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無能力者が能力者を恐れる根源

「悠‼︎」


悠は自らの手で作り出された水円柱の中に踏み入れ、メイサの体を抱き止める。そして徐々に水の高さを低くしていき、メイサの足が地面に完全についた時、その円柱は跡形もなく消え去った。メイサの服も悠の服も、何事もなかったかのように乾いている。水が一切なくなった瞬間、悠はメイサに思い切り抱きついた。それはもう痛いくらい。


「メイサぁ…無事で…本当に…良かった…‼︎」


悠の大粒の涙がメイサの肩にかかり、服を湿らせる。ぎゅうっと力強く抱きつかれ、しかし決して不愉快なものではなく、メイサはむしろ幸福を覚え、されるがままになっていた。


「…悠、助けてくれてありがとう。」

「いいや、お礼を言われる筋合いはないよ。メイサは何も悪くないんだし。僕もメイサが傷付いたらどうにかなっちゃうから。とても精神が保てるとは思わない。」


メイサは覚悟もないまま五階から突き落とされ、何が何だかわからぬことになっていた。間違いなく人生一の恐怖を覚え、そして今、間違いなく人生一の安堵を覚えている。悠はメイサの名をひっきりなしに、存在を何度も確認するように呼ぶ。メイサは悠の見たことがないほどの必死な形相に、先ほど起きた出来事がこの上なく深刻である事が身に染みた。いや、もちろん自分でもわかっているのだが、頭がこんがらがって何が何やらわからない。


「…メイサ、あんた、身を守れるような能力、持ってなかったの…?」


その時、メイサの背後で弱々しい女子の声が聞こえてきた。顔を見るまでもなく、身体全身が震えているとその恐々とした声色でわかる。


メイサが突き落とされても自らの能力で身を守ろうとしなかった様子を五階から眺めて、この上ない焦りが生じたのだろう。もしかして、彼女は身を守れるような能力を持ち合わせていないのではないか。能力者全員が強力な能力を持ち合わせているというのは勝手な決めつけで、実際はそれとかけ離れているのではないか。自分らがした行為は、当たりどころが悪ければ殺人になるのではないか。そんな重大なことになるなんて思いもよらなかった彼女らは、無事に悠に守られたのを見て、ひとまず安堵しているようだった。しかし、もしそれが一秒でも遅ければ、メイサはどうなっていたかどうかわからない、という状況だったと判明し、とてつもない恐怖と責任を覚えているようだった。


メイサが後ろを振り向こうとするも、悠の抱きしめる強い力に遮られてそれが叶わない。代わりに、メイサを自分の肩口に埋めて、メイサの頭の上から顔を覗かせた悠が、メイサの背後にいる彼女らを強く粘りつくように睨みつける。後輩男子に睥睨され、彼女らは蛇に睨まれた蛙のようにひいっと悲鳴に近い声を出してあとずさった。


「…先輩方、メイサに何をしたかわかってるんですか。メイサの所持している能力を確認する前に、メイサに言わなければならないことがあるんじゃないですか。それとも、彼女を殺そうとしていたんですか。もしそうだったとして、罪に問われないと思ったら大間違いですよ。下校していた生徒の大半が見ていましたから。先輩方がメイサを五階から突き落とした様子。先輩方は自分らのしたことに目を背けないでください。能力者だから大丈夫だと思った、なんて戯言は許されませんよ。わかってますか。これがどれほど重大なことか。先輩方の罪がどれほど大きいものか。」


悠は彼女らに口を挟む余地を与えないくらいに、滔々と彼女らがしでかした罪の大きさを語る。そうしている間に、悠はメイサを抱きしめる力をより一層強める。


「そ、そんなこと言われても…私たち、知らなかったんだから…。」

「無知ならば無知なりに調べることくらい可能です。罪から逃れようとしないでください。メイサは有名人なんですから、調べたら未来予知の能力しか持ち合わせていないと、情報くらい手に入るでしょう。そもそも、この状況で身を守れる能力者だったとしても、人を五階から突き落とすのは度が過ぎて頭のネジが狂ってると思いますがね。」


ロングヘアの彼女の一言に、悠は正論で追い詰めるように言い返す。彼女らが何も言えずにただただ震えているところへ、悠は追い打ちをかけるように一言言い放った。


「…今後メイサを傷つけたりしたら、無傷ではすまないと思ってください。」


ドスの利いた低音の台詞は、聞くものに絶対的な恐怖を抱かせた。この男を本気にさせたら生きて帰ることさえもが難しいと。いや、恐怖ではなく畏怖と言ってもいいかもしれない。無力な人間と、力のある人間。無能力者が能力者を恐れる根源がそこに潜んでいた。


そして、騒ぎを嗅ぎつけた先生らが走り寄ってくる。現場を見ていた生徒らから情報をもらっていたのか、メイサを突き落とした女子たちに向き合うと、先生に校舎内へ引き連れられていった。メイサの所にも数人の先生が駆け寄ってくる。


