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大魔王女、婚活の旅に出る!  作者: 小鳥遊
一つ目の国:Fairytale After all
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6.王女の騎士(3)

「ねえ、なんでその二択しかないの?」

 横で聞いていたミトが首をかしげた。

「たとえば、この王女様が幼馴染の騎士と結婚する選択肢もあっていいのじゃない?」

「無理ですよ」

「それは不可能ですわ」

 素朴なミトの提案は、双方向から即座に否定されてしまった。


 スケディライダスが言う。

「宮廷にはいろんな権謀が渦巻いてるもんなんですよ。お嬢。王族の婚姻なんて、政争の道具以外の何物でもない。ファルミア殿下もそういう教育を受けてこられたはずです。ましてや公爵家への輿入れは派閥闘争の抑止を見込まれている。となればこの婚約が覆ることはありえないと言っていい。だから王女殿下は最終手段として逃亡を選ばれたのでしょう」

 ファルミアは小さくうなずいて、項垂れた。

「ええ。後先考えずに。家庭教師殿の言葉を聞いて、わたくしの行動がどれだけ浅はかで無分別であったか、ようやく思い至りました。派閥闘争抑止…わたくしは――王国の安寧をまず考えなければならなかったのに。なのに自分の欲を優先してしまった。最低の王女ですわ」

 王女殿下が初めて見せる悔恨と自嘲だった。


「では――逃げることはおやめになる?」

 “家庭教師”の問いに、大きく息を吸い込んで、ファルミア・デル・ファルブラムは顔を上げた。


「わたくしは、マクシマムに会おうと思います。そして共に王宮へ帰ります」


 スケディライダスが背筋を伸ばす。

 カークがカップを置いて天井を見つめ。

 ミトはただ黙って彼らを眺めた。

 まっすぐ前を向く王女の姿は凛として――そして悲しく見えた。



 王女の幼馴染の騎士殿を探しに行くのはミトの役目になった。

 小間使いのカークが兼侍女兼護衛としてついていく。


 顔を知っているというならスケディライダスでもいいのだが、銀髪従者の姿を見つけたら相手は問答無用で斬りかかってくるかもしれないし、その可能性は大いにある。

 その点、ミトに対して騎士が無体を働くことは絶対になかろう、という判断である。

「おそらくもうこの宿場に立ち戻っている頃合です。食事時でもあるし、何件かある宿屋を覗いて回れば見つかる確率は高いかと。明日を待つよりも、今探した方が絶対にいい」


 使命を受けてミトは通りに繰り出した。一歩後ろにカークが従う。


 さっき飛び出したときはまだ西の空に赤味が残っていたが、今はもうとっぷりと日が暮れてしまっている。

 酔客の数は増え、通りの賑わいは増していた。


 まずは南口の門付近に向かい、そこから大きめの宿を覗いていく。出がけにスケディライダスが言ったように、ちょうど夕飯時だ。どこもたいてい一階は食堂兼酒場になっていて、客でごったがえしている。


 二つほど覗いてみたが空振りで、三軒目の宿に回ろうと辻を曲がると、なにやら黒山の人だかりができていた。

 酒場で大乱闘が勃発していたのである。


 見た目で人を判断するものではないとわかっているが、どこからどう見てもガラの悪いごろつきが、酒場のテーブルを足で蹴倒した。上に載っていた皿やグラスが大きな音を立てて割れ、飛び散る。

 男の片手にはエールの入ったジョッキが握られ、もう片方の手は給仕とおぼしき少女を抱え込んでいた。

「おびえているだろう。その子を離せ」

 対峙しているのは、白いバフコートに紺のマントの男だ。


「あ」

 ミトは思わず声をあげる。

 見つけた。

 何と幸運なことに、それはまごうことなく、今探している騎士その人だった。


 集まっているそこらの野次馬から情報を集めると、どうやらあのならず者っぽい男が給仕の少女に無体を働こうとしたらしい。彼奴はここらで有名な札付きの悪で、徒党を組んで乱暴狼藉を繰り返し、歯向かえる住民はそういない。そのため調子に乗って好き放題やらかしているそうだ。

