滞り
ーーどうやら流れの中に、少しずつ泡が立ち始めたようだ。魚たちもこの辺りにはいない。小舟は揺蕩う。この先には、さらに大きな川が顔を覗かせている。それは凄まじい音を放つ奔流で、様々な川を包含してきたのだろう。先日の雨のせいか、荒々しい、酷く濁った流れが様々なものを飲み込んでいた。突然現れた、恐ろしい大河と、次々と湧いてきては、流れの勢いに負けて弾ける舟底の泡ーー安定した囲いの中で、その混沌は膨張するーー反射した光も皆、刹那のうちに消えてしまった。
それでも小舟は荒波の中を進んだ。芯のない落ち葉は、波の起伏のために、身をよじらせた。遂に、コンクリートの壁が消えるのだ。流れの先には蒼空が一面に広がり、急に広闊な場所へ来て、風も激しくなってきた。袂の森は、枝葉の間をその風が通り抜け、大いに揺れ動き、流れは乱れ、白波も増した。そして辺りの勢いが絶頂を見た時、小舟は何度も翻り、宙を舞った。奔流との間には、大きな落差があった。小舟は形を崩すこともなく、緩やかに落ちていく。太陽は大地を包むように照らしていたが、花弁の輝きは何処かへ失われていた。
小舟は何とか、大量の土砂を含み、大きく広がった奔流に乗った。梢に葉をつけたままの木の枝や水草以外の植物も水面から顔を出しながら、流されていた。流れは凄まじい轟然たる音を響かせ、その威厳を周囲に示していた。徐々に小舟が出てきた場所は遠くなり、見えなくなっていく。そして直ぐに、袂のどの辺から下ってきたのかすら、分からない程になってしまった。様々なものと共に、為す術もなく流され、月が昇り、太陽がもう一度辺りを包んだ。その間に川もすっかり落ち着いてしまった。本来の流れは、細々しく見られ、平然とした辺りに広がる石が、その空々しさを更に演出した。遠くに立ち並ぶ木々は、川に沿って吹く風に、葉を軋ませていた。
又も流れの勢いが落ちてきた。そして川は、底が見えない程に深さを増した。何処となく弧を描く岸が、その先に待っていた。小舟は風だけを頼りに進むしかなかった。水の青は深まり、底の闇が水面にも届いていた。そこは音もなく、不気味な雰囲気が漂う、大き過ぎる湖であった。より向こうには月が昇っていたが、山に隠れた太陽は未だに空全体を橙に染めていた。又、月の手前には幾つか眩い光が、規則的に並んでいた。
その光は、夜星にしては低過ぎる。そして、その夜星達はいつになっても姿を現さない。ここは何かがおかしい。だが、風は湖の中まで吹いては来なかった。そのため、小舟は中央に止まったまま、動かなかった。そして、長い夜だけが何処か陰鬱な速度で動いていた。奇妙な光に照らされ、静けさに染まった湖にはその間、鏡のようにもう一葉の花弁を冷たい水面が映していたーー