昔話 後編
6話です。
物語の後半から、第四話みたいな語りに戻ります。
恐怖で目をつぶっていた私たちがそれに気付いたのは、母の背中に突き刺さる
鈍い音と母さんの鈍い声が聞こえた後だった。
「お、おか、あさ・・・?」
「あ、あ・・・。」
「・・・っ!お前は子の味方か。」
「当たり前でしょう。自分のおなかを痛めて産んだ子を、庇わない親がいる?
可愛いわが子を、自分の一族の教えに背くからと殺そうとするあなたが
おかしいのよ。」
「・・・!!!」
父さんは顔をゆがませ、その場を去った。
母さんは私たちの無事を確認すると、やさしく微笑んだ。
「もう大丈夫よ。怖かったね。」
「「お母さ・・・」」
私たち二人が母さんの近くに近寄ると、母さんは微笑んだ顔のまま
うつぶせに倒れた。すぐさま二人で母さんの体をゆすって起こそうとしたけど
──もう冷たくなり始めていた。集落にいる住民たちは、父の息がかかってる。
もちろん医者にもね。当時の私には、医学の知識はない。
「お母さん!お母さん!!起きてよ!起きてよぉ!!」
私はただ、泣きながら母さんに声をかけるシスイを、
見ていることしかできなかった。そして、母さんは二度と目を開けなかった。
~~~
母さんの死因は自殺で片付けられ、葬儀も何事もなく終わった。
──私とシスイは心穏やかではなかったけど。
母親殺しの犯人が、その犯行がばれることなく、
のうのうと生きてる。しかも、集落の住人から慕われてる。
毎日毎日、はらわたが煮えくり返りそうだったよ。
シスイが、後にヤマタノオロチ伝説って呼ばれる事件を起こしたのは
母さんの死から20年後。確か110歳だった。
伝説での姿は、操影術を使って頭を多く見せたんだと思う。
まさか里まで下りて暴れてたなんて思いもしなかったよ。
あ、里って言っても、住んでたのはほぼ神様だけどね。
その頃、人間って少なかったし。
伝説では首切られて殺されたって書いてあるけど、実際はひん死状態に
なって倒れてたのを父さんが発見して、勝手に洞窟の中に封印したんだ。
それを私が知らされたの数日後。
すぐさまシスイが封印された洞窟に駆け付けたよ。
もうすぐ春なのに、洞窟の中は湿っぽくてじめじめして
気持ち悪かったのを覚えてる。
「シスイ!!」
シスイは、赤い結晶に顔と首を除く体の大部分が入り込んだ形で
封印されていた。私の存在に気が付き、シスイはにっこりと笑う。
でもその笑みは、昔の無邪気な笑みではなく、殺戮を楽しむ
サイコパスのそれだった。
「あは、やっと来てくれたぁ。まぁあのクソオヤジが教えなかったん
だろうけど。」
「なんで里に下りたの?!しかも人間を襲うなんて・・・。
人間と私たちは陰ながら支え合う関係だって、母さんも言ってただろ?!」
「人間たちはそう思ってなかったみたいだけどね。」
「・・・っ!でも!」
「ボク、友達が欲しかった。でもここの集落の奴らは絶対無理だと
思って。里に行ったらみんなと仲良くなれると思ってたよ。
でも違った。あいつらさ、ボクを見た瞬間なんて言ったと思う?
