太陽の光
春。周りが新しい出会いにソワソワし始める。高校生になった前田佳耶は、このソワソワに参加できなかった。つり目で目付きが悪く、小学生の時軽くいじめられてから、人と関わることが怖く、うまく人とコミュニケーションがとれなくなった。そしていつの間にか、人と関わることを諦めていた。
「おっはよー」
私の隣の席に座る藤野舞佳。藤野さんは、明るくて入学したばかりなのに、すでに周りにはたくさんの人で賑わっている。
「佳耶ちゃん!おはよー」
「おはよう」
輝いているその笑顔。こんな漫画の中のようなキラキラした人が現実にも存在するなんて思ってもなかった。高校とは恐ろしい。そんな藤野さんに少し憧れも持っていた。1人が嫌いなわけではない。ただ、漫画を読んでいるとたまに、友達がいればいいのにと思ってしまう。
お昼休み。私にとって最高の時間。誰にもみられず1人の時間を楽しめる。屋上のドアを開けると、暖かい日差しとともにまだ少し冷たい風が私の肌をすべった。気持ちがいい。私の好きな季節がやってきたのだ。イヤホンをさし、自分だけの世界に入り、お弁当を食べる。なんていい時間なのだろう。
ガチャ
初めてだ、人が来るなんて。まあ、屋上だし誰かは来るか。そう思ってドアの方を見ると、見覚えのある輝きが目に入った。
「佳耶ちゃん?」
藤野さんだ。しかし、1人しかいない。あの藤野さんが1人で何をしに来たのだろう。
「佳耶ちゃんお弁当中ー?私も一緒に食べてもいい?」
「いいけど、なんで?」
「え、いや、なんか静かなとこ行きたくて?教室も食堂もうるさくてさ。」
「確かに。」
びっくりした。私、今から藤野さんとお弁当食べるの?正直怖い。変なやつとか、嫌なやつとか思われてないようにしないと。というか、今藤野さん何考えてるんだろ。もやもやが心を覆っていく。
「佳耶ちゃんはいつもここで食べてるの?」
「そうだよ。」
「じゃあ、たまに混ぜてもらおうかな!」
藤野さんはお喋りだ。私が喋らない分ずっと喋ってくれている。これをコミュ力おばけというんだろうな。初めはもやもやしていた心もだんだん澄んできた。楽しい。人といることはこんなに楽しいんだ。いつぶりだろう、こんなに人と喋ったの。胸がじんと熱くなった気がした。
それから1週間に2.3回一緒にお弁当を食べるようになった。藤野さんが喋る話はいつも嘘みたいにおかしな話ばかり。たくさんの話を聞かせてもらって、藤野さんとすごすお昼休みが私にとって大きな存在へと変化していった。
「藤野さんの人生っておもしろいね。」
「私の周りって変なことばかり起きるんだよねー」
そういって笑う藤野さんをみて、私も笑う。太陽が暑く照りつけてくる。そろそろ日向ぼっこはしんどいかな。
お弁当を一緒に食べるようになってから、教室でも少しずつ話しかけてくれるようになった。課題やった?とか、授業だるいねーとか、こんなつまらない会話ができるこの時間が本当に楽しかった。前までと違ったこの生活に今馴染んできてしまっている自分がいる。
「最近暑いねー、そろそろ溶けちゃいそう。」
「日陰はわりと涼しいよ。」
「確かに!日向で食べてるから暑いのか、ちょっと日陰に移動しよ!」
こんなに暑いのに来てくれる。藤野さんはどうして私と食べてくれるのだろう。独りの私に同情でもしているのだろうか。そんなつまらない考えが最近頭に浮かぶ。きっと、藤野さんは私のことをそこまで考えていない。ただ、そこにいたから。たまたま、今私たちは一緒に食べている。ただそれだけなんだろう。さっきまで日向だった地面は一面日陰へと変化していた。
最近雨が続いている。今年は梅雨が遅めらしい。
「前田さん、ちょっと話したいんだけど。」
なんだろう。いつも、藤野さんと仲良い女の子達が3人私を囲んで言った。
「最近舞佳と一緒にご飯食べてるよね?」
怖い。これは、もう藤野さんと関わるなってことだろうか。確かに私なんかが藤野さんと仲良くするなんて、おこがましかったのかもしれない。申し訳ない、この子達にも藤野さんにも。
「食べてる。けど、仲良いわけではないよ。」
タタタッと音がした。誰かが階段を駆け上がる音。
「え、仲良くないのに食べてるの?!仲良いなら私らも仲良くしたいなって思ってたんだけど。え、どういう関係?」
え、困惑してる。ん?私も困惑してる。この人たち私と仲良くしたかったの?え?どういう関係って言おう。どうしよう。もう分からない。
「え、あ、いや。仲良いのかな?ごめん。私、藤野さんといつも食べてるから、怒られるのかと思って。藤野さんたちみんなキラキラしてて私の憧れだから、そこに入ってくんなみたいな。」
言ってしまった。バカ正直に自分の気持ちを。やばい、次こそ怒られる。と思った矢先、たくさんの笑い声に私は包まれた。
「怒らないよ、ごめんね!怖がらせちゃった?」
