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悠と真矢の対面

「ほら、悠。こちら橘真矢。」

「おっ、お初にお目にかかります。水氣悠です。えっと、メイサの彼氏です。いつもメイサと仲良くしてもらって本当にありがとうございます。よろしくお願いします。」

悠はあまり初対面の人と話すのに慣れていないので、あたふたとつっかえながら言葉を紡ぐ。一方真矢も真矢で、悠が推しであることに変わりはなかったようで、両手を口元に当てて、顔を夕焼け空のように染めている。

「あっ、はい! 初めましてっ、橘真矢です。こちらこそ、いつもメイサにはお世話になっていて…っ。あの、実は私、悠くんのいちファンでおりまして…。あ、ファンクラブにも入ってるんですっ。あっ、そ、そうなんですよ、実はファンクラブってまだ存続してるんです。能力者ってわかって避けてる人も多いですが、陰ではまだ推してる人も多いんですよ。あの、つまり…写真一緒に撮ってもらっていいですか⁉︎」

「えっ…はぁ、いいですけど…。」

オタク特有の早口になり、真矢は茹蛸のような顔でさっとスマホを取り出した。悠はそんな真矢に若干辟易するも、唇を引き攣らせながら微笑む。そして真矢に手招きされ、悠は真矢の右隣に立ってカメラに向かって笑顔を作る。すると、スマホに写った悠の微笑みに、真矢がはぁっ、と艶かしい声を出して圧倒され、とてもシャッターボタンが押せる状態にない。メイサは見ていられなくなり、自撮りしようとする真矢からスマホを取り上げる。そしてメイサが撮ると主張し、二人にカメラを向ける。真矢は頬が朱色に染まった状態で、にやけた口元を抑えきれずにピースをし、悠はそんな真矢に口元を引き攣らせながら同様にピースサインをした。

(…なんか複雑ね。自分の彼氏が他の女子と写真撮るの…。)

「ありがとう、メイサ。」

真矢は悠とのツーショットを、熱を帯びた恍惚とした瞳で眺める。

「あんま熱っぽい目で見ないでよ。アタシの悠なんだからね。」

メイサはそんな真矢の表情にムッとして、悠を抱き寄せながら頬を膨らませた。胸の内で不満がもくもくと雲のように膨張していく…なるほど、これがジェラシーという感情か。

「わかってるよ。悠くんがメイサしか見てないってのは、二人の様子見てれば分かるから。二人の間に入っていける人はいないよ。」

真矢は諦観したような、生暖かい眼差しをメイサに向けた。メイサは少々気まずくなり、コホンとわざとらしい咳払いをした。

「えーっと、あ。ねぇ、もしよかったら悠も一緒に食べない?」

メイサは話題を変えようと内容を考え、思いついた案を提案する。絞り出した案だったが、我ながら名案だ。もうしばらく悠と一緒にいたい、離れたくない。

「いいの? ぜひ一緒に食べたい。」

「やった、嬉しいわ。でも、悠もクラスに友達できたんでしょ。お弁当一緒に食べないの?」

一瞬の迷いも見せずに喜色を浮かべて即答する悠に、メイサは懸念していた点を尋ねる。

「まだそんな仲良くはないよ。だから大丈夫。ていうか、真矢さんもよろしいですか?」

悠が二人の様子を見守っていた真矢に視線を向けると、急に目線を合わせられ、真矢はうっと唸る。が、すぐに表情を戻す―いや、ニヤつきを隠せないまま、勿論、と首肯した。

「それじゃあ、お弁当持って来ますね。」

悠はそう言うとすぐさま一階下へと駆けて行った。悠を見送って悠の為に他の人の椅子を調達してメイサの机の横に移動しておいた。

「ていうか真矢、あれほどまで悠のファンだったとは。」

「まぁね。これから悠くんとお昼食べれるの楽しみで仕方ない。」

「…よかったわね。」

「てかメイサもメイサじゃない。あんな観衆の前で抱きついてさ。」

真矢はニヤニヤしながらそう言う。先ほどの突飛な行動には所以があるのだが、話して彼女に余計な心配をかけたくない。それに、冷静になって思い返してみると少々恥ずかしい。

