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2熱愛発覚!?【挿絵あり】

翌日、光姫らは去年ぶり、久々に通常登校をした。昨日よりも周囲からの視線を感じ、光姫はコンクリートを見つめながら歩いていた。左隣には杏哉、右隣にはメイサ、その右隣に悠の靴が見える。今日から光姫は、以前一緒に通っていた年下のメイサと悠とは異なり、杏哉と共に高校棟へ通うのだ。陰鬱であることに変わりはないが、新鮮な気分だった。

「あぁ〜、今日もアタシ達は注目の的ね〜。やっぱり私達にはカリスマ性があるのよね〜。」

すると、右隣にいたメイサが明るく大きな声を出してそう言った。その発言には、どこかわざとらしさを感じた。それに対し、

「お前はなんでそうポジティブなんだよ。」

と、お決まりのように杏哉が突っ込む。メイサと杏哉、そして悠はクスクスと笑い出す。光姫も人知れず、釣られて小さく笑い声を漏らした。光姫は中学棟の前でメイサと悠と別れ、杏哉と共に高校棟へ向けて歩き出した。周囲をちらと見回すと、何人もの生徒と目が合う。光姫は四面を見渡したことを後悔して、伏し目になった。すると、自分の両足だけが映っていた視界に、何者かの手が入り込んでくる。光姫は思わずパッと顔をあげ、左隣を並んで歩く杏哉を見上げる。杏哉は光姫と目が合うと、ニッと笑った。

「そんな陰気な顔してると、幸せが逃げていきますよ。」

「…そうですね。」

杏哉が必死に励まそうとしてくれていることは、ありありと伝わってくる。しかし光姫は、なんとか明るい声を出して返事をすることくらいしかできない。光姫はそんな自分により一層落胆して気力を失い、自ら話題を振ることができず、また杏哉もどうしたら光姫を元気づけることができるか考えていて、高校棟に到着するまで終始無言だった。

(せっかく杏哉さんが慰めてくれようとしているのに…私ったら情けないわ…。)

光姫は顎に手を添えて考え込む杏哉をちらと一瞥し、自分の情けなさに呆れて俯いた。再び下を向いてしまう光姫に、こちらもまた自分の不甲斐なさを感じ、杏哉は瞳に影を映す。

(光姫様は当主の娘である前に、俺より年下の、一人の女の子なんだ。俺が彼女を元気づけられなくて誰ができるんだよ。俺がどうにかしないと。どうにか…。)

杏哉はそう自分を叱咤して、より熟考し出した。先ほど、言葉で励ますことには失敗した。むしろ彼女に責任を感じさせてしまった。これ以上、自分に気を遣った言葉をかけられる自信はない。それならば一体何をすれば彼女の心を温めることができるのか。杏哉はう〜ん、と唸って、言葉だけでなく身体で励ますことはできないか、という発想が浮かんだ。しかし思い浮かんだアイディアを実行するほどの勇気はなく、はたまた倫理を失ってはいなかった。効果は期待できる。一刹那かもしれないが、落胆よりも多大な感情が湧き上がることは間違いない。それがプラスな感情かマイナスな感情に転ぶかは実行してみないとわからないが。一か八か、やってみる価値はある。教室で肩を落とし、一人で俯く光姫を想像すると、杏哉の心は決まった。

杏哉が一人、決死の覚悟を決めているうちに、下駄箱近くまでやってきた。光姫は杏哉に気を使わせてしまったことでより気を落としたまま、靴を履き替える。

(はぁ…これから教室へ行くのよね…。)

杏哉がそばにいない状態で、陰口を囁かれる教室でひとりぼっち。想像しただけで気分がどんどん下降していった。さらに昨日の白城さんの軽蔑する顔がフラッシュバックされ、底なし沼にはまってしまったように悲嘆の感情が急降下していく。光姫は鉛のように重い足を引きづり、下駄箱を出たところで杏哉と合流し、ここで別れるという時のことだった。

「っ⁉︎」

杏哉がゆっくりとした仕草で近づいて来たかと思うと、その途端、光姫の身体がふわっと何かに包み込まれた。それが杏哉に抱きしめられている状態であると気づいたのは、寸刻経ってからのことだった。

「きょきょきょ、杏哉さんっ⁉︎」

頰を茜色に染めながら、慌てふためき、光姫は大きな声で彼の名前を口にする。

「嫌なら抵抗してください。」

すると、耳元で囁くように杏哉の掠れた声が聞こえ、光姫は心臓が跳ね上がる。いつもよりも低く、また色気のある声に、光姫は頭をくらくらさせた。しかし、抵抗はしない。いや、むしろ心地がよかった。自分よりも広い肩幅、大きな背中に、程よく筋肉のついた胸板。全てを包み込んでくれるような温かさに、幸福感と安心感が心を占める。光姫は杏哉の平らな胸に顔を埋めた。彼の胸の中で、すぅ、と小さく息を吸い込むと、蕾が咲いた後の、心地良く芳しい花のような香りがした。