「先生、彼女は大変混乱していますので、情報収集は後ほどお願いします。」


悠がはっきりと告げると、先生は悠の胸に顔を埋めるメイサの様子を一瞥し、頷いて離れていった。


「…メイサ、大丈夫? いや、大丈夫なわけないんだけど。」

「…ええ、そうね。でも…混乱はしてるけど実感が伴ってない感じ。助けてもらったから何も被害受けてないし。…でも、とりあえず疲れたかな。あっ、そういえば、真矢はどうなったのかしら!」

「大丈夫だとは思いますが、確認しに行きましょう。」

「ええ。」


悠はたった今命の危機に侵されたメイサにこれ以上無理をさせたくないと心の底で思う反面、こんな状況でさえ他人を思いやれる彼女を愛おしく思いながら、駆けていくメイサの背中を追った。


「真矢!」


メイサが先ほどまで自分がいた五階の教室に到着すると、すぐさま勢いよく扉を開いた。


「め、メイサ⁉︎」


すると、ドアの入り口付近でうずくまり、ひっくひっくと小さく声を出して啜り泣く真矢の姿が飛び込んできた。彼女が無傷で無事な様子を目にし、メイサはほっと息をつく。そして、扉が開き、ビクッと肩をふるわせて勢いよく後ろを振り向いた真矢は、扉を開けた主がメイサだとわかると、大きく目を見開いて固まった。


「わあぁぁん! よかったぁ‼︎」


そしてその数秒後、おろおろと立ち上がり、メイサにガバッと抱きついた真矢は、先ほどとは打って変わり、大声を響かせて咽び泣きながら、何度も良かったと繰り返した。メイサもつられて両目に涙を溜めて口元を綻ばせた。


「…でも、なんで…?」


しばらくして、涙がだんだんとおさまってくると、真矢は疑問を抱き出した。


「悠が助けてくれたの。」


メイサは後ろで親友同士の涙を見守っていた悠を振り返り、愛おしそうに目を細めてそう伝えた。すると、真矢はメイサから離れると、悠の両手を強い力でぎゅっと握る。


「メイサを助けてくれて、本当にありがとう…!」


そう言って再び大粒の涙を落とす真矢。悠は真矢がメイサの事を、それはそれは深く愛してやまないと改めて感慨深くなり、大きな微笑みを耐えながら大きく頷いた。





その後、メイサと悠が中学棟を出ると、


「「メイサ(さん)!」」


と、二つの声が重なりメイサの耳に届いた。聞き馴染みしかない声の主を確信しながら、名前を呼ばれて振り返ると共に、メイサをいたわる言葉が続く。


「お怪我はありませんか⁉︎ すぐに癒しますよ!」

「メイサ! 大丈夫なのか⁉︎」


その声の主は他でもない、光姫と杏哉である。今にも泣き出しそうな光姫と、必死な形相でメイサの肩に手を置く杏哉に、メイサは安心させるようににっこりと笑いかける。


「二人とも心配してくれてありがとう。大丈夫よ。噂が伝わってるってことは、悠に助けられたこともわかってるんでしょ?」

「それは確かに耳にしていますし、悠さんの能力を疑うわけでもないんですが…やはり、確かめないと心配で…。本当に本当に、何ともないんですか?」

「ええ、大丈夫よ。見ての通り、傷ひとつもないわ。」


心配で心配でたまらないといった表情でメイサを心配する光姫に、メイサは彼女を安心させるように両手を広げ、自身の無事を見せつける。


「そうか…本当に良かった。」


杏哉はいつも通りの元気なメイサをこの目で見て、心の底から胸を撫で下ろした。


「悠、本っ当によくやった。ありがとうな。」

「あっ、そうでした。悠さん、メイサさんを守ってくれて、ありがとうございました。」


そしてその様子を温かい瞳で見守っていた悠に二人の視線が向き、同時にお礼を言われる。そして悠はくすぐったそうに柔らかく微笑んだ。

キャラクターたちに愛情が湧きすぎて、せっかく完成したのに後日譚という無謀なものを書き始めた私ですが、終わりがないので、一旦キリの良い(?)ここで終わらせておきます。気が向いたら何年後かに続きを書くかもしれませんが…(多分ないですね)。一応、一件落着ということで。内容に触れますと、平等になった無能力者と能力者ですが、メイサに酷い仕打ちをした彼女らは能力者に畏怖の念を覚えます。少し考えさせるような(私的には)、しかし一応ハッピーエンドのような、そんなふうに捉えて頂ければ幸いです。私はメイサを助ける悠の図が、本編の時から思い浮かんでいたので、それが描けて良かったです。光姫と杏哉の恋模様についても、もっと書きたかったんですが、せっかくキリが良いので、ひとまずここで終わります。これまで『能力者の日常』を読んでくださった皆さん、誠にありがとうございました!!

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