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大魔王女、婚活の旅に出る!  作者: 小鳥遊
二つ目の国:森の館の少年
21/56

21.結界と門番

 明け方を待って、ミトたちは森へ入ることにした。


 村の周囲に畑が広がり、その奥に開墾されていない草地が続く。

 そこから数十町歩けば木々の茂る森だ。

 まだ明けやらぬ薄紫の空の下、森は黒々と口を開けている。

 特に定まった道はないが、たいていこの辺りから魔物が出てくるのだと村の若者が案内してくれた場所には、目を凝らせばところどころ、獣道のような踏みしだかれた跡が見えた。


 森の際で村人を村に返し、ミトたちは中に踏み入った。

「これは…」

 一歩下土の病葉を踏んだだけで、カークが唸る。

「解呪する?」

 その様子にただならぬものを感じてミトが訊くと、二人の従者はともに頷いた。


 差し込む曙光は未だ細く、木々の間を縫って歩くには足りない。

 封印が解かれると同時にスケディライダスは指を弾き、灯玉を作り出した。

 それはふよふよと宙に上って辺りを照らす。

 続いて二つ、三つと同じものを作り出すと、それはさながら夜祭の街の通りのように森の中に連なって、景色を浮かび上がらせた。


「さっき声を上げたのは、何があったからなの?」

 ミトが訊ねる。

「この森は、中央大森林のように見えて別物のようでしたので」

 カークが先頭を進みながら答える。

 彼は獣人の魔族で夜目が効くうえに、ミトたちが歩ける場所を的確に見つけてくれる。

「別物とは」

「この奥に結界が張ってあります。かなり強固なものですが――それとは別に、ここらあたりには“魔の力”とは別の力が働いているように思えます」

 結界や魔の力の察知についてはスケディライダスに適うものはない。

 だが、その彼が、そういった従来慣れ親しんだものとは違う感覚があるという。


 ミトも薄々違和感を感じていた。


「冒険者や傭兵が果敢にチャレンジしたけど帰ってこなかったっていうのは、多分その別の力のせいよね」

「ですね。そう思いますよ」

 ミトの推測にスケディライダスは首肯する。

「迷いの森に似てますが、あれは魔法だ。でもこれは、意図的に結界に近づけないように仕向けてる、“意思”みたいなものですね」

「呪い…?」

「と言ってしまうには、それほど邪悪な感じもしないんですよね。カークはどう思う」

「悪意はない、けど阻害する意志はある――って感じかな」

「言いえて妙だな」


 感心したようにふっと笑って、スケディライダスは今度は空中に幻燈のような映像を浮かび上がらせた。

 カークの入手した例の古地図だ。


「結界の位置から考えて、その中に例のピレシュの館があるのは間違いないですね」


 先を歩いていたカークも振り返ってその地図を確認する。


「もう少し北に進んだところか」

「ああ。結界までたどり着いたら俺が先頭になる」


 再び歩き出したカークの後ろ姿が頷いた。

 ミトが彼に続くのを待って、スケディライダスが最後尾を歩く。


 湧いて出る魔物は従者の二人が一瞬で始末する。

 ミトは何一つ手出しする必要はなかった。


 やがて、カークの足が止まった。

「さっきと同じ道を歩かされてる」


 どうやら何かの周囲をぐるぐると回っていたようだ。

「すごいな。気が付かなかった。この中心側が結界になってる」

 スケディライダスが瞠目する。


 お世辞抜きに、スケディライダスの結界探知、魔力探知は卓越している。その目をごまかせる結界を張れる魔法使いなど、大陸にはいない。

「これを張ったのは魔法使いじゃないのかも」

 ミトが中心側に手を伸ばすが、途中で何かに弾かれる。

「――っ」

 ミトだったから弾かれる程度で済んだが、これが普通の人間だったら――いや魔力もちの魔法使いですら、どうなっていたか分からない。


「お嬢、カーク、下がってくれ」

 スケディライダスが前に進み出る。

 そして彼は口の中で何か唱え、掌を結界に押し当てた。


 凄まじい閃光が走る。

 旋風が木々の枝をしならせ葉を巻き上げる。

 ほんの数瞬。


 光と風が収まった後、目の前の景色に一筋の亀裂が入っていた。


 スケディライダスが指を鳴らすと、その亀裂が広がり、硝子の割れるような音をたてて欠片が散った。


 割れ目の中にも森が広がっている。


「これで入れます。だけど注意を怠らないでください」

 言いながら、スケディライダスがまず中に入っていく。

「スケディも気を付けて」

 ミトが心配そうに声をかけ、後に続く。殿はカークだ。


 少し歩いたところで、

「止まって!」

 と、不意に高い子供の声が響いた。


 木の枝が入り組み、そこにツタが絡まった緑の壁の隙間から、光が漏れている。

 そこから、声は聞こえた。


「あなたたちは誰?」


「ウィリ様、館に戻っていてください」


 誰何する子どもの声に被さる大人の男の声が、優しく子供を諭す。


「安心して、ザーレに任せてください。スベンがクッキーを焼いたそうですよ。ウィリ様を探していました」

「ほんと!?やったあ!僕、スベンのクッキー大好きなんだ。ザーレの分もちゃんと取っておくからね。すぐ帰ってきてね」


 かわいらしい子供の声は軽い足音とともに遠のいていく。


 緑の壁の向こうの男性が、こちらを伺う気配がした。


「アレを壊せるってことは、あなたたちは人間じゃないですよね。この壁も簡単に崩せるでしょうに、なぜそこに立ち止まったままでいるんです」


 落ち着いた、柔らかな声音だ。まだ若い。


「あの結界を構築する手練れを相手にするなら、用心に用心を重ねないとね」

 スケディライダスが応える。


(結界が修復されています。自動修復するよう組んであったんでしょう)

 後ろの二人に、スケディライダスが小声で伝える。


 本当に、この向こうにいる相手は侮ってはならない力を持っているということだ。


「あの…」

 ミトが声をあげた。


「女性…?女性がいるんですか」

 壁の向こうの声が戸惑いを帯びる。


「はい。あの、わたしたち、ピレシュの館を訪ねてきたんです。森の拡大と、魔物の正体を確かめに」


 ミトには嘘はつけない。そういう性分だ。思ったことは口に出るし、回りくどい言い方も得意ではない。

 だが、それが功を奏することもある。


 緑の壁が揺らぎ、まぶしい光が差し込む。

 木々がどうぞというように門を形作り、ミトたちの目の前が開けた。

 正面に立っていたのは、古ぼけた灰色のローブを纏い、長い髪をそのまま垂らした、真面目そうな青年だった。


「敵意はないようですね。どうぞお入りください」


 感覚が鋭いのはお互い様ということなのだろう。

 こちらもまた、目の前の青年に悪意や攻撃性を感じなかった。


「あ、じゃあ、お邪魔します」

 ミトはペコリと頭を下げて、従者が「ちょ、まっ」と手を伸ばすのを無視してアーチをくぐった。



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