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奴隷堕ちしたエルフ娘にガチ恋したから、彼女を故郷に帰すことにした

作者: 野地マルテ

ウルトラハッピーエンドです。

「ご主人様、お夕食ができましたよ」


 背後から、女の子のちょっとだけ浮かれた声が聞こえる。


「ありがとう、今行くよ」


 俺は読んでいた分厚い魔導書を閉じると、椅子から立ち上がる。間仕切りカーテンを開けると、玉ねぎが煮える旨そうな匂いがした。


(今夜はポトフかな)


 料理を思い浮かべると、腹がくぅと鳴る。

 食堂の扉を開け、ダイニングテーブルがある右手側を見ると、そこには特徴的な長い耳を持つ女の子がいた。


 彼女の名はセシリア。

 エルフ族の女の子で、まだ十六歳だ。

 調理の邪魔にならないようにと、白に近い銀髪は頭の後ろで纏められていた。

 俺の姿を目に留めると、彼女のこぼれ落ちそうなほど大きな薄紫色の瞳が細められる。


「どうぞ、冷めないうちに召し上がってくださいね」

「すごい、今夜のメシも旨そうだ」


 ごろりと大きな肉とくたくたに煮込まれたキャベツが見える黄金色のスープに、小麦の温かな匂いがするパン。

 セシリアと暮らしはじめるまで、エルフ族が肉食をするイメージはなかったが、森の奥深くにある村で生活していた彼女は、猪などを狩って食べていたそうだ。


「セシリアも、一緒に食おう」


 俺が誘うと、セシリアは長い耳の端を赤く染める。

 彼女はあまり表情が豊かとは言えないが、感情が耳に出るので助かっている。

 エルフ族の耳の端が赤くなるのは嬉しい時のサインだと、妖精図鑑にそう書いてあった。


 セシリアは身につけていた白いエプロンを脱ぐと、テーブルの向かいに座った。

 今日は薄いブラウス一枚だからか、細っそりした身体に不釣り合いなほど、大きく膨らんだ胸が目立つ。

 身体をじろじろ見るのは失礼だ。俺は慌てて、料理の皿に視線を落とす。

 とろとろになるまで煮込まれた角肉をスプーンで掬い、口へ運ぶ。


「うん、旨い!」


 臭みはなく、脂身の甘みが口の中に広がる。

 セシリアは料理が上手かった。自分一人だった頃は腹さえ満たせれば何でもいいと思っていたが、彼女の料理の味を覚えてからは、毎回の食事が楽しみになった。


「すごいな。俺が作ってもこうはならないよ。セシリアは本当に料理が上手だな」

「そ、そんなことないです……。普通ですから」


 耳をさらに真っ赤に染めて、俯くセシリアのなんと愛らしいことか。

 思わずにやけそうになるが、慌てて咳払いした。


(ダメだ。セシリアに俺の気持ちがバレないようにしないと)


 セシリアとは約一ヶ月前に出会った。

 彼女と出会った場所やきっかけは、大きな声では言えない。

 何せ、俺は闇オークションでエルフ族である彼女を買ったのだから。


 ◆


 約一ヶ月前、俺は出入りの商人の紹介で、とある闇オークションに客としてはじめて参加した。

 女の子を買いたいだとか、そんな不埒な理由では決してなく。

 珍しい魔導書の一冊でも買えたらなぁと軽い気持ちで足を運んだのだった。


 だが、闇オークションが行われる会場に入った瞬間、俺はこの場に来たことを後悔した。

 会場にいた他の客達は、金銀宝石をじゃらじゃら身につけた絵に描いたような成金や、得体の知れない雰囲気を漂わせた人間達ばかりだったからだ。


 すぐに帰りたかったが、せっかく紹介状を書いてくれた商人に悪い。

 俺は二つ三つオークションを見たらすぐに帰ろうと、椅子に座り直した、その時だった。

 オークションが行われるであろう舞台の上に、簡素な白いワンピースを着た女の子が現れた。

 何故こんなところに女の子が? と思ったが、彼女の耳を見てハッとした。

 耳が、真横に伸びている。


『エルフだ……』


 腰まで伸びた、癖のない真っ直ぐな白銀の髪に、乳白色の肌。まるで雪の妖精のようなエルフの少女に釘付けになった。


(こんなに美しい生き物がこの世にいるなんて)


 妖精図鑑で読んだことはあったが、実際に目にしたのははじめてだった。

 俺はぼうっとエルフの少女を見つめていたが、隣に座る客の独り言で一気に現実へ引き戻される。


『あれがエルフか。確かに美しい。これならいくらでも客を取れそうだな』


(客……?)