「光姫様、大丈夫です。私もメイサも悠も、光姫様の味方ですから。」

杏哉の、柔らかくて優しく、また温かい声が、密着した身体から伝導し、身体中に染み渡っていくようだった。光姫はこくり、と腕の中で徐に首肯する。杏哉は光姫を元気づけるために、光姫に拒絶される可能性も視野に入れて、なお行動に移してくれた。光姫は杏哉の心遣いが身に染みて、目頭が熱くなる。また、配慮の思いだけでなく、その効果は覿面だった。味方が誰一人としていなくなった孤独の戦場から、故郷に帰還して家族で団欒しているような、そんな和やかで温かい気持ちになった。胸の奥でともりが灯ったような。ずっと彼の胸の中にいたい。そんな感情が頭を掠めたところで、背中に回されていた杏哉の腕がスッと離れていった。つい先程まで感じていた体温がなくなり、光姫は急激に心許なくなっていく。光姫が杏哉を見上げると、彼は頰を紅潮させ、口元を右手で覆った。

「光姫様…そんな物欲しそうな顔しないでくださいよ…。」

照れながら言われた絞り出すような発言に、光姫の顔は茹蛸のように真っ赤になる。

「わっ、私…っ、そんな顔してました? すっ、すみませんっ。はしたなくて…っ。」

「いえ…全然かまわない…というか、それに関しては狂喜しそうですが…。そんな顔されると、期待してしまって…。なんていうか…半殺しです。」

杏哉はボソボソと呟くようにそう言う。後半は光姫には意図がよく伝わらなかったが、厭っているわけではなさそうなのでひとまず安堵した。二人はほんのりと後ずさって距離を取り、顔を赤らめて沈黙していた。気がつくと周囲に黒山の人だかりができており、

「えっ、あの二人って付き合ってるの?」

「残りの能力者の男女はカップルだって聞いてたけど…。守光神さん達もなの?」

「正直、能力者って怖いから近づきたくないけど…あんな美男美女のカップリングがあるんだったら推しちゃうかも…。」

「いや、わかりみが深い。」

などと、光姫と杏哉の関係性を噂する声が飛び交う。それを耳にして二人はより一層真っ赤になり、杏哉が慌てふためいて言う。

「えっと、私、そろそろ上行って荷物置いてきます! すぐに降りてきますので!」

「あっ、は、はい! また後ほど! お待ちしております!」

それに対し、光姫もあたふたしながら返事をし、二人は急足でその場を離れた。光姫はその足取りのままクラス替えの一覧表の正面までやってくる。人だかりができていたが、光姫の存在に気づくと、それとなく距離を取る。皮肉なことだが、それ故すぐに一覧表を見ることができた。新しいクラスは一年二組。不幸か幸か、その中に白城さんの名前はなかった。正直、顔を合わせづらいので別々のクラスになったことに安堵する気持ちが強いものの、一方で、このまま彼女と絶交することになってしまうのかと、やるせない気持ちにもなった。光姫は浮かない顔つきで新クラスの教室に入り、出席番号順の席につく。クラスメート達は光姫をちらちらと伺いながら、どことなく避ける。彼らは、今後も光姫をいじめることは決してしないだろう。なぜならば、彼らは能力者を怖がっているので、恐怖の対象を刺激して、自分の身に危険が及ぶことを恐れているからだ。それ故、必要とあれば関係は持つが、自ら光姫と親しくすることは断じてしないだろう。光姫は一瞬心細くなるも、その時、先程起こった杏哉との出来事がフラッシュバックし、それどころではなくなった。光姫は熱った顔を隠すように、机におでこをくっつける。昼日中のお天道様のように温かくて、凍っていた心が溶け、そこにともりが灯ったような感覚。全てを包み込んでくれるような優しさ。心地良い感覚だけを、まず最初に記憶から取り出す。

(とっても温かくて、心地良かった…。……け、けど…っ。)

そう、そんな感覚だけならば、心地良さだけが残り、こんなに羞恥心を抱くことはない。何にこんなにも苦しめられているかというと。実は光姫は、父の照光以外で男性に抱きしめられることなんて初めてだった。自分にはない角張った大きな身体や、がっちりとした筋肉。異性を意識するそれら全てが鮮明に思い出され、光姫は一人身悶えた。

(さっ、さっきのは…私を元気づけるためにしてくれた抱擁なわけで…。それなのに、それで私が杏哉さんを異性として意識するなんて…こんなふしだらな感情は彼に悪いわ…。)

光姫は自身の不純さに罪悪感を覚えるも、意識することをやめることができない。以前から杏哉に、他人とは異なる特別な感情を抱いていることは自覚していた。しかしそれが恋かどうかは未だにわからない。異性に抱きしめられたというかつてない経験のせいで、こんなにも胸が高鳴っている可能性だって十分ある。孤独な光姫を気遣ってすぐに杏哉がやってきてくれるというのに、こんなことでは会わせる顔がない。

挿絵(By みてみん)

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