ブチギレシンデレラ
「シンデレラ! ホラ! ここも汚れてるわよ!」
「は、はい……」
むかしむかしあるところに、灰かぶりと呼ばれている一人の女の子がいました。
シンデレラは毎日継母と二人の義姉に執拗なイジメを受けており、今日も上の義姉はテーブルの裏側などという、普段誰も気にしていないようなところの汚れまでシンデレラに掃除させようとしています。
「おっとぉ~、うっかりポリフェノールがタップリ入った紅茶を零しちゃったわぁ~。これもちゃんと拭いておいてね、シンデレラ」
「は、はい……」
今度は下の義姉が、ワザと紅茶を床にブチ撒きました。
「まったくこの子は、本当にトロいんだから! いいことシンデレラ? 私たちはこれからお城の舞踏会に行ってくるから、私たちが帰るまでに、風呂場の掃除と犬の散歩と確定申告を終わらせておくのよ!」
「は…………」
続いて継母が舞踏会の招待状を見せびらかしながら、とんでもない無茶ブリをしてきました。
風呂場の掃除とポチの散歩はまだしも、もうこの時間では税務署は閉まっているので、今日中に確定申告を終わらせるのは事実上不可能です。
そもそも一ヶ月も前から確定申告の受付は始まっていたのに、期限ギリギリの今の時期まで後回しにしていた継母が悪いのです。
「ん? 何よシンデレラ、その反抗的な目は? 母である私に、何か文句でもあるの?」
「……!」
継母が招待状の角で、シンデレラの頭をコンコンと叩きます。
いくら招待状が紙とはいえ、角で叩かれると地味に痛いです。
そのコンコンコンコンという一定で不快なリズムと、ジワジワ蓄積されていく頭の痛みにより、遂にシンデレラの我慢が限界を突破しました――!
「うるせええええええええええええええええええ!!!!」
「ぶべら!?!?」
シンデレラ渾身のビンタが、継母の頬に直撃しました。
継母はトリプルアクセルの軌道を描きながら、床に崩れ落ちます。
「か、母さんッ! クッ! シンデレラの分際で、こんなことをして許されると思っているの!?」
「知ったことかッ!!」
「ぶべら!?!?」
続いては上の義姉にビンタを一発。
上の義姉はトリプルサルコウの軌道を描きながら、床に崩れ落ちました。
「ヒッ……!?」
最後に残った下の義姉はあまりの恐怖に、産まれたての小鹿みたいに足をガタガタと震えさせています。
「さて、と……」
そんな下の義姉に、全身からただならぬ殺気を放ちながら、シンデレラがおもむろに近付きます。
「イ、イヤッ!! 来ないでッ!! 来ないでぇッッ!!!」
「謝れよ」
「……え?」
「今まで私にしてきたことを謝れって言ってんだよ」
「――!」
シンデレラが下の義姉を凝視する様は、さながら鬼神の如し――。
「……あ、ご……ごめんなさい。謝るから! 謝るからどうか許してえええええええ!!!」
「この程度で許すかよッ!!」
「ぶべら!?!?」
当然の如く下の義姉にもビンタを一発。
下の義姉はビールマンスピンの軌道を描きながら、床に崩れ落ちました。
何気にフィギュアスケートの才能がある親子のようです。
こうして親子三人は、仲良く川の字で床に並んだのでした。
「安心しろよ、舞踏会にはポチの散歩がてら、私が代わりに行って来てやるからよ」
シンデレラは招待状を拾い上げると、鼻歌交じりに家から出ました。
「ポチ、今日は私と一緒に、お城で美味いもん食おうな」
「ワン! ワン!」
裏庭に出たシンデレラは、ポチをリードに繋ぎます。
ちなみにポチはつぶらな瞳がキュートな柴犬です。
「お城までは大体20キロ強くらいか。散歩にはちょうどいいだろ。行くぞ、ポチ!」
「ワン!」
こうしてシンデレラはポチと一緒に、お城へと向かったのでした――。
「エッホエッホ」
「ワン! ワン!」
軽快なフォームでシンデレラとポチは走ります。
むしろその速さは、実に箱根駅伝の選手並み!
