①
台上にいる小太りの男がガベルを振るう。彼の次の一言が、男の目の前にいる少年の未来を決定する。
少年は手と足に枷を嵌められ、口には猿轡。そして周囲には剣や槍を構えた兵士、その一段上には弓や杖を構えた魔法使いが彼にその先を向けている。
兵士達の目には強い怒りと、そして少年への強い恐怖が込められていた。
「シライ・イオリ!お前を聖女誘拐殺人の罪で死刑とする!」
怒りに満ちた顔でつばをまき散らしながら叫ぶ男の姿を見て少年はーー
(身に覚えがないんですけどー!?)
意味不明な状況に脳の処理が追い付かず、ただ絶叫していた。
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静寂に包まれた石畳の空間にイオリと看守の男の足音が反響する。イオリが横目で周囲の牢屋の中を見ると皆、落ち着いた様子でイオリと看守が通り過ぎる様を眺めているのが分かった。
見るからに犯罪者といったイメージの者がいれば、なぜこんなところにいるのか分からないほどの高貴そうな出で立ちの者もいる。日本にいれば自分が関わることなんて一生なかったであろう人種に出会ったことで、恐怖や不安といった非日常的な感情がイオリの脳にじわじわと広がっていた。
目の前にいる男が足を止め、それに合わせてイオリも止まる。男が牢を開け、イオリの方へと振り返る。
(入らなきゃ…だよな?)
恐る恐る、イオリが一歩を踏み出し、これでいいのか確認するように看守へと目を向ける。看守は表情一つ変えない。
イオリは迷っていた。どうすればいいのかが分からなかった。気づけば裁判所のような場所に拘束されてあっという間に今だ。困惑、恐怖、怒り。様々な感情が脳裏をよぎるが、そのどれもに身を任せられるほど感情的な人間ではなかったからだ。
イオリはなけなしの理性でとるべき選択を考える。ーー選ぶ権利なんてすでに無いのに。
突如、背中に強い衝撃を感じてイオリは顔面から石畳の床へと倒れこむ。牢を勢いよく閉める音に顔を上げて振り向くと顔を真っ赤にして憤怒の表情を浮かべた看守がイオリを見下ろしていた。
看守は大きく舌打ちし、どこかへ足音を遠ざける。足音が完全にどこかへと消え去った直後、イオリの目の前の牢屋の中にいた老爺が愉快気な表情で声を弾ませてイオリへと声をかける。
「きっひっひっ!ボウズ!あのクソ堅物を怒らせるたぁどんなデカいコト起こしてここまで落ちてきたんだ!?」
「その前にボウズ!お前さんどこのもんだ!?あぁ待て待て当てるからよぉ!」
「ギャングか!?傭兵か!?教会か!?いやテロリストか!?」
鉄格子に身を乗り出して話しかけるその姿にイオリは気圧され、しどろもどろになりながらも返事をする。
「うぇ…っと。俺、なんかよくわかんねぇ間にたぶん…冤罪で捕まったみたいでして。だからどこの所属とかういうあれじゃないんです…。」
「きひっ!おいおいそう隠すこともねぇじゃねぇか!この監獄の中じゃ儂とてただの囚人!上でどこに所属してたなんか関係ねぇのさ!老い先短い儂のような老人に話したとこで問題あるめぇ!」
どうやら老爺はイオリが自分の所属を隠すためにさっきの発言をしたと考えているようだ。
「いや。悪いけど本当に分かんなくて…すみません。」
イオリがとりあえず謝ると老人は目を細め何かを考えるように息をもらす。
「ほー…。お前さん、何をやったことにされてここに来た?」
鋭く細められた目は全てを見通すようで、イオリの心に、不安と躊躇いが生まれていた。
それでも今、自分に足りていないのは情報だ。だから少しでもこの老人から情報を得るために自分の置かれている状況を話すべきだとイオリは考える。
「…たしか、聖女誘拐殺人の罪だって言われました。それで死刑だと。」
それを言い切った瞬間、目の前の老人は目を見開き、二人の話声だけが響いていた監獄がどよめきだす。
聖女という言葉について何かそれぞれ思うところがあるのだろう。イオリにとってついさっきまで大した意味を持っていなかったその言葉がしきりにイオリの耳へと届く。
(なんだよ聖女って…推定異世界なだけはあるな。)
まずは聖女について知るべきかと考えたイオリは、目の前の老人に聖女について聞くことにした。
「その、えーと聞きたいことがあって。あ、俺はシライ・イオリです。」
よく考えればまだ名前も聞いていなかったな、とイオリは先に老人に名前を尋ねる。
「…まだ名乗りもしとらんかったな!儂はアラネウス。それなりに悪さして死刑囚になった普通の老人よ。」
細い目をより細めて老人がイオリを見る。捕食者を思わせる鋭い目に心臓をつかまれたような感覚がイオリを襲う。
(こんな怖いやつが普通なわけないだろ!?)
そうしてシライ・イオリの異世界生活初日が始まった。




