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04.準備という名の時間

母から届いたメッセージは、短かった。

「今週末、帰ってこれる?」

それだけで、胸の奥が静かにざわつく。

予定は空いていた。でも、心の準備はできていなかった。


彼に連絡すると、返事はすぐに来た。

「今週末なら大丈夫」

「何泊?」

「一泊だけでいいと思う」

思う、という言い方が、まだ他人行儀だった。

会って話そう、ということになって、大学近くのカフェに入った。平日の午後で、人はまばらだった。


「親、どんな感じ?」

彼はコーヒーを飲みながら、さりげなく聞いてきた。

「母は……優しいけど、距離が近い。悪気はないんだけど」

「なるほど」

それ以上、踏み込んでこなかったのがありがたかった。


「じゃあ、設定を詰めようか」

彼はそう言って、テーブルの上にメモ帳を置いた。

「出会いは?」

「ゼミ」

「付き合い始めたのは?」

「春」

「どっちから?」

そこで、私は一瞬だけ言葉に詰まった。

「……向こうから、ってことにしていい?」

彼は少し驚いた顔をしてから、笑った。

「いいよ。そういうの気にする?」

「うん。たぶん」

母は、私が選ばれる側であることに安心する人だ。


「じゃあ俺が押したことにする」

「ありがとう」

お礼を言うと、彼は首を振った。

「役割分担だから」

その言葉が、少しだけ寂しかった。


帰り際、駅までの道を歩く。

夜風が冷たくて、私は無意識に腕をさすった。

「寒い?」

彼はそう言って、自分の上着を脱ぎかけた。

「いい、大丈夫」

反射的に断ってから、少し後悔した。

恋人なら、たぶん受け取る場面だった。

「……人前じゃないしね」

彼はそう言って、上着を戻した。

その判断が正しかったのか、間違っていたのか、私にはわからなかった。


駅のホームで電車を待ちながら、私はふと思った。

この人と、家族の前に立つ。

嘘をつくわけじゃない。ただ、全部は話さないだけ。

「緊張してる?」

彼が聞いた。

「少し」

「大丈夫。俺、失礼なことは言わないから」

そういう問題じゃない、と思ったけれど、口には出さなかった。


電車が来て、私たちは乗り込む。車内は静かで、立っている人も少なかった。

揺れに合わせて、体が少し近づく。

肩が触れた。

彼はすぐに離れようとしなかった。

私も動かなかった。


この距離は、契約の範囲内だろうか。

そんなことを考えてしまう自分に、苦笑する。

降りる駅が近づいて、彼が言った。

「終わったら、ちゃんと終わろう」

確認するような声だった。

「……うん」

それは約束で、契約で、たぶん救いでもある。

でもそのとき、なぜか胸の奥で、何かが小さく引っかかった。

終わるときのことを、こんなに早く想像してしまったのは、初めてだった。

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