7.マクシマム
王女が単身王宮を抜け出した。
そのことに真っ先に気づいたのがマクシマムである。
王女専属近衛隊の隊長を仰せつかって、片時も離れず守ってきた。異変に気付かないはずがない。
王女が庭園を散策するときだけは、側での警護を辞していたことが仇となった。
まだ事は公になっておらず、気づいた者も彼以外はいない。
なんとしても早急に、隠密に王女を連れ帰る必要があった。
マクシマムは王女付きの侍女に協力を請い、王女は病を得て自室にて養生していると偽装させて単独捜索に赴いた。
マクシマムは王太子の乳兄弟だった。
王太子と気が合い、まるで親友ででもあるかのように接してもらった。
王女のことも生まれたときから知っている。幼少期は王太子と三人で仲良く遊んで育った。
ファルミア王女も彼に懐いて、実兄の王太子以上にマクシマムにまとわりついた。
それはマクシマムにとって無類の幸せとなっていった。
ある日、庭園の花々が咲き誇る中、自分を振り返って王女が微笑んだ。
ピンクブロンドが風に揺れ、花の香りが鼻孔をくすぐる。
ただそれだけ。
だがその微笑みがマクシマムの心に焼き付き、彼のすべてになった。
そのとき彼は決意したのだ。
騎士になろうと。
彼は所詮子爵の次男に過ぎない。
時が来れば王女殿下に目通りも叶わなくなる。
騎士になって精進して近衛に選抜されれば、生涯王女の側で王女をお守りすることができる。
その決意は微塵も揺るぐことはなく、わずか十七歳で彼は王女専属の近衛隊に抜擢された。
以来ずっと、傍に侍してきた。
王女の思考パターンも行動パターンも熟知している。行き先を特定することなぞ朝飯前だった。
銀髪男と行動を共にしていたり、その男から騙されたり、アクシデントは多々あったものの、とりあえず王女の所在は突き止められた。
町の宿をしらみつぶしにあたっていけば、明日には王女を取り戻せる。
そう思って腹ごしらえをするために入った酒場で、不埒な輩に遭遇し、乱闘にまでなってしまった。
それだけは失敗したと思う。
だが恐怖と嫌悪で泣きそうな女性を放っておくことはできなかった。
いわば雑魚相手で、まさか自分が一撃を食らうなどと思ってもみなかったが、相手が使ったナイフを見て分かった。
王女殿下の魔具。
銀髪の男とともにこの町に逗留しているのが確かな以上、殿下の御命は無事だ。それがわかっていてよかったと思う。
もろに衝撃を受けた腹は、おそらく内臓が傷ついている。
それでもあと二、三日程度は命がもつはずだと考えた。それだけあれば、王女殿下を王宮に連れ帰ることはできる。
そのあと自分がどうなろうと、どうでもよかった。
そしてマクシマムは意識を手放した。