毎日の継母・義姉からの過酷なイジメと、ポチの散歩で鍛えられたシンデレラの脚力は、今や一流アスリートの域にまで達していたのでした。
「ちょ、ちょっと!? そこのお嬢さん!」
「ん?」
「ワン?」
その時でした。
シンデレラの前に、ふよふよと宙を舞う、ふくよかな中年女性が現れました。
「エッホエッホ」
「ワン! ワン!」
が、シンデレラは中年女性を華麗にスルーし、そのまま進みます。
「いや無視しないで!? よくこんな不思議な存在無視できるわね!?」
「自分で不思議な存在とか言っちゃうのかよ。いや、明らかにヤバそうな人だから、関わらないでおくほうが無難かな、って」
「ワン!」
「現代っ子!! これがZ世代のソーシャルディスタンスなの!? ……コホン、私はフェアリーゴッドマザー。あなたを助けに来たのよ」
「とんでもねーキラキラネーム出てきたなオイ。もしそれが本名なんだとしたら、あんたの親御さんの感性疑っちゃうぜ」
「ワン!」
「いや、本名っていうか、源氏名っていうか……。ま、まあ、そんなことよりも、あなた舞踏会に向かってるんでしょう? でも徒歩じゃとても間に合わないわ。私が魔法で作った、カボチャの馬車に乗っていきなさいな」
「ハァ!? フザけんなッ!!」
「ワン!」
「えっ!?」
良かれと思って提案したのに、逆にブチギレられたフェアリーゴッドマザーは、大層困惑します。
「カボチャを馬車にするなんて、そんな食べ物を粗末にするような真似、たとえお天道様が許しても、この私が許さねえッ!!」
「ワン!」
「シンデレラ……」
継母・義姉からのイジメでろくなものを食べさせてもらえなかったシンデレラは、食べ物を粗末にする行為は絶対に許せないのでした。
「……ごめんなさい、私が間違っていたわ。ではせめて、これを受け取ってちょうだい」
フェアリーゴッドマザーが手に持っているステッキを振ると、シンデレラのボロボロだった服と靴が、一瞬で豪奢なドレスとガラスの靴に変わりました。
「ぬあっ!? 何だよこれ!? こんなの走りづらくてしょうがねえよ! どうせ変えるなら、走りやすいジャージとスニーカーにしてくれよ」
「ワン! ワン!」
ドレス姿のシンデレラが珍しいのか、ポチはシンデレラの周りをクルクル回っています。
「え……でも、流石に舞踏会にジャージとスニーカーは……」
「うるせえな! この招待状には、『平服でお越しください』って書いてあるから大丈夫だよ」
「平服って私服のことじゃないわよ!?」
「じゃあもういいよ! ここで捨ててくから!」
「ワン!」
シンデレラは無理矢理ドレスを脱ごうとしました。
「ああもう! わかった! わかったから! ……ホラ、これならいいでしょ」
フェアリーゴッドマザーが手に持っているステッキを振ると、シンデレラのドレスとガラスの靴が、一瞬で動きやすいジャージとシャープなデザインのスニーカーに変わりました。
「オオ! これだよこれ! ありがとよオバサン! じゃーなー! エッホエッホ」
「ワン! ワン!」
シンデレラとポチは、再びお城に向かって走り始めました。
「オバ……!? あの、私まだ一応、ギリギリアラサーなんですけどおおおおお!?!?」
ギリギリアラサーフェアリーゴッドマザーの沈痛な叫びは、夜の闇に溶けていったのでした。
「フウ、やっと着いたぜ」
「ワン!」
こうしてシンデレラとポチは、1時間8分23秒という驚異的なタイムで、20キロ強も離れたお城に到着したのでした。
ちなみに箱根駅伝の2区の区間記録が1時間5分9秒ですので、これがどれだけ凄いことなのかがよくわかりますね。
「今日はたっぷり美味いもん食おうな、ポチ!」
「ワン!」
シンデレラとポチは、意気揚々とお城の中に入って行きました。
「おおぉ……! どれもこれも美味そうじゃねえか!」
「ワン! ワン!」
舞踏会の会場内には、所狭しと豪華絢爛な料理の数々が並んでおります。
「あ、これ、犬用のローストビーフだってよ。これならお前も食えるだろ。さあ、食えポチ」
「ワン!」
ポチはシンデレラに取り分けてもらった犬用ローストビーフを、モグモグと美味しそうに食べます。
ちなみに人間用のローストビーフは、味付けが濃かったり、焼き加減が足りなかったりと、犬に食べさせるのには向いていませんので、注意しましょう。
「さーて、私も食うぞぉ。オッ! これ、パーティーでよくある、クラッカーの上にチーズとかイクラとかを載せたやつじゃねーか! 好きなんだよなー、これ」
シンデレラはクラッカーの上にチーズとかイクラとかを載せたやつを、次々口に運びます。
あっという間に、クラッカーの上にチーズとかイクラとかを載せたやつは、最後の一個を残すのみとなってしまいました。
「全部食っちまうのは気が引けるから、一個だけは残しておくか。じゃあ次は――」
「ねえ、何あの女……こんな場所にジャージで来るなんて」
「しかもあんなにはしたなくがっついて。親からどんな教育を受けてきたのかしら……」
そんなシンデレラのことを、周りの参加者たちは怪訝な目で見ています。
ですが、シンデレラはそれらを一切無視します。
もうシンデレラは、体面など気にしないと決めたのです。
これからは着たい時に着たいものを着て、食べたい時に食べたいものを食べるのです。
「オオ! 何てカワイイんだッ!」
「ん?」
「ワン?」
その時でした。
全身からキラキラオーラを放った王子様が、ポチの姿を見て歓声を上げました。
「この子は君の家族かい!?」
「はい、まあ、そうですけど」
「ワン!」
ですが、シンデレラは王子様よりも、一口サイズのハンバーグのほうが気になっています。
こういうパーティー会場にある一口サイズのハンバーグって、なんであんなに美味しそうに見えるのでしょう?
