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メイサの性癖

「悠、お待たせ。何してるの? なんか興味ある本でもあった?」


メイサがお盆を手にして中へ入り、扉を閉めながら尋ねる。すると、悠は不意をつかれたのか、オーバーに体をビクッと振るわせ、後ずさった。


「ごめんっ、勝手に見ちゃって!」

「え? 別にいいわよ。そうだ、せっかくだしアタシのお気に入りの漫画教えるわ。お姉様のお屋敷に持って行ってもよかったのだけれど、余計な荷物になるからあんまり持って行かなかったのよね。あ、これとかお気に入り。まぁ、少女漫画だから悠が気にいるかわかんないけど。ほら。」


人の本棚を勝手に覗き見たことに対して過剰に罪悪感を覚える悠だが、メイサとしては大して気にならないので、彼を安心させるようにおすすめの漫画を手に取った。


主人公と思われる少女が、緑に囲まれ、柔らかな日光が当たる瀟酒なカフェの中から窓の外を覗いているという表紙だった。爽やかな色遣いと少女の頬を染めた表情が、淡く甘酸っぱい青春小説であることを物語っていた…が、タイトルを読んでみると、それは意外なものだった。


「『想い人は十五歳年上の彼』。歳の差恋愛? …にしてもすごい差だね。」

「そうよね。主人公の両親がカフェを営んでるんだけど、主人公が六歳の時に、二十一歳の男性が働きに来るのよ。主人公はそれから男性と家族みたいに過ごすんだけど、次第に惹かれていってね。主人公は今十六歳だから、相手は三十一歳。なかなか笑っちゃうくらいの歳の差よねー。でもね、その男性が格好良いのよ。」


悠はメイサから受け取った漫画のタイトルを読み上げ、彼女があらすじを解説する。悠はふと、漫画のある箇所に付箋が貼ってあるのが目に入り、そのページを開く。そして思わず目を見張り、すぐさまパタンと中身を閉じた。


(メイサ…。なんでキスシーンに付箋つけてんだよ…。)


キスは経験済みだし、なんならこの漫画に描かれていた啄むようなキスより先の味まで知っているが、どうしても、彼女のいけないものを見てしまった罪悪感がまとわりつく。


「ひょ、表紙とか綺麗だよね。イラストも上手だし…。」

「わかる! そうだ、八巻の表紙もお気に入りなの。見てみて。」


悠が誤魔化すように表紙と作画について、頼りない感想を述べると、メイサは想定外にも瞳をキラキラと輝かせた。そして新たに八巻を本棚から抜き取り、悠に手渡す。悠はその巻にも同様に付箋がついていることを確認し、後ろめたさを覚えながらも、開けるなと脅されていたパンドラの箱を開けてしまうような感覚で、そのページをこっそりと開く。そして、そのページのイラストをほとんど見ずに、すぐに勢いよく閉じる。


(え、えっちシーン、だと⁉︎)


それは悠の想定を遥かに越え、有性生殖をする動物の行き着く地まで行き着いていた。一巻でキスをしてしまう漫画で、一巻から八巻にかけて進展がない方がおかしい。


(ぼ、僕だって男子だし…こういうシーンがある漫画とか、っていうか、これ以上の描写がある漫画とか読むけどさ…。少女漫画でもあるのか…。)


悠は自身に言い聞かせるように頭を冷やし、冷静にさせる。彼女の部屋で、彼女の所有物から彼女の性癖を覗き見てしまったという、背徳感が血液に乗って全身をめぐる。瞑想するかのように双眸を瞑っていたが、メイサの声で引き戻される。


