表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/21

想像し得る中で最悪の未来予知

翌日。メイサは未来予知をシャットダウンし、自然に見えてしまうものも見えない状態にして登校した。いじめの内容を知っておいた方が安全なことに違いはないが、学校に向かう気力さえも失われてしまうかもしれない。カミングアウトした能力者が差別されて不登校、これから増えていきそうな社会問題である。メイサは闇の能力者の代表として、その筆頭にならぬよう、登校拒否になることはなんとしてでも避けたかった。


「…メイサ、大丈夫? 僕も朝礼ギリギリまで隣にいるから。」


いつも通り島光さんに送ってもらい、中学棟の門を潜る二人。メイサが嘆息を吐きながら下駄箱に外靴を入れて上靴に履き替えるのを待ち、そう優しく声をかけた。


「…ありがとう。」


そうお礼を言うメイサの顔は蒼白で、唇はわなわなと震えていた。悠はそんなメイサの右手を包み込むように握って引っ張る。メイサは重い足取りで悠にひかれるようにして教室へを足を運んだ。悠とて無理強いをしたいわけではない。そのせいで精神を病んでしまうのであれば、ずっと家に籠っていてもいいと思う。しかし、メイサが不登校になるのはなんとしてでも避けたいと申し出たので、その手助けをしようとしているのである。そうしていつもより長い時間をかけてメイサの教室へと辿り着き、悠はハッと異変に気づく。


「メイサ…。」


慌ててメイサの視線をそらそうとしたが、時すでに遅し。彼女は両目を見開き、その場に固まっていた。視線の先には、メイサの席が。そこには、昨日に引き続き机の上に花瓶が置かれ、中には萎れたタンポポが刺さっていた。さらにその机一面にびっしりと落書きがされており、その文字は〝出てきけ〟〝死ね〟などの罵詈雑言で埋め尽くされていた。ご丁寧にも椅子にも小細工がされ、水を切れていないびしょびしょの雑巾が乱暴に投げ出されていた。同級生らは、その異様な光景が視界に入らぬよう、脳内から空間ごと存在を消して目を背けているようだった。たった一人を除いて。それはもちろん、


「あっ! …メイサ、おはよう。昨日来なかったから知らないだろうけど、これ昨日からなの。けど昨日よりひどくなってる…。ねぇメイサ、あんたいじめられてたの⁉︎ こんなんになるまで黙ってるなんて…ひどいよ! もっと私を頼ってよ!」


と、甲高い声を教室中に響かせてメイサの腕にしがみつく真矢だった。


「真矢…、ごめん。…離れないでいてくれて、ありがとう。」

「何言ってんの、そんなことするわけないじゃん!」


メイサが弱々しく微笑んでお礼を言うと、真矢は勢いを増して言い返した。そしてくるりと背中を向けると、教室中に向かって大声で叫んだ。


「メイサにこんなことした奴は誰⁉︎ 今すぐ名乗り出なさい!」


未来予知でメイサがいじめの当事者の正体を知っていることを知らない真矢は、教室中に向けて睥睨しながら問いかける。そんなことをしたら真矢に危害が及んでもおかしくないのに、彼女の勇気には感心させられる。しかし、


「真矢! やめて! 真矢にまで被害が及んだら耐えられないもの!」


と、急いで駆け寄ってその口を両手で塞ぐ。


「っ、で、でも! 当事者を暴かないと!」

「ううん、それも必要ないの。黙っててごめんなさい。アタシ、予知で誰が犯人か知ってるの。これまでもいじめを仕掛けられてたのに、一切引っ掛からなかったのはそのせいよ。」


抵抗してメイサの手から逃れた真矢は必死に叫ぶ。それに対し、メイサは真実を語る。すると、より一層真矢の表情は険しくなった。


「何よそれ、なんで私に言ってくれなかったの! 私は何があってもメイサの味方なのに!」

「疑ってたわけじゃないわ! 真矢にまで被害が及ぶんじゃないかって怖かったのよ!」


声を荒らげる真矢に、メイサも負けじと言い返す。


「メイサも真矢先輩もやめてください。二人とも互いを思いすぎただけなんですから。」


悠は急いで二人の間に割って入り、冷静にそう発言する。メイサと真矢は我に返ったように静かになり、二人で顔を見合わせた。


「…ごめん。私を思って話さなかっただけなのに、そんなふうに言って。」

「真矢は謝ることなんて何もないわ。ごめんなさい。」


なんとかいざこざを抑え、ほっと息を吐いた悠は、メイサの机に視線を移す。そして椅子に置かれていた濡れ雑巾が幸いにも机を拭く用の雑巾だったことを確認し、それを使って机の落書きを擦って消し出した。メイサに向けられた、彼女を傷つけるための言葉の数々を、これ以上メイサに見せたくない。あまりに水が多すぎてびしょ濡れなので、ある程度絞った状態にまで能力を行使して水を吸い取ってから用いた。萎れた花には悪いが、花瓶の水も抜き取らせてもらい、ついでに花瓶自体も洗浄しておいた。こういう時、水の能力は便利だ。