「ちょっとだけ、撫でてもいいかな!?」
王子様は柴犬に目がないのです。
「まあ、ちょっとだけなら」
「ありがとう! おーよちよち、カワイイでちゅね~」
「ワン!」
王子様はしゃがんで、ポチの全身をワシワシと撫でました。
ポチは気持ちよさそうに目を細めながら、尻尾をブンブン振っています。
シンデレラはそんな二人を横目に、次々に一口サイズのハンバーグを口に運びます。
「ワン! ワン!」
「あはは、こらこら~」
ポチは王子様の頬をペロペロ舐め出しました。
ですが、王子様は満更でもなさそうです。
ちなみにシンデレラは一口サイズのハンバーグを、早くも半分近く食べてしまいました。
「よし決めた! ねえ君、この子を僕に譲ってくれないかな!?」
「ワン?」
「はあッ!?」
王子様のこの発言には、流石のシンデレラも食べる手を止めて目を見開きます。
「この子がうちの子になってくれたら、毎日美味しいものを食べさせてあげるし、温かい寝床も用意するよ! この子も、そのほうが幸せなんじゃないかな?」
「……ダメです。ポチは私の大事な家族ですから。ポチも、私と別れたくはないよな?」
「ワン!」
ポチはシンデレラに駆け寄り、シンデレラの足に顔をスリスリしてきました。
「ホラ、ポチもこう言ってますし」
「クッ! そ、そこを何とか! お願いだから! お願いだからあああ!!」
「っ!?」
どうしても諦めきれない王子様は、シンデレラにすがりついてきました。
「――ええい、ウザってえええええええ!!!!」
「ぶべら!?!?」
そんな王子様にブチギレたシンデレラは、王子様の頬に渾身のビンタをお見舞いしました。
ビンタを喰らった王子様は、レイバック・イナバウアーのポーズになりながら盛大に鼻血を吹き出しました。
どうやらこの国には、フィギュアスケートの才能がある人が多いようです。
「で、殿下!?」
「殿下あああああ!!!」
「あ、やっべ」
流石のシンデレラも、王子様へのビンタはマズいという自覚はあったようです。
「しょうがねえ、ずらかるぞ、ポチ!」
「ワン!」
シンデレラは持参してきたタッパーに一口サイズのハンバーグを大量に詰めると、ポチと一緒に会場から逃げ出したのです。
「オ、オイ!? 貴様! 待たんかッ! 追え! 追ええええ!!」
「「「ハッ!」」」
警備隊長の号令で、警備兵たちが一斉にシンデレラを追います。
「……フフフ、実に面白い女性だ」
「殿下!?」
が、王子様は恍惚とした表情で、レイバック・イナバウアーのポーズのまま、シンデレラに叩かれた頬をそっと撫でたのでした――。
「あっ!」
「ワン!」
シンデレラがお城を出たところで、シャープなデザインのスニーカーが片方脱げてしまいました。
「あそこにいたぞ! 追ええええ!!!」
ですが、警備兵たちはすぐそこまで迫っています。
「チッ、まあ片方くらいなくたって、問題はねえぜえええええ」
「ワン!」
シンデレラはそのまま構わず走り続けます。
「なっ!? あの女!? 異常に速いぞ!?」
「お、追いつけん!」
前述した通りシンデレラは20キロ強を1時間8分23秒で走りきる女。
とても並みの警備兵では相手になりませんでした。
――こうしてシンデレラとポチは、無事にお城から逃げ帰ったのでした。
「オーウ、帰ったぞお前らー」
「ワン! ワン!」
「ぐえ!?」
「ぷえ!?」
「ぐぎゃ!?」
家に着いたシンデレラは、依然仲良く川の字で気絶していた継母と義姉の顔を足で踏んで、目を覚まさせました。
「ヒッ!?」
「ヒエッ!?」
「ヒエエエエ!!!」
が、三人はガタガタ震えながら、壁の端まで逃げます。
すっかりシンデレラのビンタがトラウマになっているようです。
「……そんなにビビんなよ。ほらよ、一口サイズのハンバーグ持ってきたから、みんなで食べようぜ」
「ワン!」
「「「……え?」」」
シンデレラがタッパーに詰めた一口サイズのハンバーグを差し出します。
「食わねえのか?」
「「「い、いえ!! 食べます食べます!!」」」
「ワン!」
こうしてこの日はみんなで、一口サイズのハンバーグを食べたのでした。
――ですが、その翌朝のことでした。
「オオイ、誰かいないか?」
「ん? ――ゲッ」
