第6話 召喚:エルフ
「ミュリさん、エルフってご存知ですか?」
「はい、人を避けて森の奥に住む種族ですわよね?」
やっぱりその認識か。
だとすれば、もしかしたら会話が可能かもしれない。
たとえ話せなかったとしても、最低限の意思疎通ができれば、木に登って果物をとってきてもらうことができるかもしれない。
森に住んでるんだから、木登りは得意なはずだ。
「……エルフを召喚してみようと思います」
「エルフ、ですの?」
俺は静かに頷いて、ウツセミの山の書でエルフのページを開く。
必要な山ポイントは――1500。ちょっと高いな。
でも、あのシルマリルの実を食べるにはこれしかない。
ページに指を乗せ、スッと上へスライド。
──すると、目の前に、まるでアラビアンな美女が現れた。
「…………」
現れたエルフは、呆然とあたりを見渡している。
まあ、いきなり訳もわからず知らない土地に召喚されたんだ、無理もない。
それにしても、なんて格好だ……
まるではっぱ隊のような……
しかもそのボディラインがまた……豊満というか、迫力満点というか。
……目のやり場に困るな。
「ここは……」
おっ!喋れるみたいだ!
「こ、こんにちは」
「……どうも」
エルフは所在なげに辺りを見回しながら、軽く会釈をしてきた。
「突然召喚してしまいすみません。私、クロノ・マコトと言います」
「召喚……なるほど。私は召喚されたのだな」
「そうですわ! わたくしは、ミュリシエラ・アリュス=グロティア──ミュリと呼んでくださいませ!」
「マコト、ミュリ。私は──私はアサ」
「アサさん、よろしくお願いします」
「よろしくですわ!」
「……ひとつ、聞いてもいいか?」
「はい、なんでしょう?」
「なんでこんなにスライムに囲まれているんだ?」
──気がつけば、グリーンスライムたちがぞろぞろとアサさんの身体に集まり始め――
そしてその身体のあちこちにまとわりつき、服代わりの葉っぱをじわじわと溶かそうとしていた。
「ちょ、ちょ! しっ、しっ!」
慌てて追い払う。
そうか、葉っぱの服なんて着てたら、そりゃスライムの格好の餌になるよな……。
危うくセンシティブになるところだった……
俺はミュリさんに急ぎお願いして、布製の服を持ってきてもらう。
そしてアサさんに手渡し、なんとか事なきを得た。
「──で、私は何故呼ばれたんだ?」
服を着替え終えたアサさんが、落ち着いた様子で俺を見つめてくる。
どうやら、自分が召喚されたという事実にはあまり動揺していないようだ。
メンタル強いな……。
「えっと、それはですね……」
俺とミュリさんはシルマリルの樹を見上げる。
「なるほど。あの実を取ってきて欲しいわけだな」
「話が早くて助かりますわ!」
「まさか、こんなことのために召喚されるとは。まあいい」
そう言うと、アサさんは目を閉じ、何やらぶつぶつと唱え始めた。
「これは何をしておりますの?」
「しーっ。黙って見てましょう」
アサさんは目を開けると、シルマリルの樹をじっと見上げ、そっと幹に手を添える。
すると――
ざわり。
高い枝の先に実っていた果実のついた枝が、まるで引き寄せられるようにゆっくりと下がり、アサさんの目の前まで垂れてきた。
「な、なんだ!?」
「す、すごいですわっ! まるで木が生きているかのよう……」
驚きに声をあげる俺たちの前で、アサさんはその実を丁寧にもぎ取る。
すると、枝はすっと元の位置に戻っていった。
アサさんは、もぎ取った実を掲げて俺たちに見せると、さらりと言った。
「生きている。こうして、私の言葉に答えてくれる。……でも、文句を言われたぞ」
「も、文句……?」
「ああ。『土がゴミすぎる』とさ」
「植物も……そんな言葉遣いするんですね」
「しかも、”土が干からびている。これじゃすぐ枯れるわ” って。――割とガチトーンで怒ってた」
「おお……」
まあ、確かにその通りではある。
俺としては、あくまで一時的に食料を得る手段として召喚しただけで、
「枯れてもしょうがないよね」くらいの軽い気持ちだった。
だが――
「シルマリルは、実だけではなく材木としても優秀だ。ちゃんと世話をしてやれば、いずれ大きな恩恵があると思うが」
「……そうは言っても、見ての通りこの山はかなり劣悪な環境でして」
土はひび割れ、草木は枯れ、そして今ではグリーンスライムだらけだ。
「なるほど。──だが見てみろ。バジリスクがスライムを捕食して、フンをまき散らしている」
アサさんの指差した先には、黒くて丸い――おそらくバジリスクのフンらしきものがいたるところに散乱していた。
「フンにより肥沃化が期待できる。アレでもう少しマシになるかもしれないな」
「なるほど……スライム駆除と肥料生産を同時にやってくれてるってことか」
そこはもちろん俺の想定外だったが、副産物的に山の環境改善に役立つわけだ。