12.大魔王女、夜会にて公爵にまみえる
内輪の舞踏会かと思っていたら、結構な規模の夜会だった。
エントランスで伯爵家の家令に名を告げる。
通された広間では、すでに着飾った多くの貴族が談笑していた。
入り口のアーチをミトとスケディライダスが潜ると、一斉に衆目が注がれる。
見慣れない異邦人を迎える目つきは、二人の姿を目にした途端、感嘆と好奇心に一転した。
貴婦人方は礼装したスケディライダスに悲鳴に近い声をあげ、慌てて扇で口元を隠す。
――どちらの方?
――なんて美しい方かしら!
――歩く宝冠か天界から舞い降りた神ね。
などと御大層な賛辞がざわざわと飛び交い、広がる。
ミトはミトで、光沢のあるシルバーグレーのドレスに黒のサッシュベルト、胸元に深紅のバラをあしらっただけの地味な装いにもかかわらず、紳士の目をくぎ付けにしていた。
男性諸氏はさすがに不躾なささやきを交わすことはないが、隙あらばダンスを申し込もうという熱い視線を送っている。
(スケディ、目立ちすぎ。もっと抑えた格好にすればよかったのに)
(これ以上控えめにしたら普段着ですよ。目立ってるのはお嬢の方でしょう。貴婦人方の嫉妬はやばいですよ)
(そっくりそのままお返しするわ!)
微笑みの形に無理やり口をひん曲げてにこやかな会話を演じつつ、二人がいつもの調子で口喧嘩を繰り広げていると、何やら入り口の辺りが騒めき始めた。
どうやら目的の人物の御登場らしい。
スケディライダスにいざなわれて、入り口の見える位置まで移動する。
またそのエスコートの仕方がいちいち洗練されてカッコいいものだから、ご婦人方の側を通るたび声にならない悲鳴が立った。
「ちっ」
「舌打ちとかやめてくださいよ、はしたない」
スケディライダスが何とも言えない表情でミトをたしなめる。
柘榴石のように透き通り揺らめく瞳を見上げて、ミトは口を尖らせた。
広間には貴族の令嬢が大勢いる。妖艶な美女に可憐な美少女と、よりどりみどりだ。
「ちやほやされて目移りしちゃだめだからね」
「目うつ…まあ、確かに目に楽しくはありますね。俺も婚活するかな」
「だめ!」即座に上目遣いで睨んでミトが却下し、それから慌てて「まずはわたしからだから!」と付け足す。
その様子がおかしくて、スケディライダスが目を細め、ふは、と笑い声を立てると、途端にきゃ~ともひゃ~ともつかぬ悲鳴が――今度こそ悲鳴が――周辺の淑女から一斉に上がった。
「スケディのご主人様はわたしだからね」
悲鳴に張り合うかのように、ミトはスケディライダスの腕にかけた手に力を込める。
「いきなり何の主張ですか、それ」
「いいの!」
「もしもし、二人の世界から戻ってきてくださいね。あちらがメルエル現公爵でございますよ」
不意に背後から声をかけられる。
「カーク!ん?カクベル?カーク?」
ミトが驚いて振り向くと、灰色髪の従者が、お貴族様の格好で澄まして立っていた。
「はい、有能な部下カークです。私も別口でご招待されたんですよねえ。ところでほら、あれがターゲットですよ、お嬢」
カークが目で示す先に、背の高い男性がいた。
小柄な女性をエスコートして、にこやかに賓客たちと会話を交わしている。
ゆるやかにウェーブのかかった、プラチナブロンドの短髪。
身にまとうアビは青みを帯びた濃いグレーの地に金糸の刺繡を施したもので、甘やかな彼の相貌によく似合っていた。
ミトがじっと見つめていると、会話の相手に何やら耳打ちされて、公爵がこちらに顔を向けた。
目が、合った。
「追加情報を申し上げますとね、メルエル公爵は王女殿下との婚約話が持ち上がってるのに今もなお奔放な女性関係を続けてるらしいですよ」
カークが小声でさらに説明を加える。
えっ今それ言う!?それはないでしょ!というミトの心の叫びは、当の公爵と目が合っている状態で外に出せるわけもなく。
「このタイミングでその情報はなかなかえぐいな、カーク」
隣で代弁するようにぼやいたスケディに、ミトは胸の中で快哉を叫んだ。
「どうぞお気を付けください、ってことですよ」
そう言いおいて、カークはまた人の中に紛れて姿を消す。
額に落ちたプラチナブロンドの柔らかな髪の間から見える、澄んだ灰青の瞳。
スケディライダスの怜悧な美しさとはまた趣の違う、みるからに甘美な、蠱惑的な美貌が近づいてくる。
じっとこちらを見つめたまま、くっきりした二重と大きな目に影を落とすまつ毛の長さがわかる距離まで近づいた公爵を、ミトは完璧なカーテシーで迎えた。
「ドレスティアーノ鉱山領、鉱山主名代、ミア・エバーズでございます。本日は伯爵様のご友人からご紹介いただき、まかり越しました」
メルエル公爵は胸に手を当てお辞儀を返す。
「初めまして、ドレスティアーノのお美しい姫君。私はファルブラム王国公爵、フィリップ・メルエルと申します。お見知りおきください」
差し出された手に、ミトが手を載せる。
公爵はレースの手袋をはめたその手に軽く儀礼的なキスをして、優しく離した。
6歳まで貧民窟にいたとは到底思えない、慣れた仕草だった。フィリップ公爵の見目の麗しさもあって完璧な所作に映る。
「公爵様、お目に書かれて光栄でございます」
にこやかに微笑んで、ミトは小さく膝を折った。
フィリップも微笑み返す。
「一曲お相手願っても?――ご婦人をお借りしてよろしいでしょうか、お連れの方」
「どうぞ、お気遣いなく」
にこり、と、かすかに笑みを刷いてスケディライダスが頭を下げたのを受けて、公爵が手を差し出した。
「では、ミア嬢」
その手をとって、ミトは再び膝を折る。
「お誘い頂いて身に余る喜びでございます、公爵」
周囲のご令嬢たちの羨望と嫉妬の眼差しがなかなか痛い。
“奔放な女性関係”が知れ渡っているのだろうに、それでも女性の人気を集める公爵。
いや、だからこそ、火遊び好きのご令嬢たちの心をくすぐるのだろうか。
自分も一夜の相手になれるチャンスがあると思うのかもしれない。
そこまで女性に思わせるこの公爵の魅力とは何なのだろう。
それになぜ、婚約が持ち上がっているにもかかわらず女性関係を正そうとしないのか。
いろいろと不可解なところの多い公爵に、ミトの好奇心が擽られる。
そして二人はホール中央へ移動していった。




