16.最後だとわかっている日
その連絡は短かった。
「今度の日曜、また実家に行くんだけど」
文の続きを、読む前からわかってしまう。
「最後になると思う」
最後。
その二文字が、胸の奥に沈んだ。
私は、すぐに返事ができなかった。
理由は、わかっている。
行きたかったから。
そして、行きたくなかったから。
「……わかった」
結局、それだけ送った。
当日、駅で会った彼は、少しだけ緊張した顔をしていた。
初めて行ったときよりも、ずっと静かだった。
「無理させてたら、言って」
「大丈夫」
大丈夫じゃないけれど、そう答える。
電車の中、会話は少なかった。
それでも、沈黙が重くならないのが、余計につらい。
実家に着くと、彼の母親は相変わらず穏やかだった。
「来てくれてありがとうね」
その言葉に、胸が少しだけ痛む。
私は“最後の恋人”として、ここにいる。
食卓を囲みながら、当たり障りのない話をする。
彼の将来のこと、私の学校のこと。
母親が、ふと笑って言った。
「二人とも、落ち着いてて安心するわ」
その言葉に、彼は曖昧に笑った。
「ちゃんとしてるでしょう?」
冗談めかした声。
私は、何も言えなかった。
ちゃんとしているから、終わる。
ちゃんとしているから、壊さない。
帰り際、玄関で靴を履きながら、母親が私に言った。
「無理しないでね」
意味深な言い方ではなかった。
ただの気遣い。
それなのに、なぜか涙が出そうになる。
「ありがとうございます」
それだけで精一杯だった。
駅までの道、夕焼けが広がっていた。
「今日で、終わりだね」
彼が言った。
「家庭イベントとしては」
「……うん」
イベント。
そう整理するしかない。
「ちゃんと、やりきった」
彼は、少しだけ安堵したような顔をした。
「ありがとう」
その言葉が、胸に刺さる。
役割としての「ありがとう」
それでも、嬉しくなってしまう自分がいる。
駅に着くと、ホームで並んで立つ。
あと何分、ここにいられるのか。
考えないようにしても、考えてしまう。
「ねえ」
私が言う。
「私、うまくやれてた?」
恋人として。
契約相手として。
彼は、少し驚いたようにこちらを見た。
「……うん」
即答だった。
「完璧だったと思う」
完璧。
それは、褒め言葉のはずなのに、胸が苦しい。
「そっか」
電車が来る。
ドアが開いて、彼が乗り込む。
閉まる直前、彼が言った。
「本当に、ありがとう」
私は、うなずくだけだった。
電車が走り去る。
ホームに残されて、やっと息を吐く。
最後だとわかっている日。
ちゃんと終わらせたはずなのに。
胸の奥には、まだ言っていない言葉が重く残っていた。