聞き覚えのない男の声が外からしたのでシンデレラがそっと窓から覗くと、そこには昨日の警備兵たちが雁首を揃えていました。
「どうかしたの、シンデレラ?」
「誰か来たの?」
「あら、あれってお城の警備兵の方?」
と、そこに、継母と義姉が。
「ちょうどいい! お前ら私の代わりにあいつらの相手しろ! いいか!? 私がいることは絶対に言うなよ!?」
「「「え? え? え?」」」
シンデレラにグイグイ背中を押された三人は、困惑しながらも外に出たのでした。
「あ、ええと、我が家にどんな御用でしょうか……?」
継母が恐る恐る、警備隊長に訊きます。
「うん、実はこのスニーカーの主を探しているんだよ」
「「「――!!」」」
三人は言葉を失いました。
警備隊長の後ろから、シャープなデザインのスニーカーを大事そうに抱えた王子様が現れたからです。
「どうかこのスニーカーを履いてみてくれないかな?」
「は、はぁ……」
王子様に言われるがまま、継母がシャープなデザインのスニーカーを履こうとするも、長年の運動不足でむくんだ継母の足では、とても入りませんでした。
「グググググ……!?」
「いや、もういいよ。――では次は、そこの君だ」
「え!? 私もですか!?」
続いて王子様に指名されたのは上の義姉。
ですが上の義姉も長年の夜更かしで足がむくんでおり、またしても入りません。
「グググググ……!?」
「次は君!」
「は、はい!」
最後に指名されたのは下の義姉。
ですが、これまた長年の夜中に小腹が減り近所の屋台でラーメンを食べ歩く生活で足がむくんでおり、またしても入りません。
「グググググ……!?」
「……もういいよ。ハァ……ここにもいなかったか」
「ワン! ワン!」
「っ!!?」
その時でした。
人の気配を感じた裏庭のポチが、高らかに吠えてしまったのです。
ポチは人の気配を感じると遊んでもらえると思い、吠えてしまう癖があるのです。
「ああ! 君は昨日のカワイコちゃん!!」
「ワン!」
裏庭に回った王子様はポチの姿を見ると、両手を広げて大歓喜しました。
「おーよちよちよち、やっぱり君はカワイイでちゅね~」
「ワン! ワン!」
王子様はしゃがんで、ポチの全身をワシワシと撫でました。
ポチも王子様のことを覚えていたのか、はしゃぎながら尻尾をブンブン振っています。
「やっぱり君は、うちの子になるべきだよ! 僕のところに来てくれるよね?」
「ワン?」
「あっ、テメェ!! だからポチは渡さねえって言ってんだろうがああああああ!!!!」
「ぶべら!?!?」
が、王子様がポチを誘惑している姿が窓越しに見えたシンデレラは、鬼の形相で家から飛び出し、王子様の頬に渾身のビンタをお見舞いしました。
ビンタを喰らった王子様は、昨日同様レイバック・イナバウアーのポーズになりながら盛大に鼻血を吹き出しました。
この王子様、体幹良すぎでは?
「で、殿下!?」
「殿下あああああ!!!」
「きゃあああ!! シンデレラ、王子様に何をッ!?」
そのシーンを目撃した警備兵や継母や義姉は、頭を抱えました。
これはもう、言い逃れのできない現行犯です。
一国の王子様にビンタを喰らわせたとあっては、死罪も免れません……。
「フフ……いいんだよ」
「「「え?」」」
が、恍惚とした表情の王子様はゆっくりと上体を起こすと、シンデレラに向き合いました。
「君こそが、僕が追い求めた理想の女性だ。――どうか僕と、結婚してはもらえないだろうか」
「…………は?」
「「「ええええええええええええええ!?!?!?」」」
「ワン! ワン!」
こうしてちょっと――いや、大分変わった王子様に見初められたシンデレラは、何だかんだありながらも、幸せに暮らしましたとさ。
めでたしめでたし
拙作、『12歳の侯爵令息からプロポーズされたので、諦めさせるために到底達成できない条件を3つも出したら、6年後全部達成してきた!?』がcomic スピラ様より2025年10月16日に発売された『一途に溺愛されて、幸せを掴み取ってみせますわ!異世界アンソロジーコミック 11巻』に収録されています。
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