「ん? 悠、どうしたの…って、あ! 付箋取り忘れてた! も、もしかして見たっ?」

「そ、それは、その…。」


メイサの非難めいた声を聞いて、悠はたじろぎながら頭を掻く。すると、メイサはうるうると瞳を滲ませ、両手で顔を覆い、ずるずるとその場に崩れ落ちた。


「や、やっぱ見てるじゃないっ。あ〜、悠にアタシがエロいの好きってバレたぁぁ。最悪ぅぅ。ううぅぅ。…ひ、引いた?」

「ひ、引いてなんていないよ。これくらいなんともないって。その、僕だって読むし…。てか、メイサがその、どちらかというと性欲強めなの知ってたし…。」

「最後の付け足しは思っても言わないで!」


すでに勘づいていた、いや、確信していた彼女の性癖を口にすると、メイサは顔を上げて咎めるように睥睨してきた。悠はその場にしゃがみ、メイサと視線を合わせると、目尻を下げて、彼女のゆっくりと頭を撫でた。


「ごめん。」


その申し訳なさそうな表情といつもより低いトーンの声が、勝手に漫画を手渡して騒ぎ立てたメイサをいたたまれない気持ちにした。


「ううん、こっちこそごめん…。…そうだわ、もうバレたんなら、アタシの性癖に付き合って貰おうかしら。」

「…どういう意味?」

「アタシが付箋つけたページって、格好良いとか、アタシも経験したいって憧れた場面なのよ。その再現をしてもらおうと思って…。まずはそうね…一巻にあるこの「アタシの耳元で世界一可愛い」っていうセリフを、できるだけ低い声で言って欲しいの。この漫画、実はアニメ化してるんだけどね、その男性の声がかなり低音ボイスなの。もちろんアタシは悠の声が一番好みだけど、どうせなら低めで喋って欲しくて…。この気持ちわかる? 女子ってね、普段とのギャップに弱いの。普段高い声の声優が低い声出したらきゃーってなるのよ。悠にやってもらえたら、蒸発しちゃうくらいに嬉しいなぁって。この漫画の一場面なんだけどね、憧れてたのよ。」

「ああ、別にいいよ。」


メイサは話題を変えるためにそう頼んだのだが、以前から抱いていた思いが溢れ出し、思いの外熱く語ってしまった。それを聞いた悠は、恥ずかしがってやりたくないと言うかと思いきや、案外簡単に首を縦に振ってくれた。メイサが少々拍子抜けしていると、徐に悠の顔がメイサの顔に近づいて右耳付近で止まり、


「メイサ、世界一可愛いよ。誰よりも愛してる。」


と、メイサの耳元で低音を響かせながら囁いた。途端にメイサは頭から湯気が出そうなくらいにのぼせ、萎れた花のようにへなへなと床に突っ伏した。


「やばい…。超格好良い…! 悠、ほんと好き…っ。」


メイサは悠の格好良さに耐えきれずに身悶え、顔を両手で覆って地面に突っ伏した。


「そ、そんな喜んでくれるとは思わなかった…んじゃ、これから飽きるまで毎日やろっと。」


すると、メイサの想定以上の反応に笑いを堪えるような声色で、悠はメイサにとってこれ以上ないほど快楽でゾクゾクする策略を練る。しばらくは毎夜の楽しみになりそうだ。


「ちょっと、笑わないでよね。こっちは格好良くて苦しんでるんだから…っ。」


しかし、それとこれは別である。人が格好良さに身悶えてるのに、身悶えさせた本人が笑うなんて、これほど非情なことはない。


「ごめんごめん。」


メイサが膨れっ面をすると、それがより笑いのスパイスになったようで、悠は肩を上下させながら言葉だけの謝罪をした。こうなったら同じ体験をして苦しんでもらうほかに制裁の方法がないだろうと、メイサは心を決めて漫画の付箋のページを捲る。そして悠に向けてニヤリと口角を上げる。


「言葉でわからないのなら、身体で教えてあげるわ。」

「は?」


虐待をする親のような台詞に、我ながら意味不明なこと口走ってんな、と羞恥に駆られながらも、ここで止めたらより笑いものにされるだけだ。メイサは自身を奮い立たせるように、一層口角をぐいっとあげると、その勢いを崩さずに悠の腕をぐいっと引っ張り、ベッドの上でメイサに覆いかぶさるように倒れさせた。