『化け物!!こっち来るな!!』・・・って、石まで投げられてさ。
ボクたちも一応神でしょ?あいつらより力はないかもだけど。
でも全員、ボクの事ゴミでも見るように見てきて・・・。
ちっとも優しくしてくれなかった。手を差し伸べてくれようとも
しなかった。集落の奴らと・・・一緒だった・・・。
その時分かったんだ。あいつらは仲間じゃなくて、敵なんだって。
あーあ、あと少しであの女たち全滅だったのになぁ。残念。」
「!」
「でもさ、分かった事もあったんだよ。あいつらの体内には
すごい力が宿ってる。おかげで強くなれたんだ・・・!」
そう言ってにやりと笑いながら、シスイは全身に妖力をため始めた。
ビキッと音がして、結晶に亀裂が入り始める。父さんが妖力で作り出した
結晶の硬さはダイアモンドと同じくらいのはずなのに、亀裂は大きくなって
いき、最終的に粉々に砕け散った。
「シ・・・スイ・・・?」
「あはっ!すごいでしょ?これならクソオヤジも敵わない。
ま、念には念をって言うし、準備しとかなきゃね♪」
「もしかして・・・復讐?」
「当たり前でしょ。ボクはもう躊躇なんてしない。
ボクの大切なものたちを傷つけた罰くらいは受けてもらわなきゃ。
・・・・・・今度は、無くさないようにしなくちゃね。」
やめろと言いかけた私の腹部を黒い拳が殴る。あの影を操る能力だ。
うずくまる私の横で、シスイは静かにつぶやいた。
「だから兄さんは、母さんの自慢の息子でいて?ボク、
もう後戻り出来ないからさ。」
ってね。
~~~
「う・・・。」
「頭!」
「おはよう。気分は?」
夜刀神の問いに、シスイは目をこすりながら小さく頷いた。
身体も、11歳くらいに成長している。
「・・・ボクが何で、仲良くなった人を殺すようになったかって話、してたでしょ。
教えようか?答え。」
意外な発言に少し驚く四人を見つつ、シスイは続けた。
「かわいそうだと思ってさ。ほら、死んだらお墓に埋葬されるでしょ?
みんなと離れ離れになってさ。ボクと兄さんって長生きな種族だから、
どんなに仲良くなっても、みんな死んじゃうじゃん。だから・・・。」
「殺して体内に取り込むことで、死ぬまで一緒にいようと
考えるようになったと。」
ヤドリの発言に、シスイは、うん、とだけ答える。
「アヤメ、ごめん。怖かったよね・・・。」
「・・・良かった。」
「え?」
「仲良くなれたと思ってたの私だけじゃなくて、良かった。」
アヤメが優しく微笑む。その顔がどこか、母親の顔に似ていた気がした。
「シスイ?」
「・・・なんとも思わないの?あんな酷い事したのに。いっそあのまま、兄さんに
始末してもらってた方がっ!」
その先を言おうとしたシスイの頬を、夜刀神がひっぱたいた。
その瞳には、静かな怒りが滲んでいた。
「・・・え?」
「シスイ、お前にとってはどうでもいい命かもしれないけど、
私やここにいるみんなにとっては、その命こそが大切なものなんだ。
もちろん、母さんにとってもね。私が何を言いたいか、分かるだろう?」
「!」
言いたい事は痛いほど分かった。でも、自分は今まで母親が泣くほどの事を
繰り返してきた。今の自分は化け物そのもの。こんな自分なんて、自分なんて。
そう考えれば考えるほど、涙がこみあげてくる。
震える背中をさすってくれるアヤメの心配そうな顔が、
更に罪悪感を搔き立てた。
「・・・ごめ、んなさい・・・。」
そう小さくつぶやくと、夜刀神は微笑み、アヤメの方を見た。
「迷惑をかけてすまなかったね、アヤメちゃん。」
「いえ。それに、私思ったんです。同じだって。」
「同じ?」
「私もここで暮らしてて、散々化け物だとか、気味が悪いって言われてて・・・
ずっと独りぼっちだったんです。だから、シスイの気持ち、少し分かって。
・・・シスイ。」
シスイが涙目のまま振り返る。そしてその目をまっすぐ見つめ、アヤメはにっこり笑う。
「友達になってくれて、独りぼっちから助けてくれてありがとう。
これからは、私もシスイの事、助けるから・・・一緒にいてくれる?」
「!!!うぅっ・・・。」
ぽすんっと何かが胸に当たった。でも、少しも痛くはなかった。
胸に飛び込んできたシスイの顔は、輝くような笑顔だ。
「アヤメ、だぁいすきっ!」
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