17.最後かもしれない時間
家庭の用事が終わってから、しばらく会わなかった。
理由はなかった。
必要がなくなっただけだ。
それでも、その日は彼から連絡が来た。
「少し、時間ある?」
期限が近い今、その一言が持つ意味は重かった。
「……あるよ」
断れなかった。
待ち合わせたのは、初めて二人で来た公園だった。
特別な思い出があるわけじゃない。
ただ、何度か座ったベンチがあるだけ。
「久しぶり」
「そうだね」
会話は、それだけ。
並んで座ると、以前よりも距離が遠く感じた。
触れないように、無意識に間を空けている。
「ここ、覚えてる?」
彼が言う。
「覚えてるよ」
忘れる理由がない。
「最初の頃、よく来た」
「そうだったね」
あの頃は、期限の実感がなかった。
今は違う。
沈黙が続く。
話したいことは、たくさんあるはずなのに、どれも今さら言えない。
「ねえ」
彼が、少し躊躇いながら口を開く。
「終わったらさ」
また、その言葉。
「元気でいてほしい」
願いみたいな声だった。
「……それだけ?」
「それだけ」
それ以上を言えば、壊れてしまうと知っている顔だった。
私は、ベンチの端をぎゅっと握る。
「私も」
声が少しだけ震えた。
「元気でいてほしい」
同じ言葉なのに意味が違う。
私は、あなたと元気でいたい。
でも、それは言えない。
夕方になり、空が少しずつ暗くなる。
「もう帰ろうか」
「うん」
立ち上がって歩く。
帰り道は、いつもより短く感じた。
別れる場所で、足が止まる。
「……ありがとう」
彼が言う。
また、その言葉。
「こちらこそ」
何に対する感謝なのか、もうわからない。
一歩、彼が近づいた。
触れそうで、触れない距離。
息遣いが、わかる。
一瞬、時間が止まったみたいだった。
抱きしめられるかもしれない。
キスされるかもしれない。
そんな期待が、頭をよぎる。
でも、彼は何もしなかった。
少しだけ、視線を逸らして言う。
「じゃあ」
「……うん」
背を向けて歩き出す彼を私は見送る。
呼び止めたい。
名前を呼びたい。
それでも、声は出なかった。
一人になってから、胸を押さえる。
何も起きなかった。
それが、いちばん苦しい。
最後かもしれない時間。
私たちは、ちゃんと何も壊さなかった。
でも、壊さなかったからこそ、心の中で何かが確かに壊れていた。




