一世一代の渾身の挨拶
「部外者の身で、メイサさんに出過ぎた真似をしてしまいました。大変申し訳ありません。…ですが、僕は間違ったことをしたとは思っておりません。そして、部外者でなければ琉生さんも納得していただけるのではないかと考えました。だから…娘さんを僕にください。僕の一生をかけて、必ずメイサさんを幸せにしてみせます。お願いします。」
琉生の複雑な思いを正確に汲み取り、首を下げているので顔は見えないが、悠は真剣な声色で冷静沈着にそう言葉を紡いだ。無論、メイサの顔は夕陽に照らされたように、これ以上ないほど真っ赤である。事前にメイサから結婚も見据えている、と聞いていたルナは、悠も同じことを考えていたと知り、驚きと呆れを含んだ面持ちをしていた。そして悠のセリフを真っ向に受けた琉生は、阿呆のように口を大きく開き、目を大きく見開いていた。暫時の沈黙が流れ、ゴホン、という咳払いでその沈黙が破られる。
「…君、顔をあげなさい。」
その場に響くような、琉生の落ち着いた低い声が悠の耳に届く。悠は恐る恐る顔をあげる。
「名前はなんという。」
「すみません、自己紹介が遅れました。水氣悠と申します。水属性の家系で、能力の強さとしては平凡でした。けれど、次期当主様に鍛えていただき、今では側近の家系にも見劣りしない能力を持ち備えています。何があってもメイサさんをお守りすると誓います。」
琉生のドスの聞いた声で名前を問われ、悠の方も落ち着き払って澱みなく言葉を紡ぐ。
「水氣くん、君の誠意と覚悟は伝わった。生半可な気持ちでメイサと付き合っているわけではないのだな。」
「もちろんです。僕はメイサさんを心の底から愛しています。一生彼女に添い遂げます。」
琉生は腕と足を組み、威厳を保って確認をとる。悠は即座に首肯した。その返事に、琉生は瞳を瞑って何やら考え込むような仕草をとる。そこへ、追い打ちをかけるように、すぐさまメイサが口を挟んだ。
「パパ! アタシからもお願い! 悠がどうしようもなく好きなの! この気持ちは一生変わらないわ! 未来予知でもずっと一緒だったの! アタシ達の交際を認めて!」
メイサは椅子から立ち上がり、膝をつく悠の隣にしゃがんで並んだ。愛娘の台詞が耳に届いた琉生は、ピクリと体を震わせた。
「…未来予知、だと?」
「ええ。アタシたちは夫婦になって、子供にも恵まれ…、」
「こ、ここ子供…っ⁉︎」
(メイサ、子供って…! ちょっと…‼︎ その話は僕も初めて聞きましたよ、琉生さん!)
体をプルプルさせて異常に反応する琉生に、悠も衝撃ワードに身悶えている内心を叫ぶ。
(そりゃ…中学生でもバレンタインの夜、あんなことになってんだから、大人になったら絶対続きするだろうな、と思ってたけれども…!)
思春期男子には、子供という存在の前に、嫌でもあの行為が思い浮かんでしまう。いや、訂正しよう。別に嫌ではない。むしろ大歓迎、死にたくても死にけれない。
「…そんな…メイサが…メイサが…家を出て……子供が……メイサが母親に……そんな、ばかな…ありえない……メイサは…メイサは…俺の…俺の子供なんだぁああああぁぁぁぁぁ!」
にやつきが抑えられない悠の目の前で、琉生は一人ぶつぶつと呪詛のように呟いていたが、最後には水が溢れ出したダムのように崩壊した。誰もが認めるモンスターペアレント、娘をくださいと言われ、先ほどの落ち着き払った態度を保てたことが奇跡なのである。成人してメイサが母親になる様子を思い浮かべ、琉生は耐えられなくなったようだ。
「水氣悠! お前にメイサは渡さん!」
「そっ、そんな! じゃあ今の流れはなんだったんですか!」
先ほどの真剣な挨拶で『これはいける』と思っていた悠は、メイサと一緒になれないという死刑宣告をされて悲痛な叫びをあげる。
「…アタシのせいかしら? アタシが子供とか言ったから?」
「うん、九割はメイサのせいかもね! てか子供ってワードは僕も衝撃だったから! その話は今度二人の時にお願いな⁉︎ …いや、違うかもな。もしかすると、さっきの流れが蜃気楼だったのかもしれない! 正気に戻っただけか! そりゃそうだよな! モンペがこんな簡単に娘くれるわけないもんな! メイサ、僕どうしたらいいんだよ! 一世一代の渾身の挨拶かまして断られたんだが⁉︎」
