第8話 シルマリルの樹の実
三人でミュリさんの家へ戻ると、さっそく昼食の準備に取りかかる。
とはいえ、用意するのはシルマリルの樹の実だけだ。
果肉は白く、見た目はまるで上質なメロン。
皿に盛り付けながらも、思わずよだれが出そうになるほど、見るからに美味しそうだ。
俺はその誘惑に耐えながら、裏手の井戸に水を汲みに行ったアサさんを呼びに向かった。
「アサさん、昼食の用意ができました。中で一緒に食べましょう」
「ありがとう」
アサさんは、ちょうど桶いっぱいに水を汲み上げたところだった。
この不思議な井戸の調査も兼ねているらしいが、あとでこの水をシルマリルの樹に与えるつもりだという。
……本当に働き者だな。
家に戻ると、ミュリさんがイモを載せた皿を並べていた。
……一応、イモも出すんだな。
「さあクロノ様、アサさん! 昼食の用意が整いましたわっ!!」
そんな胸を張って言うほどのことか、と思いつつ、
俺たちは机を囲み、それぞれ席につく。
そして手を合わせて──待ちに待ったシルマリルの実に、がぶりと食らいついた。
「「う、うまぁ!」」
俺とミュリさんは思わず声を漏らした。
果肉の歯ごたえは梨に似ているが、口の中に広がる果汁は驚くほど瑞々しく、
それでいてスッキリとした甘さが心地よい。
しつこくなく、いくらでも食べられそうだ。
──うん、美味い美味い。
実ひとつひとつもかなりのサイズだし、あの樹一本で数日は持ちそうだ。
「クロノ、ミュリ。シルマリルの樹の実を食べるのは初めてか?」
アサさんが、しゃくりと音を立てて実をかじる。
「俺はもちろん初めてですが……ミュリさんも?」
「うーん、もしかしたら、ずーっと昔に食べたことがあるかもしれませんけど……でも全く覚えていませんわ!」
「その口ぶりから察するに、ミュリはかなり長命な種族のようだな」
「そ、そうですわね」
なぜか目を逸らすミュリさん。
「えっ、ミュリさんって人間じゃないんですか?」
「……そういえば! クロノ様は実はこの世界の人間ではありませんの!」
……いや、話逸らすにしても露骨すぎないか。
「どういう意味だ?」
「あ、俺、昨日異世界から来たばかりなんですよ」
「……異世界から?」
「そうなのです。クロノ様は《山を管理する能力》を持つ、れっきとした異世界転生者なのですわ!」
「異世界転生者……聞き慣れない単語だ。──ということは、まだ人の街にも行ったことがないのか?」
「そうなんですよね」
これまでウツセミの山の管理に夢中になっていたが、そろそろ街にも行っておいた方がいいかもしれないな。
これからどんな風に生きていくにしろ、この世界の文化、常識、政治、地理、技術──そういったものは頭に入れておくべきだろう。
「そういえばミュリさん、この辺で一番近い街って、どれくらいかかりますか?」
「ここからですと、バルダールという街が一番近いですわね。歩いて……そうですわね、だいたい一日と半分ほどでしょうか」
「い、一日半……」
想像以上に遠かった……。
「なるほど。では、街に行くには騎乗用の魔物が必要だな」
「でも俺、乗馬とかやったことないですよ?」
「それならば、私の後ろに乗るといい。クロノは私にしがみついていろ」
「え、で、でも……」
俺は思わずアサさんの身体に目を落とす。
布の服越しでも分かる、はちきれんばかりの胸に、輝く太もも。
こ、これは流石に……
「私は何も気にしないぞ。クロノは私の召喚主だ。好きにすればいい」
「そ、そう言うわけには……」
全然動じないアサさんに、タジタジになる俺だった。