第4話 スライム大増殖
次の日の朝。朝日が差し込むと同時に目が覚めた。
ミュリさんの家には灯りが無く、夜になったらもう寝るしかなかった。
とりあえず広間に行くと──
「おはようございます、クロノ様! はい、朝ごはんですわ!」
ミュリさんが、湯気を立てるイモを誇らしげに差し出す。
もちろん、俺の朝ごはんはイモである。
ちなみに、昨日の晩ごはんもイモだった。
……食事環境の改善。これは早急に取り組むべき課題だな、こりゃ。
イモを齧りながら、俺はウツセミの山の書を取り出す。
はてさて、昨日の今日で、どれだけの山ポイントが貯まった事やら。
すなわち、グリーンスライムがどれだけ雑草を処理してくれたか、ということだ。
早速、表紙を見て見ると……
>山ポイント:4780
「め、めっちゃ増えてる!?」
「どうかされましたか?」
俺が驚きの声を上げると、ミュリが不思議そうな顔をしていた。
「いや、山ポイントが大量に……」
俺が本の表紙を見せると、ミュリさんがワッと驚く。
「まあ! どういうことですの!?」
「いや、昨日グリーンスライムを放っておいたので、きっと彼らが雑草を大量に消化してくれたんだと思います」
「なるほど……ということは、クロノ様の狙い通り、ということですのね!?」
「うーん、まあ確かに狙ってはいたけど、まさかこれほどとは…………」
でも、これだけあれば…………
俺はウツセミの山の書をめくっていく。
現在の山ポイントに応じて、召喚できるようになったものが一気に表示されていた。
魔物から見ていくと、ゴブリンリーダーにゴーレム、バジリスク、エルフ──
「エ、エルフ!?」
「今度はどうしましたの!?」
「い、いや、なんでも…………」
慌てて取り繕う俺を、ミュリがきょとんと見ている。
エルフといえば、長命で思慮深く、そして美男美女しかいない──そんなイメージだ。
もちろんこれは、俺が転生前の世界で読んできた創作の中での話。
この世界のエルフが同じとは限らない。
でも、スライムが俺の想像通りだったんだ、エルフもそうである可能性は高いな。
……エルフは魔物なのか?
という疑問はさておき、俺は本来の目的である植物の欄に目を移す。
”パラグナ草” ──縄のような強度を持つ草らしい。目的のものじゃない。
”ルナセリアン” ──これは、安眠に効果がある草。これも違う。
「オルネラの木、シルマリルの樹──これだ」
俺が探していたのは、果物のなる木だ。
昨日今日とイモばかりで、満足のいく食事が出来ていない。
食糧問題の解決は急務だった。
魔物を倒して肉にするという選択肢もあるにはあるが──味の保証はないし、そもそも魔物を捌ける気がしない。
その点、果物なら実をもいで食べるだけ。
しかも……思った通り、植物の解説欄に実の味の評価が書かれていた。
オルネラの木は、一度になる実の数が多いが淡白な味らしい。
一方のシルマリルの樹は実の数こそオルネラより少ないが、かなりウマいとのことだ。
「なにを見ていますの?」
「果物をつける木を探していたんです。これを召喚すれば……そうですね、ミュリさんからもらえるイモもいいんですが、果物も食べられるようになるかと」
「本当ですの!?!?」
ミュリさんが飛び上がって喜ぶ。
「わたくし、こんな味気ないイモ、ほんとうに、ほんとーに飽き飽きしていたのです!」
……ミュリさんもそう思ってたのか。
「ささ! 早速山に入って、果物をたべましょう!」
こうして、俺よりもよっぽどノリノリなミュリさんに連れられて、山に入っていった。
「こ、これは…………」
昨日の広場に戻った瞬間、思わず立ち尽くしてしまった。
「ぽよんぽよんだらけ、ですわね…………」
昨日は雑草が生い茂っていた広場だが、今や雑草はほぼ食いつくされ、代わりに大量のグリーンスライムで埋めつくされていた。
「何体いるんだ、これ……」
完全に想定外だった。
まるで、害虫を駆除するために持ち込んだ外来生物が、逆に大繁殖して生態系を壊した──
そんなニュースをどこかで見た気がする。
まさに、そんな状況だ。
「こ、これ、どうしよう……」
「一匹一匹、クロノ様の手で駆除していくしかありませんわ」
「ま、マジか…………」
魔物と戦う気なんて全く無かったのに。
というか、俺、ステータスオール1なんだけど。
この数、いったい何時間かかるんだ……?
「お、俺、戦闘の経験とかないんですが……」
「そこはご心配なく! 以前お話しましたように、クロノ様は魔物から攻撃されませんし、しかも一撃で倒せますの! なのでクロノ様なら、このぽよんぽよん達も問題なく駆除できるはずですわ!」
そういえばそうだった。
いや、でも精神的にイヤだな。
「で、でも武器が──」
「それでしたら!」
そう言うと、ミュリさんは猛スピードでどっかに行くと、また猛スピードで帰ってきた。
「こちら! わたくしの家に転がっていた剣ですわ! ちょーっと錆びてしまっていますけれども!」
「ちょ、ちょっと?」
ミュリさんが差し出してきた剣は、刃は鈍く、錆びもびっしり──ほとんど錆のかたまりだった。
でも、ないよりはマシだ。
素手で魔物に触る勇気なんて、俺にはないからな。
「ど、どうも……ありがたく使わせてもらいます。──では」
「やっちまってください! クロノ様!」
ミュリさんの声援に背中を押されながら、俺は広場のグリーンスライムにそろりと近づく。
……確かに、奴らはこっちを一切気にしていない。完全に無防備だ。
「……ていっ」
俺は錆びた剣をグリーンスライムに振り下ろす。
すると、まるで水の入った風船でも割ったように、グリーンスライムはあっけなく破裂した。
「流石ですわ、クロノ様! 見事、グリーンスライムを駆除できましたわね!」
「まだ一匹だけですが……。でも、本当に一撃だ。これなら──」
俺は次のグリーンスライムに向けて、さらに剣を振り下ろす。
バシャッ、と、同様にグリーンスライムが破裂した。
「その調子ですわ~!」
な、なんだか楽しいな。
無双するってこんな感じなんだろうか、
俺は、一心不乱に剣をグリーンスライムに振り下ろし続けた。
…………
…………
…………
「は、はあっ、はあ、ぜ、全然減らない……っ!!」
グリーンスライムは、倒しても倒しても、一向に減る気配がない。
きっと、そこらの雑草を食べて、また増えていっているのが原因だろう。
一体が二体に増えるのだから、今100体いたら、次は200体だからな。
でも、このまま放っておいたらウツセミの山全体がこいつらに飲み込まれてしまう。
「っはぁ、はぁ……っ」
俺はプルプル震える腕で剣を振るう。
グリーンスライムを一体破裂──させた横で、グリーンスライムがこれ見よがしに二体に分裂した。
「も、もう無理だ……」
今ので完全に心が折れた。
こんな鉄の塊を何十回も振り続けるなんて、一般社会人の俺には無理な話なんだよ。
明日の筋肉痛ヤバそうだな、なんて現実逃避なことを考える。
「クロノ様、どうしますの?」
「…………こういうときこそ、一度落ち着こう」
昨日は、手に負えないほどの雑草に絶望した。
しかし、グリーンスライムによって解決したわけだ。
ということは、きっと今回も何か解決策があるはず。
俺は息を整えながら、ウツセミの山の書を取り出した。