20.それでも手を伸ばした
終わった翌日も、世界は変わらなかった。
目覚ましで起きて、支度をして、外に出る。
昨日と同じ道、同じ空。
ただ一つ違うのは、もう「終わった」と言い聞かせなくていいことだった。
大学へ向かう途中、スマホを一度も見なかった。
期待しないと決めたからだ。
期待しない。
それは、守るための選択だった。
講義の合間、ふと窓の外を見る。
中庭のベンチに、人影があった。
見慣れた背中。
一瞬で息が止まる。
彼だった。
偶然。
そう言い聞かせようとした。
でも、視線を上げた彼と目が合った瞬間、その言い訳は崩れた。
彼は立ち上がらず、ただこちらを見ていた。
逃げない。
でも、近づいてもこない。
私は迷った。
行けば、終わりじゃなくなる。
行かなければ、昨日の続きになる。
数秒の沈黙のあと、私は鞄を持ち直して、外へ出た。
足取りは、思ったより重くなかった。
「……おはよう」
近づくと、彼が言った。
「おはよう」
声が、ちゃんと出た。
昨日までと同じ挨拶。
でも、もう契約はない。
「来ると思ってた?」
私が聞く。
「半分くらい」
正直な答えだった。
沈黙が落ちる。
でも、以前の沈黙とは違う。
逃げ場がない。
「昨日さ」
彼が先に言った。
「何も言わなかったの、後悔してた」
胸が強く鳴る。
「契約が終わるから、言えなかったんじゃない」
彼は、少しだけ視線を落とす。
「終わったから、言えなくなった」
それは、私と同じだった。
「……私も」
自然に言葉が出た。
「ずっと、線を越えないようにしてた」
声が震える。
「でも、越えなかったから、本当の気持ちまで置いてきちゃった気がして」
彼がこちらを見る。
逃げない目だった。
「もう、理由はないよ」
彼が言う。
「契約も、期限も」
だからこそ怖い。
でも、私は、ゆっくり息を吸った。
「……好きです」
短い言葉。
でも、今までで一番まっすぐだった。
一拍の間。
彼は、少しだけ困ったように笑った。
「ずるいな」
そう言ってから、続ける。
「それ、俺が言おうと思ってた」
胸の奥が熱くなる。
「恋人のふりじゃなくて」
彼は一歩近づく。
「ちゃんと、選びたい」
触れない距離。
でも、もう線はない。
「一度、終わった関係だけど」
彼が言う。
「それでも、もう一度始めるなら」
私は頷いた。
「今度は、期限なしで」
彼が微笑む。
「それがいい」
その言葉で、すべてが報われた気がした。
手を伸ばす。
今度は躊躇わなかった。
指先が触れて、確かに、そこに温度があった。
契約から始まった恋は終わった。
そして今。
何の約束もないところから、本当の恋が静かに始まろうとしていた。