怒ってない?ああ、私の勘違い。思い込みで話してしまう私の癖だ。この子たちはいい人なんだ。あの人たちとは違う。いじめてきた、あの人たちとは。
「あ、いや、優しいね。」
ほんとに優しい。茅野さん、佐伯さん、矢野さん。みんなキラキラしてて、こんな私にも優しい。この後、この3人と少しお話をしてから帰った。行きしにさしていった傘は、学校に置きっぱなしだった。
それから、3人とは教室でも少し話すようになり、私は今まで以上にクラスに馴染めるようになった。だが最近、藤野さんがお弁当を食べにこない。暑いからかな。それとも私に飽きたのかな。少し怖くなった。やっぱり友達になんてなれなかったのだ。
「最近舞佳と喋ってなくない?」
茅野さん、鋭い。最近、藤野さんに喋りかけられることはない。まあ、席替えをして席が離れたのが大きいのだろう。
「喋りたいんだけど、話しかけ方が分からなくて。人に話しかけること、ほぼ無いから。お弁当も一緒に食べたいんだけど。」
そう、私から喋りかけた事がないから、どうすればいいのかも分からないのだ。友達なのかもわからないような相手になんて声をかける。
「普通に、今日弁当一緒にたべようでいいんじゃない?素直に伝えなよ!」
そうか。前までお弁当食べてたしな。そうだ。頑張ろう。素直に伝える。よし。
「ありがとう、茅野さん」
頑張るんだ私。声を掛ける、お昼誘う、ただそれだけ。
「藤野さん!」
こちらを向いた。久しぶりに見るこの輝きに少し目がくらみそうだ。
「どうしたの?」
緊張する。どうしよう、何か言わないと。心が落ち着かない。2人の間の空気とは対象に心がうるさくなっている。
「あの、ね、お弁当、なんだけど、今日一緒に、食べないかな、て、思って。」
言った。言ったぞ私。よく頑張った。
「.......いいよ。」
やった。俯いていた、顔をあげると、返事とは裏腹に藤野さんの微笑みは少し暗く感じた。
お昼休み、屋上で待っていると藤野さんは来た。
「お待たせ。なんで誘ってくれたの。」
「喋りたくて、最近喋れてなかったから。」
正直に言うとすこし恥ずかしいが、茅野さんが言ってくれたように、素直に気持ち伝えないと。
「なんで、私と仲良くないのに?」
どういう意味だろう。そんなこと言った覚えがない。
「前、真奈たちと喋ってんの聞いちゃってさ。私と仲良くないって言ってたから、話しかけんのやめてたのに。」
茅野真奈ちゃん。そういえば言ってしまった。聞いてたんだ、しかもそこだけ。タイミングが悪いよ藤野さん。
「違うの、キラキラしてて私の憧れの藤野さんと仲良いなんてなんかおこがましいなって思って。」
素直素直。正直な気持ちを伝えるんだ。
「たくさん人が集まってる藤野さん、すごい憧れてたんだ。私には、人なんて集まらないから。すごい魅力があるんだなって。」
藤野さんの宝石のような瞳は今まで見たことがないほど見開いていた。
「そんなふうに思ってたの?私はべつに魅力なんてないよ。ただ、1人が怖いからずっと誰かといるってだけ。1人で堂々といられる佳耶ちゃんの方が強くてかっこいいし、魅力しかないよ。」
私?独りで堂々といた事なんてあるっけ。ただ、独りが慣れていてそれが日常だっただけなんだけど。というか、それも最近は藤野さんという存在を知って日常じゃなくなっちゃったし。
「初めに屋上であったの覚えてる?あの時、実は1人でご飯食べようと思ってたんだ。1人に慣れるために。でも、佳耶ちゃんを見てすごい安心しちゃったんだ。結局1人でいるなんて怖くてむりだったんだよ。ダサいでしょ。私はやっぱ1人じゃ生きていけない人間だってその時自覚した。自律できないんだよ、私。」
藤野さん。私とは真逆の悩み。私はずっと独りだった。そんな私を孤独と捉えず、1人で生きられるかっこいい人間と捉えてくれた藤野さん。そんな考えがあったんだ。
「自分の悩みを心に留めて、しっかり悩んでる。藤野さんは立派だよ。私は、悩みをほっておいて、放置してたもん。友達なんて出来るわけないって、話しかけることもしないで。それでも後悔はしてない。そのおかげで屋上で藤野さんと出逢えたんだもん。」
そう。私は解決しようとしていなかった。それでも、今の私は独りではない。きっと、神様がそうしてくれたんだろうな。生きていれば、いつか幸福が訪れる。そんな瞬間を体験できた私はきっと幸せものなのだろう。なにかに悩んで、行動に移すという選択は変化に繋がるかもしれない。けれど、放置する選択もまた変化に繋がるのかもしれない。たくさんの可能性を秘めたこの人生。生きているだけで、たくさんの選択に迫られるけど、どんな選択もきっと。将来いい方に向かうと信じて。
「私の悩みも佳耶ちゃんと出会えるきっかけになったなら、いい悩みだったのかもね!解決はしてないけど。」
そう言って笑う藤野さんの笑顔は太陽に照らされ眩しく輝いていた。