失望した。幼なじみのよしみで多少のことには目を瞑ってきたが今回は限界だ。今日を持って俺専用の浄化師の任を解く。今後一切、神堂家の敷居をまたぐな!」


「千隼様の浄化師を……解任」


彩芽は信じられないといった表情で呆然としている。


「行くぞ、真白」


「え、でも……千隼様……」


馬車に乗るとき、振り返って見た彩芽様は鬼のように歪んだ顔でこちらを睨みつけていた。


今夜は夫婦そろって初めての夕食だが、私の心には靄がかかっていた。

それはさっき街から帰宅する際の彩芽様との一件があったからだ。一流と呼ばれる浄化師を輩出できるのは我が一之宮家と光小路家。

私に浄化師の力がないことから、彩芽様の浄化師としての能力は千隼様にとって必要不可欠だ。


(これから鬼狩りの際、千隼様が受けた瘴気を彩芽様と同じように浄化できる人がいるとは思えない……)


(私のせいだわ……)


私は千隼様の向かいに座り箸を持ったまま、大根と人参のみそ汁を見つめた。


「食べないのか? うまいぞ」


千隼様はみそ汁を飲み干すと、焼き魚をほぐし、大根おろしと一緒に口に入れる。


「魚もいい焼き加減だ。真白は本当に飯が上手だ」


「あの……千隼様」


「なんだ? 彩芽のことなら気にしなくていい」


「そうは参りません。今後、鬼狩りの際、受けた瘴気を浄化させる浄化師は必要不可欠です」


「俺は多少の瘴気なら時間はかかるが自然治癒できるから問題ない」


「ですが……」


千隼様はあっという間に食事を平らげると、ごちそうさまと箸を置き私をじっと見つめた。


「案ずるな。俺が鬼狩りで帝都に向かうことはもうない」


「え……?」


「領地内に出た鬼狩りには行くが、ここら一体に出る鬼はせいぜい三本鬼程度。俺の部下で十分対処できる」


「そうなのですね……でもなぜ帝都に行かれなくても良いのですか?」


この國で最強の鬼狩り師である千隼様は皇帝からの信頼も厚い。

千隼様は返答を躊躇うような素振りを見せてから、静かに口を開いた。


「残り僅かな時間は真白と過ごしたい」


(!!)


その言葉の意味を考えれば途端に身体が震えてくる。千隼様から余命僅かだとは聞いていたが、そんなに差し迫った状況だとは考えていなかった。いや、考えたくなかったのだ。


「意味はわかるか?」


「それは千隼様が……浄化師を必要とされないほどに……お命の期限が……差し迫っているということでしょうか?」


「そうだ。でもそれはお前のせいでじゃない。言っただろう、生まれながらに背負った運命なんだ」


「……嫌です……っ」


まるで駄々をこねている子供のようだ。それでも涙を隠すことも泣くことも我慢できなかった。


「真白……」


千隼様がそっと気遣うように私の抱き寄せる。


「何も……できない自分が恨めしいです……」


「そんなことはない。そばにいて笑ってくれるだけで心が安らぐんだ。俺にはお前が必要なんだ」


「千隼様……」


「だから泣くな」


もどかしくてたまらない。どうして私には浄化の力がないのだろう。“無能モノ”、そう思っていつもいつも俯いて打ちひしがれてきた。


これが私の運命だとどこか諦め流されてきた。そんな私を唯一、必要としてそばにおいてくれる千隼様にできることは本当にないのだろうか。このまま夫の命が尽きるのを待つなんて──。


(諦めたくない……っ)


濡れた頬を袖で拭うと、私は千隼様の赤い瞳を正面から捉えた。


「探しましょう」


「何を急に言い出すんだ?」


「能力を持って生まれなかった私に能力を授ける術はありませんが、持って生まれた呪いを解く方法がないとは、誰にも言いきれない筈です」


「真白……」


「千隼様のご先祖であられる初代当主様の残された文献等はございませんか?」


「そういったものは確か……蔵にあるはずだが」


「連れて行ってください」


「それは構わないが……」


赤い瞳の視線をたどればいつの間にか、自分の手が千隼様の胸元のきつく握っていて、慌てて手を離す。


「も、申し訳ございません」


「いや、では真白の食事が終わったら案内しよう」


私はこくりと頷くと、善は急げとばかりに慌てて夕餉をかきこんだ。



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