 エルフの少女へ注がれるは、ねばつくような下種な視線。

 オークショニアも、エルフの少女がまだ十六歳で処女だということを高らかに語っている。

 このまま見て見ぬふりをすれば、彼女が生き地獄に堕ちることは明白だった。

 見る見るうちに競り上がる金額。

 なんとか彼女を手に入れようと、血眼になって法外な額を叫ぶ客達。

 エルフの少女は、ぐっと下唇を噛み締めて俯いている。


 気がつくと、俺は手を挙げていた。

 そして、オークショニアに向かってこう宣言した。

『一億ゴルドだ』と。



 そうして、俺はエルフの少女を手に入れた。

 魔導師だった祖父が亡くなってから、こつこつ働いて貯めた金はすっからかんになった。


(金はなくなったけど、女の子を見捨てて何百年も後悔するよりはマシかな?)


 魔力を多く持つ人間は、長命種のエルフなどと同様にかなり長生きする。祖父も三百年ぐらい生きた。祖父と同じ道を選んだ俺も魔力が多い。きっと何百年も生きるだろう。

 まだ二十歳の頃にやった後悔を何百年も引き摺るなんてこと、絶対にごめんだ。


 俺はエルフの少女にこう告げた。

『どこでも好きなところへ行きな』と。

 すると、彼女の目が大きく見開かれた。


『あなたは何のために……私を買ったのですか?』

『後悔しないためだ』

『後悔?』

『君を見捨てたら、絶対に何百年も後悔すると思った。だから買ったんだ。だけど、俺には奴隷なんて必要ない。君は故郷に帰るなり、好きなところへ行くなりすればいい』


 エルフの少女の瞳が揺れる。


『そんな……! そんなことで一億ゴルドも?』

『金はまた稼げばいい。金……あ、君も金がないよな? 故郷はどこだ? 良かったら近くまで送り届けるよ』


 彼女はどこから来たのだろうか。

 ここは王都。近くに自然らしい自然はない。エルフは森の奥深くに暮らすというから、うんと遠いところから連れて来られたのかもしれない。

 そんなことを考えていると、エルフの少女に腕をがしりと掴まれた。

 

(お、女の子に腕を掴まれてる……!?)


 俺は魔法の修行ばかりしていたので、女の子と付き合ったことはない。もちろん手を握りあうなんて経験もなかった。

 俺が戸惑っていると、エルフの少女はかぶりを振った。


『私はあなたにお仕えしたい……! あなたが支払った金額の分、私が働いてお返しします。……何百年、掛かっても』


 エルフの少女の意思は固く、俺が何度断っても折れてくれなかった。

 仕方なく俺は彼女を使用人として雇った。


 そして、今に至る。


 ◆


「よし、片付けは俺がするよ」


 今夜のポトフもパンも絶品だった。

 腹ごなしに皿洗いでもするかとシャツの裾をまくり、立ち上がる。


「ご主人様、……ありがとうございます」


 セシリアは何か言いたげな顔をしたが、ぺこりと頭を下げた。

 家事を手伝おうとすると、最初のうちは当然、セシリアは断ってきた。

 家事は使用人である彼女の仕事だからだ。使用人の仕事を奪う主人など常識がないことは分かっているが、それでも。

 俺はセシリアの手が、洗剤で荒れたら嫌だなと思った。

 もちろん、「君の手が荒れるのが嫌だ」なんてキザなことは言っていない。


「皿洗いをすると、考えがすっきりまとまるんだよ」


 なんだかよく分からない言い訳がましいことを言いながら、皿やら調理道具やらを毎日洗っている。


「……ありがとうございます、ご主人様」


 ああでも、セシリアには俺の本心がバレているような気がする。

 嘘やごまかしは昔から苦手だった。



 入浴を済ませた俺は、魔導書片手にベッドに入る。寝る前に魔導書を読むのはよくないと言われているが、俺は寝落ちする瞬間まで魔法に触れていたいのだ。


 だが、セシリアが来てからというもの、その寝る前の習慣が崩れた。


「添い寝に参りました、ご主人様」


 枕を小脇に抱えたセシリアは、言葉にするのも憚れるような格好をしていた。ほとんど紐しかないような、上下揃いの黒い下着姿なのだ。

 セシリアの胸は大きい。果物に例えるならば、メロンだ。そのメロンが黒い網目に包まれている。

 下は下で、局部が隠れるぎりぎりの範囲のみ黒い布がついた紐のパンツだ。腰の両側には可愛らしくリボンがついている。


 セシリア曰く、エルフの女性はこの露出度の高すぎる格好で眠るものらしい。

 風邪をひかないかと心配になるが、長命種のエルフは滅多なことでは病気にならないそうで、エルフだからこそ身につけられる夜着なのかもしれない。


(人間って慣れるものなんだなぁ)


