メイサの両親へのLINE
部屋から出ていく悠に手を振った後、メイサはポケットからスマホを取り出してLINEのアプリを起動する。屋敷に移ってからしばらくは両親と連絡をとっていたが、最近はあまり両親とLINEをしなくなり、気がつけば両親各々とのLINE、そして家族とのグループLINEはスクロールしなくてはならないくらい下になっていた。メイサは久々に家族のグループLINEを押して、メッセージを送る。
『ママ、パパ、久しぶり。急なんだけど、明日、家に帰ってもいい? 学校休むことになるんだけど、どうしても話したいことがあって…。』
メイサが送信ボタンを押した途端、既読が一つ表示される。誰のものかは明白である。
『メイサ! 久しぶりだな。メイサからLINEしてくれるのを心待ちにしてたんだ。嬉しいな。もちろんパパは構わないが…学校を休んでまで家に帰ってくるなんて…。そんなにパパが恋しくなったか? いつでも甘えに帰ってきなさい。』
父親からのメッセージに、毎度のことながらメイサの顔が引き攣る。そのメッセージから滲み出る通り、彼は重度の子煩悩である。これは将来、悠を紹介する時に地獄を見そうだな、と天井を仰ぐ。そこでふと、その機会というのは今回であっても良いのではないか、と頭にピカッと電球が光る。そこで既読がもう一つつき、
『メイサちゃん〜。明日、帰ってくるんですって? ママも大歓迎よ〜。メイサちゃんが学校休んでまで帰ってくるなんて、何か重大な事があるに決まってるしね。なんでも話してちょうだい。ママとパパは、いつでもメイサちゃんの味方よ。』
と、母親からの返信が来た。メイサはその文章から、母親の包み込むような柔らかな笑顔が想起される。自然と笑みが浮かんだ。父親の時と大違いで思わず自身でクスッと笑ってしまった。
(そうだわ。)
メイサは母親の文章を二度見して微笑みを浮かべてから、グループラインを閉じ、母親との個人ラインを開く。そして文字を打ち込んだ。
『ママ、あのさ、アタシ、彼氏できたって前に話したでしょ。』
そう前置きすると、母親からすぐに返信が来た。
『ええ、教えてくれたわね。メイサちゃんたちってテレビとか新聞とかにも載ってて有名だし、メイサちゃんの彼氏君の顔も見たけれど、可愛さと格好良さを兼ね備えた人よねぇ。見た目は可愛いけれど、全国民の前で水文字を出したりして、中身は勇敢でかっこいいもの。ママもいつか会いたいわ。』
勇敢で格好良い、という台詞に、メイサははて、と首を傾げ、くすりと笑いをこぼす。そばで見ている限り、はっきり言って勇敢さはあまり感じられない。が、確かに悠は愚痴を言いながらもやることはしっかりとこなすし、いつもメイサを守るように動いてくれる。それに初めて出会った頃に比べれば、悠は明確に勇気がついたと断言できる。
『それなんだけど…明日、悠も連れて行っていいかしら。まだ本人に許可はとっていないのだけれど。アタシがお願いすれば、絶対について来てくれるわ。』
『まぁ! ママは喜んで迎え入れるわ。というか、それが真の目的ではなくて(笑)?』
母親の返信に、メイサはかあっと顔が熱くなる。
『もう、違うわよ! 深刻な事情があるの。悠はいつもアタシを助けてくれているのよ。』
『そうなのね。何があったか知らないけれど、とってもいい彼氏さんね。メイサちゃんって甘えん坊さんだし、お引越ししてママとパパがいない状況で大丈夫なのかしら、って心配していたのよ。けど、そう。悠君がメイサちゃんを守ってくれたのね。』
母親の温かい台詞に、メイサは再び自然と笑みが浮かんだ。
『ええ。けど、ひとつ問題が…。』
『パパのことね?』
メイサが懸念点を言う前に、母親がズバリ言い当てた。苦笑する母親の姿が目に浮かぶ。
『そう。パパって、ぶっちゃけ気持ち悪いくらいアタシのこと大好きじゃない? 悠と合わせたら最後…悠が生きて帰れるかわからないわ。ていうか、そもそもアタシ、怖くてパパには彼氏できたって言えてないのよね…。でも、いつかはママだけじゃなくてパパにも悠のこと認めてもらわないと。』
