14.数えてしまう日
期限を知ってから、時間の流れが変わった。
同じ一日なのに、同じ講義、同じ道、同じ空なのに「あとどれくらいだろう」と考えてしまう。
それが、思っていた以上に苦しかった。
その日も、特別な用事はなかった。
ただ、帰り道が同じ方向だから、少し一緒に歩くだけ。
それだけのはずだった。
「今日は、静かだね」
彼が言う。
「いつもじゃない?」
「今日は、特に」
理由を聞かれても、答えられない。
残り時間を数えている、なんて言えない。
コンビニに寄って、飲み物を買う。
並んでレジに立つだけで、無駄に距離を意識してしまう。
彼が会計を終えて、私の方を見る。
「これ」
差し出されたのは、私がいつも買うやつだった。
「……ありがとう」
前なら、何も思わなかったはずの行為。
でも今は、「こういうのも、あと何回だろう」と考えてしまう。
歩きながら、彼が言った。
「終わったらさ」
心臓が、跳ねる。
「連絡、取らない方がいいかな」
軽い調子だった。
たぶん、契約を守るための提案。
「……そうだね」
声が、少しだけ震えた。
「中途半端だと、ややこしくなるし」
正論だった。
それなのに、胸の奥が、じわっと痛む。
「急に切るのも、変だけど」
彼は、前を見たまま続ける。
「自然に、減っていく感じがいい」
自然。
その言葉が、残酷だった。
自然に減っていく関係は、気づいたときには、もう戻れない。
公園のベンチに座る。
何を話すわけでもなく、ただ並んで座る。
風が吹いて、木の葉が揺れる。
彼が、ぽつりと言った。
「こういう時間、嫌いじゃない」
それは、ただの感想のはずだった。
でも、私は知ってしまっている。
期限付きの「嫌いじゃない」は、未来を含まない。
「……私も」
言ってから、後悔する。
それは、本音だったから。
沈黙が続く。
彼の肩が、少し近い。
触れない距離。
でも、遠くはない。
この距離が、いちばん苦しい。
「ねえ」
私が言う。
「あとどれくらい、こうしていられるんだろうね」
数えてしまう自分が、嫌だった。
「数えない方がいい」
彼は、即答した。
「終わりがあるって知ってるなら、なおさら」
優しい言葉だった。
でも、私は思ってしまう。
数えなければ、終わりが来たとき、もっと痛い。
帰り道、別れる場所で立ち止まる。
「じゃあ」
「うん」
いつも通りのやり取り。
でも、歩き出した瞬間、胸がぎゅっと締めつけられた。
振り返りたい。
引き止めたい。
でも、それは契約違反だ。
私は、前だけを見て歩く。
何でもない一日。
事件も、告白も、キスもない。
それなのに。
この一日が、今までで一番、心に残ってしまった。