 最初のうちはセシリアのいやらしすぎる夜着姿に「こんな子が隣りにいたら絶対寝れない!」と思っていたが、今では慣れた。こんなものかと思っている。

 逆に露骨に扇情的な格好をされると、興奮しないのかもしれない。

 普段の清楚なブラウスやエプロン姿のセシリアの方が遥かにぐっとくる。


 セシリアが寝転べられるよう、ベッドの隣りを空けてやる。俺は身体が落ちないぎりぎりの位置で横になった。


「おやすみ、セシリア」


 寝る前に読むことが叶わなかった魔導書を、ベッドサイドに置いた。


 ◆


「はぁ……」


(今夜も駄目でしたね……)


 私はセシリア。

 約一ヶ月前にご主人様に買われたエルフ族の娘です。

 ご主人様に救われた恩に報いようと頑張っているのですが、なかなか上手くいきません。


 ご主人様が贔屓にしている服屋で買ったどすけべ下着で迫っても、ご主人様は私を襲うどころか、あっさり寝入ってしまいます。


(いったい何がいけないのかしら……?)


 服屋の女将さんは、この紐のような下着で旦那さんを毎晩誘惑していると言っていました。効果はお墨付きのはず。


(もしかして、ご主人様の雄は死んでいるのでは……?)


 ご主人様はまだ二十歳の人間の男性です。

 こんなにも押し倒しやすい私が隣りにいるというのに、すやすや健やかな寝息を立てています。

 ご主人様の雄が機能するのか、物理的に確かめたいのはやまやまですが、寝ている間に勝手に弄り倒して嵌めこんでは犯罪になってしまいます。


(でも、あまり悠長にはしていられません……!)


 ご主人様は、たまたま付き合いで行った闇オークションに出品されていた私に同情を覚え、全財産を投げ打ってしまうような上に超がつくほどのお人よしです。


 悪い女に騙されてしまうのは、もはや時間の問題。


(私がご主人様の妻になり、ご主人様を守る……!)


 心優しいご主人様が騙されてしまわないよう、私が妻となり、お支えしたい。

 そう思い、既成事実を作りたいと日々願っているのですが……。


(ご主人様……)


 ご主人様の麗しい寝顔をうっとりと見つめます。

 もっと日頃から積極的に攻めるべきなのは分かっておりますが、ご主人様は内面が素晴らしいだけでなく、外見まで清潔感あふれるイケてるメンなので、根は臆病者な私は躊躇してしまうのです。


(……もっと勇気が欲しい)


 布団に入った私は、もっとご主人様に身体を寄せたいと思いましたが……できませんでした。

 もう一ヶ月も同じベッドに寝ているのに、手を出されない。その事実が私を阻むのです。


(ご主人様は『使用人に手を出す主人は最低だ』と仰っていたけれど……)


 ご主人様はこの国の公爵の庶子で、ご主人様のお母様は公爵家に仕える家庭教師(ガヴァネス)だったそうです。

 お母様はご主人様を産んですぐに亡くなられたらしく、よけいにご主人様は使用人である私相手に慎重になるのでしょう。きっとお母様と私を重ねているのだと思われます。

 事情は分かりますが、それでも。


(私はご主人様と一線を超えたい……! そして妻になりたい)


 恋する女の気持ちは止まりません。

 毎日美味しく私の手料理を食べてくれるご主人様。

 なんだかんだ言いながら料理以外の家事をほとんど手伝ってくださるご主人様。屋敷に居てばかりでは退屈だろうと、何かとお出かけに連れていってくださるご主人様。

 雨が降ったあと、水溜りの前で私の手を取ってくださったご主人様。まるで私、お姫様になったようでした。

 

(……ご主人様と出会えてよかった)


 住んでいた集落が悪漢に襲われて、私は奴隷として王都に連れて来られました。

 家族と離れ離れになり、あの時は私の人生はもう終わりだと思いましたが、ご主人様と出会えたことだけは幸運でした。

 これからは、ご主人様のために生きていきたい。


 二人で入る布団は温かく、瞼に重いものを感じた私は目を閉じました。


 ◆


(俺はいつか限界を迎えるかもしれない……)