「は? え?」

「悠はアタシがどれだけドキドキしてるかわかんないんでしょ。なら、アタシも悠がドキドキするような漫画のシーン再現するって言ってるの。思う存分楽しませてやるわ。」


顔を赤らめて困惑する悠に、メイサは悠の首に腕を回して唇を舐めた。悠はその艶かしい仕草と視線に早くもくらっとするも、正気を取り戻す。


「こっ、これは流石に…っ。下にメイサのお母さんもいるんだよ⁉︎」

「やあねぇ。ママは別に咎めたりしないわ。むしろ茶化してくるタイプ。てかこんなんで怖気付いてたら、この漫画読めないわよ?」

「いや、読むのと再現するのでは天と地の差だし、この描写があるのは絶対物語の終盤の方…って、ちょっとメイサ⁉︎」


メイサの行き過ぎた行動にまったをかける悠は、非難の途中で声を荒らげた。メイサは口角をあげたまま、悠の背中に両腕を回してグイッと引き寄せる。悠は背筋がぞくっとし、メイサの勝手を許してしまう。メイサは物理的に止められないのをいいことに、そのまま悠に身体を完全にくっつけた。悠は双丘の膨らみを感じ取り、危うい声が出そうになるのをすんでのところでこらえる。メイサは横に顔をそむけた悠の頬に両手をあてて、正面を向けさせる。下着姿で抱き合ったことすらある二人だが、あの時とは違い、夜のとばりは下りていないし、なにより一階にはメイサの肉親がいる。こんな光景を見られたらどうなることかわかったものではない。


「メイサ、そ、そろそ…んっ。」


しかし、悠の弱弱しい声は、口をふさがれたことにより強制的に止められる。メイサは己の唇を悠の唇につけて、言葉を発していたせいで口が開いていたことをいいことに、口の中へ侵入する。メイサは奥手な悠の舌を絡めとり、口内の逢瀬を楽しむ。悠も次第に理性を失い、侵入を受け入れて応じてくれた。情熱的な接吻を繰り広げていると、無意識的に悠の右手がメイサの腰へ引き寄せられる。その時だった。


ガチャ


と、ドアの開閉の音が聞こえたかと思うと、外開きの扉が開いて何者かが姿を現す。それはもちろん、下にいたメイサの母親以外ありえないはずだったが…。


「なっ、何してるんだお前! 早くメイサからどくんだ、この変態!」


耳に届いてきたのはドスの利いた低い男性の声だった。悠は何者かにかかわらず、第三者の侵入に慌ててメイサから飛びのこうとする。しかし首に回されたメイサの腕のせいでそれが止められ、メイサが上半身をのっそりと起こすのと同時に起き上がることができた。


悠はそこでやっと、声の主の顔をうかがうことができた。そして、悠の顔がさっと青ざめる。彼は人間が作り出せる怒の表情を最大限に表し、その怒髪天を衝いた顔を茹蛸のように真っ赤にしていた。頭からは今にも湯気が出てきそうである。メイサの腕は依然として悠の首に回されたままで、身体が起き上がるにつれ、背丈の差でその姿勢が厳しくなったメイサは、だんだんと両腕を下降させていった。そして、最終的に悠のおなかで止まる。


「パパ、おかえり。早かったのね。」


悠が声を発せずに、その怒髪衝天の顔を冷や汗をかきながら見つめていると、隣でメイサが何気なくそう口にした。メイサにはあの怒りに満ちた顔が見えていないというのか。悠から身体を離すのが得策だと、誰から見ても明白だというのに、メイサは腕を離すどころか、より密着するように悠に身体をくっつけた。その様子を見て、メイサの父親は、これ以上ないほど目を吊り上げる。

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