「…う…いや…その…。」

メイサは行動の根幹の理由を述べることができず、また、恥ずかしさも相まって言葉を紡ぐことができない。するとそこへ、悠が教室に戻ってくる。そしてお弁当をメイサの机の上に置いた。三人で一つの机に向き合うと、机のスペースも距離もとても狭い。だが、そんなこと一切気にならないくらい、メイサはまるで悠が同じ年齢のように学校生活を送れることがワクワクして仕方なかった。

「ごめんなさい、僕のせいでぎゅうぎゅうになっちゃって。」

真矢がいるので、悠は敬語で話す。メイサは久々に聞く悠の敬語に、懐かしさを覚えた。

「全然大丈夫だよ、悠くん。むしろ嬉しい。」

真矢はにっこりと微笑む。いや、訂正する。ニヤニヤが隠し通せていない。

「メイサと悠くんって、いつもあんなことしてるの?」

各々がお弁当を食べ始め、しばらくしてごくんと口の中のものを飲み込んでから、真矢が問うた。メイサと悠は、漫画の定番のように口から食べ物を吹き出しそうになる。二人は赤面しながら急いで口の中のものを飲み込む。

「あ、あんなことってなによ。」

「わかってるくせに。いや、人前で熱い抱擁するくらいだから、人の目がない環境ではもっと過激なのか。ぶっちゃけどこまで進んでるの?」

真矢は包み隠さずメイサに尋ねる。メイサと悠は互いに顔を見合わせ、バレンタインの熱い夜の出来事を思い出して、茹蛸のように真っ赤になり、そっぽを向く。

「…べ、別に、人に言えないような段階にまでは言ってないわ。」

下着姿で抱き合ったとはいえ、身体的に交わっていないのは事実。それにあの一度きりだ。新学期も始まり、各々の環境が変化したことであまり猶予がなくなり、恋愛に重きを置けなくなっていた為だ。メイサは言葉を詰まらせながら、頰を紅潮させてそう返答する。

「ほんと? ね、じゃあさ、キスはした?」

「キス? えぇ、したわよ。」

恋人になって数ヶ月経ったならば、キスくらいありふれたことだろうと思い、メイサは真矢の質問の意図をつかめず首肯する。すると、真矢は飛び上がりそうな勢いで目を見開いて口を大きく開け、口元を両手で覆った。

「え、え、なにその当たり前みたいな返事。そんな日常茶飯事でしてるの?」

「まぁ雰囲気になったら…。」

「ちょっとメイサ! そんなほいほいキスするやつみたいに言わないでくれる⁉︎ 別に、言って一桁くらいしかしてないよ。」

メイサが首を傾げながら何がそんなに気に掛かっているのだろうと思いつつ返答すると、会話に悠が入り込んで来た。

「一桁って…九回まで一桁だけど、実際は何回なのよ。いや、確実に一桁後半だわね。てか付き合い始めたの十二月だよね? まだ四ヶ月くらいしか経ってないよ? その間に一桁って言えるくらいには多いって…。メイサと悠くん、大丈夫? 近いうちに燃え尽きちゃわない?」

果たして四ヶ月以内に九回は多いのだろうか。いや、ここは回数ではない気がする。付き合ってたったの四ヶ月しか経っていないのに、もう慣れているのか、という意味か。とは言えども、メイサと悠は普通のカップルと決定的に異なる点が一つある。それは、帰る場所が同じ、すなわち同居していると言うこと。触れ合う時間が多い分、段階が進むのも早いのは仕方ないことではなかろうか。それくらい、お互いを愛しているのだから。

「燃え尽きるって…ひどいわね。真矢、前に言ったでしょ。悠と無窮にそばにいる確率が、未来予知で確かめた限り九十パーセントだったってこと。事故とか何らかのアクシデントがない限り、アタシたちは未来永劫一緒なのよ。」

