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一日限りの現実逃避

その後も、メイサへの予知いじめは途絶えることなく続いた。実際にいじめられていないのは幸か不幸か。メイサはリアルにいじめられないことに慣れ、叫んで塞ぎたくなるような落ち込んだ気持ちが、平常運転になってきた。しかし、ふとしたことで鬱屈とした感情に被せていた蓋が外れ、無性に消え入りたくなる。そんな不安定な日々が続いていた。

「メイサ、大丈夫。僕がついてる。」

そして現在もその期間であった。初めていじめられる未来が見えた日から、約一週間が過ぎていた。いや、今日は少し違う。なんと、いじめが目に見える形で現実化してしまったのだ。メイサは夕食後、自室へ戻るために屋敷の廊下を歩いていた。そして何気なく屋敷の窓から覗いた景色で、カラスにやられたのか、瞳を閉じた小さな雀が死んでいた。メイサはその姿を瞳にとらえた途端、猛烈な寒気と体の震えを覚え、その場にうずくまった。頭の中では、今見たものに関連したのか、明日登校して、メイサの机の上に花瓶が置かれている様子が予知されていた。花瓶には萎れたタンポポが刺さっていた。しかし防ぎようのないいじめは初めてだ。これまでに数々のいじめを受ける未来を予知し、防いでいたが、今後は誰の目から見ても明らかな〝いじめ〟が始まるのだ。メイサはその場でへたり込んだまま、体に力が入らず、立ち上がれなくなった。両手を交差して自身を守るように掴み、荒い呼吸とぶるぶる震える身体をなんとか抑えようとする。そこへ、

「メイサ⁉︎」

と、背後から慌て裏返った声が響いてきた。メイサはその声を耳にしただけで少しばかり安心し、徐々に身震いがおさまってきた。悠はそんなメイサの元へ素早く駆け寄り、正面からメイサを強く優しく抱きしめた。

「メイサ、大丈夫? 立てる? とりあえず僕の部屋へ行こう。」

悠はメイサがこくっと首を縦に振るのを見ると、メイサの脇に腕を回し、体を浮かせて抱きしめた。そのまま悠に抱っこされる形で、メイサは悠の部屋へと連れていかれる。悠は部屋に着くと、メイサをゆっくりベッドに座らせた。悠もメイサの隣へ腰掛ける。

「メイサ、大丈夫?」

悠はそう言いながらメイサの肩を抱き寄せる。メイサは悠の部屋で悠に抱きしめられ、愛おしい彼の匂いと体温に、心の底から安心して和らいでいくのがわかった。メイサは自然と双眸をつぶり、リラックスして悠に身体を預ける。

「メイサっ?」

すると、悠の慌てふためいた声が飛んでくる。メイサは先ほどより明らかに気持ちが落ち着いていたので、何事かと悠の顔を見るために顔を上げると、視界がぼやけていることに気づいた。メイサが右の目に指を持っていくと、指先に水滴がついた。覚えず、涙を流していたようだ。メイサは蒼白になる悠に向かって首を横に振ると、ようやく口を開いた。

「ううん…なんでもないの。悠に抱きしめられて安心したら涙が出てきただけよ。」

「そう、よかった…。でも、その前に何かあったよね。どうかしたの? またいつもみたいに、予知を思い出して悲しくなった?」

「違うの…。明日を予知したの。…ついに目に見える形でいじめが始まるわ。」

「どういうこと⁉︎」

意気阻喪した様子のメイサの両肩を掴み、悠が双眸を見開く。メイサは先ほどの予知を悠に説明した。すると、悠は自らのことのように顔色を悪くし、唇を噛んだ。

「許せない…。もういじめが発覚するんだし、明日、いじめている人たちを懲らしめてもいいかな。」

いつもより声を低くし、ドスの利いた声で悠がぼやく。

「…それはやめて。そんなすぐに実行にうつしちゃったら、むしろこっちに非があるように見えるわ。」

「それくらいわかってる…。けど、このままだとメイサが壊れちゃいそうで、怖い。」

メイサが俯いた顔を上げると、悠が両目に涙を溜めていた。

「悠…。」

自分はそんなに弱くない、と一蹴できたらどんなに良いだろう。しかし、現状ではいじめが具現化していない状態でも弱りきっていて、とてもではないが、悪化した後、自分が耐えられているかどうかわからない。

「ごめんなさい、アタシ、弱くて…。」

「メイサは何一つ悪くない。簡単に謝らないでよ。」

悠は睨むように言葉を強めると、メイサをぐっと抱き寄せた。

「メイサ、明日は学校行くのやめない?」

「え?」

しばらくメイサは、痛いくらいに力強く悠に抱きしめられていた。そして静寂の後、悠がぼそっと発した言葉に、メイサは耳を疑う。

「そんなの…一日限りの現実逃避よ。意味がないわ。耐えられるようにならないと…。」

「一日くらい逃げてもいいじゃないか。そうだな…メイサの家族に会いに行くのはどう?」

「えっ? アタシの両親に?」

予想だにしていなかった悠の台詞に、メイサは素っ頓狂な声を出してしまう。確かに長らく両親の顔を見ておらず、しかも近頃光姫の両親が帰還し、仲睦まじい親子の姿を眺め、ほんのりホームシックにはなっているのは確かだが…。

「メイサ、照光様や陽子様がおかえりになられてから、光姫様と彼女の両親の様子を見て、羨ましそうに眺めてるよね。」

「え、うそ、それほんと?」

彼氏であり対等な関係ではあるが、悠はメイサより年下なのだ。そんな彼にホームシックになっていることを見透かされ、メイサは恥じらいを覚えた。

「まぁね。だからさ、会いに行ったらどう? メイサ、前に言ってたよね。お母さんは専業主婦でずっと家にいて、お父さんは在宅ワークで基本家にいるって。わざわざ学校がある日に行くことないけど、初日くらい逃げてもいいんじゃない?」

悠はそう言って意地悪そうな笑みを浮かべた。

「そうね…。」

「うん。単純かもしれないけど、きっとお母さんとお父さんの顔を見たら元気になるよ。」

前向きになったメイサに、悠が後押しするように両手を肩ほどにあげて握り、微笑む。

「わかったわ。明日は学校休んで実家に戻ってみる。そうと決まれば、すぐにママたちにLINEするわ。お姉様や杏哉にも言わなきゃね。」

「了解。んじゃ、僕はその間に光姫様と杏哉に話してくるよ。」

「ありがと。」

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