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秘密の華  作者: 永井晴
8/12

成長

小舟のような形をしたそれは、鋭く突き出た巌の上から、押し出されるように、落ちていった。撒菱のように散乱している、酷くとがった岩と岩の隙間を、勢いの良い流れに乗って、進んでいく。日の光がいつもより早く姿を見せた。あっという間に泉は遠い場所となってしまった。進んでいくと、草々は一層生い茂り、所々踏み倒された跡もあった。小舟はそんな光景をよそ目に、くどい程に曲がりくねった、流れを唯ひたすらに流れ落ちていった。

いつからか、魚や水草も姿を見せ始めた。その姿は、川沿いに在る岩とは反対に、下へ行く程、図太く、威勢を放っていた。然し、これも岩とは逆に、大きくなればなるほど、その姿には、謙虚で、純粋な、溢れ出る美しさが消えていったように思われた。清流の勢いに負けんと、懸命に尾を動かす上流の小魚ーー泥に塗れ、身を隠し、その大きな図体を満たすための獲物を伺う下の魚達。清流の内に密かに、地に張り付き、その流れに戦ぐ、芯を持った小さな水草の一つ〻〻ーー地に深い根を張り、細長いその体を卑しく振り回し、流れを掻き乱す水草達。

樹々の枝に止まった鳥は、木陰の中で羽を繕いながら川を眺めていた。鋭い嘴が木漏れ日に当たったりもしていた。そして時々、鳥が魚を捕らえに来ては、川にしぶきを上げる。川に波紋を残しながら、鳥は梢に止まり、雫を落とした。

時間が経つにつれて、森の深さは衰退を見せた。樹々は細々と痩せていき、岩も削られ、小さくなる。川は幅を広げ、底も深くなった。周囲には、無数の虫が地を這い、落ち葉や草の影に隠れた。地面は露に湿り、落ち葉もその湿気に染まっていた。風は頻りに、広い木々の隙間を通り抜けていた。そして、幾つかの落ち葉は足元を掬われて、川に落ち、そのまま流された。

そして小舟は落ち葉と共に下った。次第に川にも、堂々と日光が当たるようになった。川の広がりが著しく、樹々も小さくなっていた為に、樹葉は日を遮ることが出来なくなってしまったのだ。鹿や猿が、時々姿を見せ、様々な場所に足跡をつけていった。草や花も秩序なく乱れている所であった。やはり華は、下に行くほど零落していった。川は人間から見れば小さいものであったが、小舟と比べれば、それは大河と言っても過言ではないものであった。小舟も大分下の方へと下ってきたように思われた。

この辺りには、不自然に崩れた崖や、等しい間隔で立っている細い樹々が見られた。そして崖の斜面は禿げ、外見だけは山に溶け込んだそれらの樹々の下には、沢山の貧しい土が積もっていた。

然し、遂には純粋な地面すら消え失せた。異常な程、対称的に作られたコンクリートの覆いが流れを囲んだ。地面を深々と掘って作られたその路では、流れは地を削り、運ぶと云った、自然の役割を満足に行うことはなかった。起伏やカーブのない、永遠に安定したその路は続いた。魚や蛙、亀、ザリガニなんかが、しぶとくコンクリートの隙間から生えている水草どもの影に隠れていた。塵芥が無数に漂い、川底に光は届いていなかった。水面には艶を失い、陰に染まった落ち葉が漂う。全てが均一過ぎるがために、何の変化もなく、小舟は唯、硝子細工のようになってしまった流れと共に、実に緩やかな時間の中を進んだ。川を下っていることが感じられない程、その空間は静止していた。

同じ風景がループした。それでも擦り切れる様子はなく、そのループは永遠のようにすら思われた。時間も圧縮され、意味など持たなくなっていた。同じリズムの音が、森の中に酷く平坦に響いた。日に当たり、ぬるくなった流れは、唯平行に緩やかな下り坂を下っていた。

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