「え、何それ初耳なんだけど!」

すると、真矢ではなく悠が反応し、端で掴んでいたブロッコリーをお弁当箱の中にポロリとこぼしてしまう。

「言ってなかったっけ?」

「言ってない! でも…そうかぁ。いくつもの並行世界を見て、九割の割合でメイサと一緒にいられるんだね。…ていうかメイサ、いつの間に分岐点なんて見れるようになったの?」

悠が口元のにやけを隠しきれず、恍惚とした表情で語る。そして、メイサの能力がいつの間にか未来を見るだけでなく、ある地点からの分岐したパラレルワールドまで、幾つも見えるようになっていた事実に瞠目する。

「アタシだって進歩したのよ。毎日訓練してるからね。なんたって未来予知しか能力がないんだもの。これを鍛える以外に何があるって言うのよ。」

メイサは自虐気味にそう言うが、並行世界が読み取れるようになったのは大きな、いや、大きすぎる…多大な進歩だ。メイサはある条件を設定すれば、その未来を見ることができるのだから。例を挙げると、九割の確率で実現する将来、メイサと悠に子供ができたとする。その子供の名前を決めかねた時、彼か彼女に、つけられた名前は気に入っているかどうかなどを尋ねることができるのだ。現在、悠の脳内はメイサとの幸福すぎる薔薇色の未来で埋め尽くされている故、そのような例えが浮かんだが、別に子どもの名付けに限らない。何かを仮定し、幾つもの可能性と共に、その結果を覗き見ることが可能なのだ。

「いや、謙遜しなくても、滅茶苦茶すごいよ! メイサ、今後無敵じゃん!」

瞳を爛々と輝かせて褒め称える悠に、メイサは頬をかいて照れる。確かに無敵といえば無敵だが、無能と思えば無能だ。なぜなら、未来予知は今の状態が続いていることが前提で成り立っているからだ。もしメイサが今この瞬間、悠への想いが一切合切なくなったとする。その場合、未来は当然変動する。これは大袈裟な例かもしれないし実際そんな未来は見えないが、些細なきっかけで、未来は大きく変化する。それらを全て含めた上での未来は存在せず、未来を知ってしまったことで、未来は変わってしまうのだ。メイサの場合も、このまま時が進めば悠と未来永劫隣で歩んでいくことがわかり、歓喜した。このように、知ってしまったからには感情が伴う。それが良い方向に向くか悪い方向に向くかは、その時の気分や条件によっても変動する。それゆえ、未来は視ないに越したことはない。しかし、視なければ未来がわからない。そんな矛盾が生じる。それらからも導き出される結論は、未来はやはり有為転変であり変幻自在で、蜃気楼のように脆いということだ。

「言ってみればそうね。まぁ…遠い未来だと頻繁に予知がバグるし、至らないところとかはまだまだ多いけど。でも、あんまり未来を知っちゃってもつまんないから、日常的には見ないようにしてるわ。…まぁ、意図せずとも悪い予感とかは降ってきちゃうけどね。」

メイサは自嘲気味に最後にそう付け足し、彼女が現在のいじめ察知を気にしていることがありありと伝わってくる。

「メイサ…。」

悠が眉を下げ、どことなく重々しい空気が漂う。するとそこへ、一人だけ会話に入れない真矢が声を上げた。

「…え。何…? テンション上がったと思えば下がって…。私、能力のこととか全然わかんないんだから、二人だけわかる会話で盛り上がらないでよね。」

真矢はわざとらしく頰を膨らませ、そっぽを向く。彼女がわざとその場の雰囲気を明るくしようと努めていることは明白だった。メイサと悠は真矢を放ったらかしにしていたことに気づき、三人は他愛もない談笑をしながら、お弁当を食べ終えた。そこで、メイサと悠は耳を疑うような噂を耳にした。

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