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恭賀新年

作者: サユリシウタ


『あけましておめでとうございます。

昨年中はお世話になりました。

今年もよろしくお願いします。』


一斉送信のような、妙に他人行儀で、それでいて今更な感じの、君からのメッセージが届いたのは、1月1日も日が落ちた頃のことだった。


『佐沼(鳴上) 玲』


私の良く知る名前がカッコ書きになってからというもの、私は玲からの連絡に返事をしなくなっていた。

風の噂で子供が出来たと聞いてからも、もう数年経っている。

最後のやりとりなんて機種変より前で、もうトークの履歴なんてない。だからまるで、何もない、これまで何もなかったところに、急に君から連絡が来たみたいだ。


今まで私がしてきた 無視 という返事も、まるでなかったことになったみたいだった。


トーク欄に上がってきた玲の名前を見るだけで心がざわつく。

『あけまして』

まで打って手が止まる。

代わりに開いたスタンプも、返事になるに適当なものがない気がして選べない。


他人行儀でも、一斉送信でも。まるで何事もなかったかのように送られてきたそれは、なんだかとても、玲の時間だけが進んでいるように思わせてきた。私はまだ、こんなに戸惑って、こんなに悩んでいるのに。私はまだ、君にこんなに心を揺れ動かされるのに。君は、玲は、他の人に送るように、他の人と同じように、私を扱う。扱えてしまう。


私だけが思春期の時間に取り残されて、先を進む玲は結婚も出産もして。…‥…多分、あの頃のことも、「懐かしい」なんて言葉で、片付けて。


私が死にたくて死にたくて仕方ない夜に、私の全てを包んで、私の全てを受け止めて、私の全てを理解した君は、包んだ私を持ったまま他の男のところへ行ってしまった。

君に持ち去られた私はあの日から進めず、君の恋も君の愛も認められず、受け止められず、まだここで返事すら出来ずにいる。


ー情けない。


唐突に地獄まで叩き落とされたような衝撃が心臓を襲う。情けない。情けない。情けない。情けない。情けない。情けない。情けない。情けない。


吐きそうだ。


誰かに受け止めてもらうことがこんなに辛いだなんて知らなかった。誰かに認めてもらうことでこんなに苦しくなるなんて知らなかった。あの時には感謝だった感情は、愛おしさになり、愛になり、ひねくれて、切なさになり、憎しみになり、もう何度目かわからない愛として両目から溢れてくる。


「ごめん。、」


絶対に届かない、気持ち。立ち止まった私の、返してもらえない心。


支え合いたいと思っていたのは、私だけだった。同じ重さを返したいと思っていたのは、私だけだった。玲には頼りたい男がいて、思われたら嬉しい男がいて。「男である」という一点だけで私の立ち位置を全部持っていく、良いヒトが居て。


私が男なら違ったのかな、なんて僻みすら出てくる。


苦しい。


ぼんやりした視界でトーク画面を削除する。

そう、こんなに簡単に断ち切れる未練だ。…令和って便利だな。

数瞬画面を眺めて、深呼吸をする。深く息を吐いて、吸う前に【ブロック】のボタンを押した。


ああ、新しい1年が始まる。

今の私には、それがこんなにも不安で悲しいのだ。



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