「あのひと、一人で歯向かって大丈夫かな」

 喧嘩上等で集まっている野次馬だが、そのメンツを目にしてざわつく声がちらほら上がる。


 そうこうするうちに、騎士が動いた。

「放せと――」

 目にもとまらぬ洗練した動作で、男のあごに掌底を食らわせて給仕を自由にし、そのまま体を沈み込ませ、長い脚で男の足元を払う。

 男は大きな音を立てて横向きに倒れ、したたか頭を打ってぐぅと声を上げた切り動かなくなった。

「言っただろう」


 集まった群衆がやんややんやの大騒ぎである。

 だが、ことはそれだけで収まらなかった。

「ちくしょう、こいつ!」

 周囲に控えていた手下と思しき連中が、束になって騎士に向かって行ったのだ。

 騎士は向かってくる相手を体術で軽くいなす。

 かたくなに剣は抜かなかった。


「スケディにはすぐ剣使ったくせに」

 口の中でぶつぶつ文句を言うミトをカークがなだめる

「手練れであればあるほどあいつに徒手で向かおうなんて思いませんよ。――それにしてもどうします?」

「どうするって?」

「多勢に無勢。あの騎士殿でもちょっと苦戦してるみたいですけど」


 ごろつきたちがとうとう刃物を持ち出してきたのだ。

 それでも素手でひねり倒していく騎士は圧倒的に強かった。が、対峙し体勢を整える一瞬のスキをつかれ、目に見えない力を受けて壁に吹っ飛ばされる。


「あいつら、魔具まで持ち出しやがった」

 人だかりがザワザワと騒ぎ出す。


 魔具は希少品だ。普通の庶民に手に入れられる代物ではない。そこらのごろつきが持っているなんてありえないのだ。

 だから騎士も虚を突かれたのだろう。


「あー、追剥」

 なぜ彼らが魔具を持っているのか思い当って、カークはポンと手をたたいた。

 貴重品の入手経路といえば官からの横流しか窃盗が相場だ。

 ついさっき、追剥にあったという話をきいたばかりだった。

 身一つの家出とはいえ王女様だ。おそらく手持ちの品の中に魔帯びの懐剣くらいはあっただろう。


 吹き飛ばされた騎士は、ひっくり返ったテーブルや椅子、料理が飛び散った中でゆらりと立ち上がり、服についたほこりを払った。

 ケガはなさそうに見えるが、先ほど攻撃を受けたわき腹を抑えている。

「卑怯者が」

「うるせえ」

 魔具のナイフを持った男が切っ先を騎士に向ける。発した衝撃を、騎士は今度は紙一重で避けた。騎士の背後の花瓶が割れて粉々に砕け散る。

「不意打ちでなければ衝撃波の軌道など簡単に読める。無駄だ」

 ナイフを構えた男に向かって、騎士がゆっくりと歩み寄る。


 周囲を取り囲む手下――今は数人になってしまっているが――は、彼の強さと気迫に圧されて固まっている。


 近寄ってくる騎士に、男は震えを抑えられず、ぽとりとナイフを落とした。

 それを合図にしたのか。

「ち、ちくしょう!覚えてろよ!」と捨て台詞を残して、ごろつきたちは一目散に逃げていった。


 群衆がどっと歓喜の声をあげる。

 彼らにしてみれば、いい見世物を見せてもらったということなのだろう。

「あんたすげえな!」

「流れ者の傭兵かい?冒険者かな」

「いやあ、物腰に品があるからどこぞの騎士様じゃねえか」

 などと口々にわめきながら騎士を取り囲む。


 喧噪の中で騎士はならず者が取り落としたナイフをそっと拾い上げた。

 表情を曇らせてそれをぐっと握りしめる。

 ――そして、突然うずくまった。

 ぐふっ。とっさに口に当てた手の隙間から、鮮血がぼたぼたと零れ落ちる。


「大丈夫かあんた」

 駆け寄ったのは店主だろうか。


「カーク、マクシマムが」

「やばいですね、あれ。行きましょう」

 カークは人垣をかきわけて前に出ると、戸板に乗せて騎士を運ぼうとしていた店の主人に声をかけた。

「すみません、お騒がせして。私、その人の身内のものです。」

 店の中では店員たちが手分けして片付けを始めている。昏倒したならず者はとっくに外に放り出されていた。


「ああ、そうかい。よかった。この人のおかげで娘は無事だったよ。店はこんなになっちまったが、あの連中の起こす騒ぎは毎度こんなもんだしな。」

 そう言って店主は意識を失いかけている騎士を見下ろす。

「すみません。彼を引き取っていっても?」

「頼むよ。この人の目が覚めたら、礼を言っといてくれ」

 後始末の上に怪我人の手当までしなければならないところだったのだ。渡りに船とばかりに店主はカークの申し出を受け入れて、店の周りに残った野次馬たちを散らしに行った。


 なんだあの姉ちゃんべらぼうに力持ちだな。

 という周囲の好奇心と驚きに満ちた反応を丸っと無視して、カークは自分より体格のいい騎士を軽々と背負い、ミトのもとに戻る。


「姫さん、取り急ぎ解呪して、この騎士の傷、ふさぐだけはしといた方がいいかもです」

 背負ったときにまた彼は吐血した。その血がカークの左肩から下を赤く染めている。


「わかった」

 通りに残る野次馬連中から急いで離れると、人目につかない路地裏に騎士を寝かせ、ミトが治癒の魔法をかけた。

 喉に血が絡んでヒューヒューと音を立てていた息が静かになり、苦悶の表情も失せる。

「大丈夫そうですね。急いで宿に帰りましょう」

「うん。でも、予定大幅に狂っちゃったね」

 夜陰に紛れて二人は足早に宿に向かった。



 当初の予定では、マクシマムを探し出して、事情を説明し、場所を指定して引き合わせる手筈だったのだ。

 二人が無事に対面を果たせば、それでミト一行はお役御免。もとの旅に戻る。という華麗なる計画だったのだが。


 予定は予定であって決定ではない、とはよく言ったものだ。



 もどってきた宿屋は場末にあるせいで、大通りの大立ち回りの話とは無縁だったようだ。というより酔っ払い客だけだったのか、店の隅に取り付けられた階段を小柄な召使が大柄な男を背負って上っていようと、誰一人気に留めなかった。


 ドアをあけて、帰ってきた二人――いや、三人を見た途端、ファルミアが椅子を倒して立ち上がった。

 よく悲鳴を上げなかったと思う。

 口を白い指で押さえ、目を見開いてぶるぶると震えていた。


「マ…クシマム?」


 部屋の隅の寝台に、カークがそっと騎士を寝かせる。

 ファルミアはその横に寄り添い、幼馴染の騎士の額に手を当てた。

「どうしたんですの、何があったんです」

 ファルミアの声はまだ震えている。

「私も聞かせてほしい。何がどうしてこうなった?」

 スケディライダスは仏頂面で腕を組んだ。


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