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15.抑えきれない

その日は、うまくいかないことばかりだった。

提出したレポートの評価は低く、ゼミでは発言のタイミングを逃した。

小さな失敗が重なって、気持ちが沈んでいく。

そんなときに限って、彼から連絡が来た。

「今、少し話せる?」

理由は書かれていない。

最低限の連絡。

線を引いたはずなのに。

少し迷ってから、私は返した。

「少しだけなら」


会ったのは、学内の人通りの少ない場所だった。

ベンチに座ると、彼はすぐに謝った。

「急にごめん」

「ううん」

それ以上、言葉が続かない。

「顔、疲れてる」

彼が言う。

「そう見える?」

「見える」

即答だった。

「無理してない?」

その一言で、胸の奥に溜まっていたものが、少し揺れた。

「……してない」

嘘だった。

でも、本当のことを言うほど、余裕がなかった。

「ならいいけど」

彼はそれ以上、踏み込まなかった。

その距離感が、逆につらい。

「ねえ」

私が言う。

「もしさ」

言いかけて、止まる。


もし、期限がなかったら。

もし、契約じゃなかったら。

そんな仮定は、意味がない。


「なに?」

彼は、静かに待っている。

その態度が、優しすぎた。

「……なんでもない」

言葉を飲み込む。

その瞬間、胸がきゅっと締めつけられて、息が詰まった。

「大丈夫?」

彼が、少し身を乗り出す。


距離が近い。

触れてはいない。

でも、逃げられない。


「大丈夫じゃないかも」

気づいたときには、そう言っていた。

彼が、驚いたように目を見開く。

「どうしたの」

「わからない」

声が、少し震える。

「わからないけど……」

言葉が続かない。


好きだと言ってしまいそうになる。

それだけは、絶対に言ってはいけない。

「……終わりが近いのが、思ったよりきつい」

それだけを、やっと言えた。

彼は、しばらく黙っていた。

「そうだよね」

やがて、静かに言う。

「俺も、少しきつい」

その一言で、心臓が大きく鳴った。

「……少し?」

「うん」

彼は、困ったように笑う。

「想定外だった」


想定外。

その言葉が、救いにも、罠にも聞こえた。

「でも」

彼は、はっきりと続ける。

「だからって、ルールは変えない」

わかっている。

それが、正しい。

「うん」

私は、うなずく。

それ以上、何も言えなかった。


沈黙が落ちる。

風が吹いて、木の葉が音を立てる。

彼が立ち上がった。

「今日は、これで帰ろう」

「……うん」

別れ際、いつもより少しだけ、視線が長く交わった。

何かを言えば、崩れてしまいそうだった。

一人になってから、私は深く息を吐いた。

抑えた。

ちゃんと、抑えた。


告白していない。

触れていない。

契約違反はしていない。

それなのに。

胸の奥では、もう「恋」だと認めてしまった感情が、暴れている。


本気は禁止。

わかっている。

でも、ここまで来てしまった以上、禁止されているだけで、消えるものじゃなかった。

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