第17話 そらをとぶ
「さて、これでモグルに乗って、バルダールという人の街に行けるようになったわけだが……どうする、クロノ。早速行ってみるか?」
「えっ!? あー、そうですね……どれくらいかかるんだろう」
「歩いて一日半、とミュリが言っていたな」
「はい! そう聞いた覚えがありますわ!」
「……ほう、まあいい。ということは、モグルなら……そうだな、二時間もあれば十分だろう」
「えっ、そんなに早いんですか!?」
「当然だ。モグルの機動力は、騎乗魔物の中でも屈指だ。それに、空を飛べば直線距離で向かえるからな」
「そ、空を飛ぶ……。ちなみに、グリフォンに歩いてもらって行くと、どのくらいですかね?」
「半日はかかるな。しかも道に不慣れだと、迷う可能性も高い」
半日──。
それなら流石に空飛んで二時間の方が、いいよなぁ……。
「……俺、高いところ──というより、浮遊感が苦手なんですよねぇ」
正直に打ち明けると、アサさんはふっと口元を緩めた。
「ふふ、それならモグルに言ってみればいい。飛行中もできるだけ安定させるように、気を付けてくれるはずだ」
「……モグル、そういうことできたり……?」
不安半分で尋ねてみると、モグルは大きくゆっくりと頷く。
モグル、本当に俺の言うことを理解しているんだな。
「モ、モグルがそう言うなら……」
「よし、じゃあ移動手段は決まりだな。あとは──今日、いや、今すぐにでも出発するかどうか、だが。どうする?」
アサさんが腕を組み、こちらを見る。
「そうですね……」
今日は特に予定もないし。
むしろ今のうちに街へ行って、この世界の常識や人間社会について知っておきたいかな。
文化や言語、貨幣制度、政治体制とか。
「はい。早速ですが、向かいましょうか」
こうして、俺たちは今すぐバルダールに向かうことにした。
*
「じゃ、じゃあ乗るぞ」
俺は意を決して、モグルの前へと歩み出た。
すると、何も言わずともモグルが伏せの姿勢をとってくれる。
い、いい子過ぎる……。
軽く背中を撫でてやってから、俺はモグルの背中によじ登る。
背中の感触は想像よりも柔らかく、そして広い。
まるでソファに座っているかのような安定感だ。
「クロノ、これがパラグナ草で作った命綱だ。落ちないように、しっかり固定しておけ」
「えっ、いつの間にそんなものまで……」
思わず驚く俺の胴に、彼女が手際よく命綱を巻きつけていく。
しなやかで強靭な草の縄は、驚くほど肌馴染みがよく、それでいてしっかりと体をホールドしてくれた。
「これで安心だな。私が前に乗るぞ」
アサさんが軽やかな身のこなしでモグルの背にまたがり、俺の前に収まる。
「ミュリ、乗らないのか?」
見ると、ミュリさんがなんだか悲しそうな顔で俺たちを見ていた。
「わ、わたくしは遠慮しておきますわ! よ、用事がありますものっ!」
ミュリさんの語尾がわずかに上ずっていた。
「よ、用事……?」
つぶやく俺の視線を、アサさんがちらりと横目で受け止める。
その瞳は「深くは聞かないでやれ」とでも言いたげだ。
よくよく考えたら、俺ってミュリさんのことをあまり知らないなぁ。
どうしてこんな山奥に一人で住んでいるのか、とか。
家族、職業、過去──考えてみれば、どれも聞いたことがないし。
けれど、無理には聞かない方がいいか。
「それじゃあ、行ってくる。──美味しいものを買ってきてやろう」
「是非!!! お願いいたしますわ!!」
「モグル!」
アサさんが名前を呼ぶと、モグルがぐっと翼を広げる。
そして一度、二度と大きく羽ばたくと、地面を蹴り上げ、ふわりと宙に浮かび上がった。
「お、おおっ……!!」
浮き上がる瞬間、ふわりと身体が持ち上がる感覚に思わず声が漏れてしまう。
しかし、不安よりも先にこみ上げてきたのは、胸の奥から湧き上がる高揚感。
山の木々が下へと遠ざかっていく。眼下に広がるウツセミの山が、まるで別世界のように美しく見えた。
……なんだ、全然怖くないぞ?
飛行機すらも不安で仕方ない俺が、不思議なほど、安心して身を任せられる。
「それでは、バルダールに向かう」
「行ってらっしゃいませ、ですわ~!!!」
大きく手を振るミュリさんに見送られながら、俺たちはバルダールに向かってゆっくりと飛び立った。