『ふふ。いくらなんでもそんなことにはならないでしょ。パパだって、ちゃんと悠くんの人となりを理解すれば、メイサちゃんの愛しい人だって認めてくれるわ。ていうか…〝いつかは〟って…。なあに、メイサちゃん、悠くんと結婚でもする気なの(笑)?』
母親のからの返信を読んで、メイサは呆気に取られた。メイサとしては悠と一生生きていく心持ちでいたが、母親にはまだその決心を伝えていなかった。確かに、普通は中学生で両親に彼氏を紹介するなんて稀有なことだろう。母親が苦笑するのもわかる。
『伝えていなかったけれど…アタシ、悠とずっと一緒にいるつもりよ。未来予知でもそうだったわ。』
決意は固いとはいえど、メイサは緊張して指先を震わせながら文字を打つ。大きく息を吐いてから、数秒の沈黙の後、母親からの返信が返ってくる。
『まぁ、そう…。未来予知でもそうだったのなら、真実になるかもしれないわね…。でも、未来を見てしまったからには、未来は望まなくても変動してしまうおそれもあるわよ。』
『わかってる。けど、アタシの気持ちが揺るがないわ。』
常ににこやかに振る舞っているように見えて、実はどしっと構えて動じない母親が、娘の言葉に困惑している様子が文面からもありありと伝わってくる。それも当たり前だろう。まだ中学三年生の娘が、四ヶ月前に付き合ったばかりの一つ年下の彼氏と結婚を考えているだなんて、ただの戯言だとしか考えられない。だけどメイサとしては本気も本気なのだ。『結婚に関しては…年齢も相まって、まだなんともいえないわ。けどメイサちゃんが心から彼を愛していることは伝わった。そんな人と出会えて、メイサちゃんは幸運ね。』
続く母親のメッセージに、メイサはぽかぽかと心が温まっていくようだった。
『うん。明日悠を連れていくわ。きっとママも気に入るわよ。』
『ええ。楽しみにしてるわね。』
ガチャ
「メイサ、ただいまー。二人はメイサがいじめられてることを知らないから、なんで学校がある日に、って驚いてたよ。けど両親から急ぎの用事で呼ばれた、って誤魔化しておいたから、口裏合わせよろしく。メイサの両親達にもそう言っておいてね。」
メイサが母親とのやりとりを終えたちょうどその時、悠が扉の開閉の音をさせて自室へ帰ってきた。メイサはベッドから立ち上がり、悠の前で両手を合わせる。
「ねぇ悠、お願いがあるんだけど。」
「え? 急に何?」
「明日、悠も一緒にアタシの家に来てよ。」
メイサがそう言った途端、悠は思考が停止したようにその場に硬直した。
「へっ?」
「だから、一緒に来て欲しいの。ねぇ、お願い。」
呆けた顔で素っ頓狂な声を出す悠に、メイサは駄々をこねるように再びお願いする。
「えええっ、僕もついて行っていいの⁉︎ っいやいや、せっかく家族水入らずなんだから部外者は…。」
勿論、久しぶりにメイサが両親と再会するにあたり、他人の悠が邪魔するのは悪いという感情は大いにあった。しかしそれと同等に、メイサの家族に会うなんて大それたことをする勇気なぞ、悠は持ち合わせていなかった。まるで結婚の挨拶のようではないか。
「悠は部外者じゃないわ。両親にとって、未来の息子よ。」
まるで思考を見透かされたかのようなメイサのセリフに、悠はバッとのけぞる。
「やっ⁉︎」
悠が全力で遠慮すると、メイサは幼児のようにイヤイヤ、と首を振って、ど真面目な面持ちでそう断言する。それに対し、悠は顔を真っ赤にさせて後ずさる。
「だから、ねっ。お願いっ!」
メイサが上目遣いで悠を覗き込むと、効果は分かりやすいほど覿面で、悠はぐっと悶えた。
「…わかった、行くよ。…でも、本当に迷惑じゃない?」
「お母さんには了承を得たわ。お父さんは…ちょっと覚悟して行ったほうがいいかも。」
「ねぇ何それどういうこと⁉︎ 怖すぎるんだが⁉︎」