先ほど冷静でいるように努めた反動がきたこともあり、少々おかしくなって思ったことをそのまま口からぽんぽんと出す悠。乱暴な言葉遣いをする稀有な様子の悠に、メイサはぽかんとしつつ、普段と異なる一面にときめく。そしてただ一人従容なルナはくすくすと口に手を当てて笑っている。事態はまごうことなき混沌、カオスだ。
「みんな、一旦落ち着きなさいな。」
しばらくその状況を見て愉しんでいたルナは、ひとしきり笑い終えた後、鶴の一声を発した。ルナの冷静な一言はその場に響き渡り、三人、いや二人の悲痛な叫びは収まる。
「まず、琉生さん。確かにまだ早すぎるけれど、いつかは子離れしないといけない日が来るでしょうよ。孫ができるって知ったくらいで喚かないの。」
駄々をこねる子供に諭すように、ルナは淡々と言う。
「…そうかもしれないが…メイサはまだ中学生だぞ…。それに結婚する将来が見えると言っても、未来予知は覆されることだってある…。そうなれば、メイサに多大な悲しみを…。」
「それについては心配いらないかも。自分一人の予知では、それは妄想と大して変わらないけれど。私の予知でも同じ未来が見えているのだから、ほぼ百%、二人は一緒になるでしょう。それなら、早い段階で認めてあげた方が色々と都合がいいわ。」
いつの間に未来予知をしてくれていたのだろうか。光姫に鍛えられたメイサとは違い、ルナはただの弱い能力者だ。遠い未来を覗くのにも疲労したに違いない。メイサと悠はルナに感謝した。
「…。」
ルナの説得に、黙り込む琉生。
「次に、悠くん。」
「はいっ!」
想定外に名前が呼ばれた悠は、思わず背筋をピンと伸ばす。琉生はだんまりを続けたまま、話が振られた悠をじとっと睥睨していた。
「悠くんは、メイサちゃんが欲しいのね?」
「ンン? 言い方に語弊があるような…。」
テンションが治りきっていない悠は意味深なツッコミを入れるが、ルナは無視して続ける。そしておそらく、何気に先ほどのカオスを満喫していたルナもハイテンション継続中で、わざと悠を揶揄うような言葉のチョイスをしている。つまり現状維持――カオスである。
「ふふ、ごめんなさい。ちょっと面白くて。メイサちゃんのこと、大切に思ってくれているようね。ありがとう。あなたのような人に想われて、メイサちゃんは幸せ者ね。」
ルナは謝罪してすぐに穏やかな表情に戻り、メイサに微笑みかけた。メイサは無言でコクっと頷く。その顔は羞恥と歓喜でないまぜになっていた。
「ほらね、メイサちゃんもこんなに幸せそうなんだもの。私は二人のこと応援するわ。」
ルナは悠を前にした時の、恥ずかしくも幸せそうな顔つきになる、メイサの新鮮な表情が微笑ましかった。恋する乙女を通り越して、居心地の良い関係性を築けている証拠だ。
「…水氣悠…。」
「は、はいっ。」
沈黙を続けていた琉生から突然名前を呼ばれ、悠は上擦った声で返事をする。
「…今は、お前のこと見逃してやる。」
「…あ、ありがとう…ございます…?」
琉生に重々しく睨むような目つきでそう言われ、悠は喜んでいいのかどうかわからず、引き攣った笑みを浮かべてお礼を言った。見逃す、というのは表向きに認められたわけではないが、メイサとの交際に口出ししない、というわけだから…。
(一応、喜んでいいんだよな…?)
悠は難しい顔で一人頷いた。
「話が逸れてしまったが…今日ここに来た目的はいじめについての相談だっただろう。水氣悠、お前はメイサを守れるのか。」
すると、琉生は苦虫を噛み潰したような顔で本題に話を切り替えた。
「守ります、必ず。もし彼女に危害を加えようものならば、すぐに飛んで行き、能力を惜しみなく行使して制裁するつもりです。」
悠は決意を強く固め、それを澱みなくキッパリとした口調で意思表明した。
「そうか、そこまで強い決意があるのであれば、ひとまずは安心できる。お前のことは一切信用していないしこれっぽっちも認めたくはないが、メイサの心の拠り所になってくれていることは明らかだ。…どうか、娘をよろしく頼む。」
琉生は明確に悠に拒絶の色を示しながらも、メイサの幸せのために悠に頭を下げた。悠はメイサへの確かな愛情を感じ、感慨深く徐に首肯した。
最後まで読んでいただいてありがとうございます。悠とメイサの二人の子供たちのイメージは、後日譚でなく本編が完結する前から考えてあります。いつか二人のビジュや性格も公開できたらいいな、と思います。




