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ハラスメント撲滅課へ

「明けましておめでとうございます。

今年もよろしくお願いします。」

冬の連休明けの出勤、気弱で優しい上司の田中さんに新年の挨拶をした。

気付けば2025年、30歳になる年だ。

昔の出来事がきっかけで僕は念願だった厚生労働省職員になったが、まだまだ下っ端だ。

しかし、社会を良くしたいという気持ちは他の人以上に強いと自負している。


「明けましておめでとう。新年早々で申し訳ないけど相田くんちょっといいかな?」

田中さんが僕を誰もいない会議室に呼んだ。

「最近、自殺者が増加傾向にあるのを知っているかな?」

昔の事を思い出して少し心が痛くなった。

「はい、特に会社でのパワーハラスメントが原因で自殺者や精神的に病んでしまう方が増えているんですよね。」

「その通り!少し前から上層部で検討をされていた事なんだけど、自殺者の撲滅やハラスメントに悩む国民を少しでも多く救う為の政策で新たな相談窓口として部署を設けることになったんだ。

4月から試運転も兼ねて管轄企業数もそんなに多くない中橋労基署にハラスメント撲滅課っていうのを設置することになってね。

政府が動いてる政策ってこともあって、大臣からの依頼でうちの部署から代表職員を1名ほど選出して、ひとまず無期限で撲滅課に派遣して欲しいって依頼があってさ、どうかな?」

正直驚いた。僕にピッタリな話だと思った。

「もちろんです!でもそんな重要な役割僕でいいんですか?」

と尋ねると田中さんは

「ここ(厚労省)から離れることを左遷と考える人も多くてね、まぁ現段階で派遣期間も決まってないからいつ戻って来れるか不安な気持ちもわかるんだけどね、、色んな人にお願いしてるけど断られてるんだよね」

苦笑いをしながら正直に答えてくれた。

「ぜひ、やらせていただきます!」

僕は改めて返事をした。





2012年人生が変わるきっかけとなる出来事が起きた。

外で蝉が大きな声で鳴く声と、母の悲鳴で目が覚めた高校2年の夏休み。


飛び起きてリビングに行くと父が首を吊っていた。

その光景に何が起きたのか分からず僕は呆然と立ち尽くす事しか出来なかった。


震える声で母は119番に電話した。

救急車で病院に搬送された父だったが、搬送先の病院で死亡が確認された。


警察も来たが、事件性を思わせるような証拠は無く自殺と判断された。


首を吊った父の足元には『遺書』と書かれた封筒が置かれており、その中には母と僕宛の手紙が入っていた。

『本当にごめんなさい。この死は誰のせいでもありません。

もっと私が強い人間であればこんな決断はしなかったでしょう。 

でも私は弱い人間でした。本当にごめんなさい。

2人は幸せにこれからを生きてください。』

と書かれていた。なぜ父がこんな決断をしたのか僕には理解できなかった。


父は普段からとても優しい人だった。

大手自動車メーカーに勤めていた父は何不自由ない生活を送らせてくれた。

幼い頃は公園で一緒に遊んでくれたり、どれだけ仕事で疲れていても、家では疲れた素ぶりを一切見せなかった。

しかし課長とやらになってからは、ため息が増え、帰ってくる時間も遅くなっていた。


葬式の日、まだ現実を受け入れられず悪い夢でも見ているような感覚だった。

親族のみでの葬式だったが、父の会社の同期で昔から家族絡みで仲良くしていた若宮さんが顔を出してくれた。

「相田、なんでだよ。おかしいだろこんな別れ方。

ごめんな助けてあげられなくて。」

大粒の涙を溢しながら父の遺体に手を合わせる若宮さん。

何から若宮さんは父を助けられなかったのだろう。

その言葉がすごく気になった。


葬式が終わり、帰り際の若宮さんその発言についてストレートに聞いてしまった。

「若宮さん、さっき言ってた助けてあげられなくてってどう言う意味ですか?」


若宮さんは深刻な顔をし、話してくれた。


「お父さんの上司は会社内でも厳しい指導で有名な人でね、課長っていう責任ある立場もあってか、毎日のように叱責されたり、暴言吐かれたりしてるって、噂が僕の耳にも入ってきてね

その話聞いて心配になって少し前に飲みに誘ったけど、気分じゃないって断られちゃってたんだよね。

あの時に無理矢理でも連れ出してけばこんな事にならなかったのかもしれない」


若宮さんは悔し涙を流しながら答えてくれた。


大切な人を亡くし憔悴しきっていた母をにも、若宮さんは日を改めてその話をしてくれた。


母は父の死の理由を知り、悔し涙を流した。


母は、父の死亡が会社の責任だと裁判を起こした。

若宮さんも情報集めに協力をしてくれたが、父の自殺が会社原因だと断定できないというのが判決だった。


母は父の為に精一杯戦ったが敗訴してしまった。

また涙を流す母を見るのはとても悲しかった。


自殺という選択を選んだ真相は父にしか分からない。

ただ僕は父の死を受けて、多くの人が生きやすい世の中にしたい。そして悲しい決断をする前に声を上げられる世の中にしたい。そう思った。

それから大学生になった僕は猛勉強をし国家公務員試験を受けた。





そして2025年4月1日、僕は荷物が入った段ボールを抱えてハラスメント撲滅課の職員として中橋労基署にやってきた。




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