 翌朝、俺の隣りには裸同然で横たわるセシリアがいた。セシリアは脱げやすい夜着を身につけている上、寝相が悪かった。

 端的に言えば──今朝の彼女はほぼすべてが丸出しになっていた。

 俺は理性を総動員して、彼女の夜着を整え、身体に布団をかけた。


「はぁ……」


 昨夜はああもあからさまに扇情的な格好をされると逆に興奮しないなどと宣ったが、脱ぎかけはやばい。しかもぐっすり眠った状態でだ。


 今は辛うじて手を出さないで済んでいる。

 使用人に手を出すなんて最低だ、俺は母を弄んで捨てた父とは違う。恋慕の気持ちは秘すべしと心に刻んでいるが、これもいつまで持つか分からない。


 なにせ、セシリアは良い子だ。

 お願いごとをしても嫌な顔一つせずやってくれるし、俺が少し無理をして仕事をしていると労りの言葉もかけてくれる。

 たまに見せてくれる笑顔に、胸が軋んだ。


(そろそろ潮時かもしれないな……)


 悲しいが、セシリアとの生活を終わらせる時が来たのかもしれない。



(セシリアの故郷の場所は分かっている)


 セシリアは自分の身に何があったのか、事細かく俺に教えてくれていた。そして、その情報を俺はまとめていた。

 

(時間遡行の魔法を使い、セシリアの奴隷堕ちをなかったことにする)


 集落の襲撃さえなければ、今もセシリアは家族と仲良く暮らしていたはずだ。


(この一ヶ月で、ある程度の金は集まった)


 時間遡行には膨大な魔力を必要とする。そして、高価な魔石をいくつも使う。

 セシリアをすぐにでも家族の元に帰したかったが、それができなかったのは、彼女を落札するのに全財産を使ってしまったからだ。

 だが、一ヶ月が経ち、元々受けていた仕事の入金があった。約五百万ゴルド。すべて魔石の購入費に当てればなんとかいけるだろう。


(セシリア……楽しかったな)


 一億ゴルドなど安く思えるぐらい、セシリアとの日々は楽しく輝いたものだった。

 こんな毎日がずっと続けばいいなと何度も願ったが、俺の幸せはセシリアの不幸の上に成り立っていた。

 俺だけが幸せな、今の状況は不健全だ。


「セシリア、ちょっと出掛けてくるよ」

「いってらっしゃいませ、ご主人様。今夜はお戻りになられますか?」

「……ああ」


 遠くに行くとは言わなかったのに、セシリアは何か勘付いたのか、今夜は戻るかと尋ねてきた。


「遅くなるかもしれないけど、戻るよ」

「そうですか。では、ご主人様の好きなトマトのシチューを作ってお待ちしておりますね」


(トマトのシチュー……!)


 一番の好物だった。

 だが、もうこれは食べられない。

 俺とセシリアの出会いは、なかったことになるのだから。


 ◆


 ワープの魔法を使い、セシリアの故郷がある森へ飛んだ。

 そして、空中に淡く輝く魔法陣を呼び出す。

 時間遡行の魔法は、亡くなった祖父が人生のほぼすべてを使って編み出した魔法で、「絶対に他言するな、誤った使い方をするな」と言い、俺に残してくれたものだ。


(これは誤った使い方じゃないよな? じいさん……)


 大好きな女の子の幸せを守るために使うのだ。

 たとえ誤った使い方だったとしても、地獄で叱られる覚悟はできている。

 

 魔法陣から出た光が、俺の身体を包み込んだ。



(ここは……?)


 気がつくと、鬱蒼と木々が生い茂る森の中にいた。

 先ほども森の中にいたが、奥に見える光景が違う。


(建物が見える……? 集落か?)


 丸太を組んで作った家のようなものがいくつも見える。あれがセシリアの故郷なのだろう。

 住人であるエルフ族に見つからぬよう、魔法で姿を消す。


(セシリアの集落のエルフは、あまり魔法が得意じゃないと言っていたな……)


 エルフにも色々あるらしく、セシリアの集落のエルフは狩猟をして暮らしていたらしい。魔法はあまり使わず、せいぜい傷を癒す治癒魔法を使う程度だったとか。

 魔導書の著者はエルフであることが多いと祖父は言っていた。俺はエルフ=魔法が得意だと考えていたので、少し意外だった。


(悪漢達はあえて、魔法をあまり使わないエルフの集落を襲ったのだろうな)


 そう考えると、腑が煮えくり返りそうになる。

 自分達の私利私欲のために、罪のないエルフ達の生活を破壊する。そんな蛮行は絶対に許してはならない。


 魔法で姿を消した状態で、しばらく集落の前をうろついていると、集団がやってくるのが見えた。


(あれは人間か?)