「悠…ごめん。ありがとう。」


メイサは駆け寄ってきてその際に拝借した洗剤を悠に手渡した。メイサ自身はタンポポを窓の外から投げ、花瓶を教室の後方にあるロッカーの上に置いた。悠はもらった洗剤を霧吹きし、力いっぱい擦ってなんとか落書きを消した。少々残っているが、気にしなければ目につかない程度にはなった。悠がメイサのいる教室の後方に目を向けると、彼女は真矢に抱きしめられ、腕の中で瞳を涙で滲ませていた。悠が近づくと、


「あ…机拭いてくれたのね。ありがとう。」


と、真矢から離れ、悠の目の前に立って弱々しく微笑んだ。悠はそんなメイサを見て耐えられなくなり、真矢に代わってガバッと力強く抱きしめた。暫時そうしていると、だんだんと肩の上下がおさまってきた。前回人前で抱擁をした時は黄色い悲鳴が上がっていたが、今回は場面も場面なので、むしろ静寂としていた。その代わりに、悠は刺すような多くの視線を背中で感じ、スポットライトを当てられているかのようだった。


「悠…ありがとう。気持ち落ち着いた。あと、やっぱり好き。大好き。」

「それはよかった。うん、僕も愛してる。」


メイサが先ほどの弱々しい笑顔とは異なり、いつも通りとはいかないけれども、力強く笑い返せるようになり、悠は胸を撫で下ろした。


「メイサ…平気なわけないけど、その…大丈夫? 僕…このクラスの一員じゃないし、ずっと一緒にはいられない…。どうしたらいいんだろう。」

「二人でいちゃついてるとこ悪いんだけど、悠くん、それなら心配いらないよ。授業中は私に任せて。メイサをいじめる奴がいたらぶん殴るから!」


悠が困っていると、真矢が横から口を挟み、そう意気込んだ。真矢の自信満々な表情を見て、悠は彼女にならメイサを任せておけると安心し、こくっと首肯した。


「では、あと一分でチャイムが鳴るので、僕は教室に戻ります。真矢先輩、メイサをよろしくお願いします。」


悠が深々と頭を下げ、メイサを心配と愛情を込めて一瞥したのち、名残惜しそうに教室を去っていった。


「ありがとうね、真矢。」

「ううん、いいってことよ。私もメイサの力になりたいんだから。悠くんだけを頼るなんて、私たちの友情はどうしたのよ。」

「ごめん。」

「いいわよ、謝んなくて。」


そうして互いに顔を見合わせ、穏やかに微笑み合った。


そんなこんなで一日がスタートし、今朝のどこを切り取っても過剰な出来事が身に染みたのか、いつものように陰湿ないじめを仕掛けられることはなかった。悠が休み時間の度に教室にやってきて、教室全体をまとわりつくように睨みつけた後、これみよがしに能力を行使してメイサを傷つけたら黙っちゃいないぞ、と牽制していたのも大きいだろう。本当に頼もしい彼氏である。出会った頃とは大違いだ。


しかし、気が緩んでいた放課後、事件は起こった。未来予知が怖くなって自然と予知される悪い出来事さえもシャットダウンしていたメイサ。しかし、それが仇をなした。


終礼になっても真矢、そして数人の女子らが教室へ戻ってこなかった。だがそれ自体は別に珍しいことではなく、七限目と終礼の間でお手洗いへ行く生徒もいる。女子は集団でお手洗いへ行くことが多いし、真矢やその他の彼女らもそうであると担任が決めつけ、終礼を始めたのだが、いつまで経っても帰ってこない。こういうケースは大抵腹痛なので、またしてもそうだと決めつけ、確認しにはいかなかった。ほとんどの場合は何事もなく帰ってくるので、少しくらい怠っても普段ならばそれで許されたが、今回に至ってはそうはいかなかった。


メイサはどことなく悪い予感を覚え、遮断していた未来予知を解いた。すると自ら予知せずとも、自然とすぐさま予知が飛び込んできた。


(…っ‼︎)


その内容は、メイサが想像し得る中で最悪のものだった。

最後まで読んでいただいてありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