表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/21

1いつでも光姫様のおそばに

南海トラフ地震を利用して、能力者は名目的に無能力者と対等な関係を結んだ。しかし、いつの時代でもそうであったように、差別は残り続ける。差別、いや、それは無能力者から能力者への恐怖心に他ならない。恐怖心を拭いきるまでにどれほどの時間が費やされるだろうか。そもそも和解なんて永遠に不可能なのかもしれない。

(白城さん…。)

学校が修復され、久々に登校したその夜のこと。光姫は杏哉、メイサ、悠からの揺るぎない愛を実感し、白城さんに拒絶されたにもかかわらず、満たされた気持ちで下校した。しかし寝床について今日一日を思い出した時、光姫は再び白城さんの言動を脳裏に映し出していた。杏哉、メイサ、悠と比較すると雲泥の差だが、白城さんは日常的に会話する唯一の光姫の友人であった。能力者だと正体がバレる前の光姫は、校内で最も名の知れた生徒で人望も厚く、それ故に辟易して周囲の人間は光姫と慣れ合うことがなかった。その中で、成績面で光姫と互角に争う実力を持つ白城さんは、その自信ゆえに光姫と親しくすることができたのだった。完全に心を開き切ることはできなかったが、側近三人を除けば、光姫を最も理解しているのは彼女だと思っていた。だからこそ、他ならぬ彼女に拒絶されたのは思いの外堪えたのだ。気がつけば、双眸が熱を持っていた。涙をこぼさぬまいとぐっと堪えていたその時、コンコン、と力強くドアをノックする音が聞こえた。その小気味の良い音からはどこか鬼気迫るものを感じ、光姫は慌てて肩を震わせながら体勢を起こした。

(メイサさんかしら…?)

メイサとは時折、就寝前にやってきて他愛もないお喋りしたり、共寝をしたりする。丁度良い、今日起こった出来事をメイサに話し、この悲嘆の涙を共有させてもらおう。そうすれば、多少は気も和らぐはずだ。光姫はメイサだと確信し、ドアの向こうへ一声かけた。

「どうぞ。」

光姫の声がかかるや否や、ドアが勢いよく開き、ノックした人物が光姫の元へ駆け寄ってきた。光姫は現れたその人物に瞠目する。また同時に、その予想外の相手の到来に、メイサでは気にならなかった髪の乱れが気になり出し、さりげなく頭を触る。

「杏哉、さん…? 一体、どうなさったんですか?」

「光姫様、大丈夫ですか⁉︎ 今日、一体何があったんですか⁉︎」

杏哉が張り詰めた表情でそう問うてきて、光姫は思わずたじろいでしまう。

「先ほど、メイサから聞いたんです。悪い未来の雰囲気を感じ取ったと思って見てみたら、それが寸刻後に光姫様が涙を流している姿であると分かったんです。それを聞いてすっ飛んできました。一体どうなさったのですか?」

杏哉の言葉を聞いて、光姫は納得した。杏哉は光姫のことを心配して、すぐさま駆けつけてくれたのだ。光姫の心がじんわりと温まるのを感じた。光姫は乾き始めていた涙を拭いながら、杏哉に今日学校で起こった出来事を話し出した。

「…許せませんね、その白城とかいう人。」

光姫の話を聞き終えるなり、杏哉は人を殺すような顔つきで、聞く人を慄かせる低い声を出してぼそっと呟いた。光姫は慌てて両手をブンブンと振る。

「こっ、殺しちゃダメですよ⁉︎ それに、白城さんに罪はないのです。彼女は私を怖がっているだけなんですから。無能力者が能力者に恐怖を拭えないのは当然です。」

光姫は自身でそう言いながら、心が曇っていくのを感じた。そう、言い方に悪意があったとはいえ、全て白城さんが悪いわけではないのだ。頭では理解していても、気持ちが追いつかない。明日からは唯一気兼ねなく会話できる相手がいないのだ。ただでさえ周囲からの刺すような視線が痛いというのに。高嶺の花で一匹狼だったことはあるが、これが真の孤独なのだろうか。光姫の心はキュッと締め付けられるようだった。

「光姫様は優しすぎます。白城は光姫様を傷つける暴言の刃を振り翳したんです。あなたには怒る権利があります。」

「…いいのです。私は当主の娘。無能力者の不満を受け止める義務があります。」

光姫の代わりに目つきを鋭くして憤る杏哉に、光姫は眉を下げながらそう反論する。自分の代わりに激情に駆られてくれる杏哉を見て、光姫の心は澄んでいくのを感じた。

「…ですが…。」

光姫の意気消沈した様子を見て、杏哉は目尻を下げる。傷ついた彼女自身から復讐することを制せられ、杏哉は何をすることもできずに俯く。だが、光姫が落胆しているのは言うまでもない。どうにかして彼女を助けたい。杏哉は頭を回らせる。暫時沈黙が流れ、杏哉はハッと名案を思い浮かぶ。

「光姫様! それならば、休み時間の度に、私があなたに会いに行きます! 私では物足りないかもしれませんが、多少は悲嘆も和らぐでしょう? なんなら、メイサと悠にも声をかけますよ。」

杏哉の温かい言葉に、光姫は泣き止んだ涙が瞼に溜まり、溢れ落ちて頰をつたる。そんな光姫の様子に杏哉があたふたとするも、光姫は首を振って言葉を制す。

「…ありがとうございます。幸甚の至りです。こんな素晴らしい友人を持てて、私は幸せ者ですね。」

「大袈裟ですよ。私で力になれるのならば、いくらでも協力します。」

杏哉からしてみても、光姫に頼ってもらえて、さらに彼女の近くに一秒でも長くいられるため幸福なことこの上ないのだ。

「あ、ですが、杏哉さんもお忙しいと思うので、別に高頻度で来ていただかなくても大丈夫ですよ。暇な時に、もしよろしければ、という程度で…。」

「私の心配なんてしていただかなくて結構ですよ。私も、むしろ光姫様のおそばにいられる方が嬉しいですから。」

光姫が杏哉に気を遣ってそんなことを言い出すので、杏哉は昆布しきを握り締め、勇気を出して、自分も彼女のそばにいられることで充足感を得られることを伝えた。

「杏哉さん…。」

朴念仁な光姫も、流石に杏哉の一握りの勇気を目の当たりにし、先ほどとは別の意味で胸がキュンと締め付けられた。しかし悲しいかな、やはり鈍感な光姫には、杏哉から自分へ向けられた思慕であるということには気づかなかった。光姫自身がそうであるように、彼も親友として光姫と一緒にいる方が気楽だという意味で解釈したのだった。光姫は涙を溜めた瞳を細めた。

「そう仰ってくださるならば…私も杏哉さんに甘えてもいいですか。」

「もちろん。いくらでも頼ってください。メイサと悠は中学棟なので休み時間の度に高校棟に来てもらうことは難しいですが、昼休みなどにはまた四人で集まりましょう。」

光姫は溢れ出した涙を拭い、華やかな大輪のように大きく頷いた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