 同じようなデザインの、真っ黒なローブを頭から被っている。魔導師達だろう。かなり強い魔力を感じる。


「あれがエルフの集落か?」

「意外と簡単に見つかったな」

「あいつらを捕らえて売り払えば、研究費を賄えるな」


(やっぱり、悪漢は魔導師だったか)


 同業者の蛮行に強い嫌悪を覚える。

 とりあえず足止めにと、俺は奴らの前に透明なシールドを張った。


「わっっ」

「何だこれは!? シールドか?」


 シールドは目に見えないが、そこそこ固い。先頭を歩いていた魔導師は頭と肩をぶつけたらしく、手で押さえている。


「エルフ達に近寄るな」

「なっ、なんだお前は!?」


 俺は姿を現すと、魔導師達に一応忠告した。

 魔導師達は中年男ばかりだ。まだ二十歳の俺から何か言われても引き下がらないだろうと思ったが、やはり立ち退くつもりはないらしい。


「ガキはすっこんでろ!」

「俺達は金がいるんだよ!」


 魔導師は研究は好きだが、地道な資金繰りを厭う者が多い。だから、存外金に困っている人間は多いのだ。


(やれやれ……)


「消えろ」


 俺は頭の中で術式を思い浮かべると、魔導師達に向かって放った。


「うわわっっ、か、身体が!?」


 魔導師達の身体が、足元からすうっと消えていく。まるで最初からその場にいなかったかのように。

 俺は魔導師達にワープの魔法をかけた。

 ここでどっかんどっかん派手に音を立てて、攻撃魔法をぶちかますワケにはいかなかったからだ。

 エルフ達を怖がらせたくなかった。

 

 そして俺以外は誰もいなくなった。


(あの魔導師達の様子だと、他の人間にもここのエルフの存在は知られているかもしれないな)


 ここで魔導師達を追い返したところで、また別の奴らがやってくるかもしれない。

 どうすればエルフ達の、セシリアの平穏を守れるのか。考えていると、後ろから声が聞こえた。


「あの……」


 か細い声に、背中がびくっと震える。

 振り返ると、そこにはなんと。


「せ、セシリア……!?」


 セシリアがいた。

 頭に幅の広い鉢巻をつけ、合わせの着物を纏っているが、間違いなくセシリアだ。


「どうして私の名前を?」


 セシリアが首をこてんと傾ける。可愛い。

 可愛いが、現時点で俺達は出会っていないのだから、名前を知ってるのは相当まずい。


「あ、あの、俺は、その……!」

「あなたは、私達の集落を守ってくださったのですよね? ありがとうございます」

「えっ?」

「私……ずっと見てました」


 セシリアの長い耳の端が赤く染まった。


 ◆


「この集落は他の人間にも知られている可能性があります。できれば即刻立ち退いたほうがいい」


 俺はセシリアの案内で、彼女の父親に会った。

 セシリアの父親は集落の長だった。


 魔導師達がエルフを捕らえようとやってきたこと、他の人間にもこの場所が見つかっている可能性があること、即刻立ち退くべきだと話した。

 しかし、セシリアの父親は胸の前で腕を組むと、う〜〜んと唸った。


「この集落には千歳以上の年寄りも多い……。若い者はともかく、年寄りの移住は難しいでしょう」

「ですが、このままでは……」

「あの……!」


 父親の隣りに座っていたセシリアが手を挙げる。


「あなたに、ここを守ってもらうことはできないでしょうか?」

「俺が? この集落を?」


 確かにこの集落に俺が常駐すれば、たとえ悪漢がやってきたとしても対処できるかもしれない。

 外に出る時は、集落の周囲にバリアの一つや二つ張れば問題ないだろう。

 だが、問題は俺が人間だということだ。


「俺は別にいいですけど……。エルフ以外の種族が集落で暮らしても、問題ないんですか?」

「……本来は難しいが、あなたがセシリアの婿になるのなら、皆納得するでしょう」

「は? 婿?」


 ふとセシリアを見ると、先ほどよりも耳を真っ赤に染め上げていた。

 そして、セシリアは床に三つ指をついた。


「ふ、ふつつか者ですが、どうぞよろしくお願いします……」



 その晩、俺はやや強引にセシリアに押し倒され、なすすべなく婿にされた。

 その後、俺達は七人の息子と六人の娘に恵まれ、末長すぎるほど幸せに暮らすのだが、それはまた別の話だ。

ご閲覧いただき、ありがとうございます。

最後に広告の下部にある、星の評価をお願いします。


ムーンライトノベルズでも同名で活動しております。

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