19.終わる日
目が覚めたとき、世界は何も変わっていなかった。
カーテンの隙間から差し込む光も、スマホの通知のない画面も、いつもと同じ朝だった。
ただ一つ違うのは、今日で終わる、という事実だけだ。
契約終了日。
特別な儀式も、確認の連絡もない。
歯を磨きながら、ふと思う。
もし今日、彼から何も来なかったら。
それで、終わりだ。
それは、決めていたことだった。
午前中は講義があった。
ノートを取り、周囲と同じように相槌を打つ。
頭の中だけが、少し遅れている。
終わったら、どうするんだっけ。
連絡は取らない。
自然に減っていく。
それが、私たちの決めた形だった。
昼休み、スマホを見る。
通知はない。
少しだけ安心する。
そして、同じくらい胸が痛む。
午後の講義を終えて、校舎を出る。
空はよく晴れていて、やけにきれいだった。
こんな日に何かが起きてしまいそうで、それが起きないことを同時に望んでいる。
帰り道、例の公園の前を通る。
一瞬、足が止まりそうになる。
ここで、たくさんの「何でもない」を重ねた。
それが、全部、過去になる。
立ち止まらずに歩く。
それが、終わらせ方だ。
夕方になっても、連絡は来なかった。
約束通り。
完璧な終了。
部屋に戻って、鞄を置く。
スマホを机に置いたまま、触らない。
触ってしまえば、何かを期待してしまう。
夜になって、ようやく通知音が鳴った。
一瞬、心臓が強く打つ。
でも、それはニュースアプリだった。
思わず苦笑する。
「……終わったんだ」
声に出して、確認する。
契約は、確かに終わった。
恋人のふりをする必要は、もうない。
線を引く必要もない。
でも、それは自由じゃなかった。
自由になった代わりに、彼に連絡する理由を完全に失った。
夜遅く、窓を開ける。
冷たい空気が、部屋に流れ込む。
前日まで、「好きだと言えない」ことが苦しかった。
でも今は、「好きだと言う相手がいない」ことの方が、ずっと重かった。
契約終了日。
何も起きなかった一日。
それが、私たちの関係の正しい終わり方だった。
正しくて、静かで、どうしようもなく、寂しい終わり。
ベッドに横になり、目を閉じる。
明日になれば、私はもう彼の恋人ではない。
ただ、それだけのこと。
それなのに。
胸の奥に残った感情だけが、行き場を失ったまま、静かに息をしていた。




