暴走
第三話です。今回はシスイのヤンデレ度が
少しアップするかも・・・?
さて、現在友達以上恋人未満状態のシスイとアヤメだが、ウスイ山へ行く前に
その状態を少しでも前進させようと考える者がいた。シキ丸である。
彼はこう見えて部下三人の中では一番の古株。アオイやヤドリの何倍もシスイを
崇拝し、尽くしてきた。風邪をひいて倒れた時も、ヤドリの背と同じくらいに
浮いてまで、シスイに肩を貸したくらいだ。彼にとってシスイは永遠の憧れ。
そんなシスイが惚れた少女との結婚を、応援しないわけがない。
とは言ってもシキ丸自体、恋の手助けなぞ全くと言っていいほどした事がなく、
そもそも女性という存在にこんなに深く関わるのも初めて。というわけでまずは
女性とはどういうものなのか、観察する事にした。
早速、特に何もなかったかのように夕食の準備をしているアヤメに近寄る。
「失礼!ちょっと観察させて頂きたいんですが。」
「・・・!シキ丸さん?」
「あ~あ~、オレなんかにさん付けしなくていいって。
遠慮せずにシキ丸って呼んで下さい。」
「・・・わかった。よろしくね。」
アヤメはニコニコしながら、立派な白菜を大きめに切っている。
今夜は鍋だろうか。厨房の机の上には、具材になるであろう野菜や
魚がこんもりと山になっている。
「これ全部切るんですか?鍋から溢れるんじゃ・・・。」
「大丈夫。水分が出て量が減るから。」
「へぇ・・・あ、手伝いましょうか?」
「いいの?ありがとう。」
「任せて下さい!まずは・・・。」
「待って。手洗いしなきゃ。」
そう言って触れる手の柔らかさと手触りに、シキ丸は思わず飛び上がった。
女性の手なんて触った事もないからだ。
「?」
「あ、いや、すんません!オレ女性と関わる機会がなかったんで・・・。」
必死に気を取り直そうとするも、彼の脳内はパニック状態だ。
<柔らっけえ!握ったら崩れちまいそうだ・・・。しかも、こんなスベスベで
キレイな手、見た事ねーぞ?オレと頭の手と全然ちげぇじゃねーか!>
「シキ丸・・・固まってるけど・・・?」
「ハッ!だ、大丈夫です!ちょっと考え事してただけなんで。あはは・・・。」
そう言うシキ丸の顔は、火が出そうなくらい真っ赤だった。
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「てな事がありまして・・・。」
「すべすべなのは、種族が違うからっていうのもあると思うけど?」
「そうなんですけど、その、女の匂いというか・・・。」
「えっ。」
「いやっ別に変な意味じゃないですよ?!」
「要するに、女性の生態を観察しようとしたら、初めて見る事だらけで
動揺、平静を保とうとするも保てずに焦った状態で手伝ったから、
魚の頭に刺す物が手の甲に刺さって大惨事というわけか。」
「そうそうそう!さっすがヤドリ!」
その言葉に、ヤドリはため息をつく。右手を真っ赤にして慌てて走ってきた時は
野犬にでも襲われたかと驚いたが、訳を聞いてみれば、魚に降ろすはずの包丁を
自分の手に刺してさぁ大変というだけ。手当をしてくれようとしたアヤメと
赤く染まった包丁をその場において、パニック状態でシスイの部屋に
走ってきたのだ。
「応急処置担当いて良かったね。」
「まじでその通り・・・。」
「で、アヤメは?まさか包丁ぶっ刺さったとかないよね?」
「断じてないです!包丁床に落ちたんで!」
「良かった。ケガさせちゃ悪いと思ってたんだ。」
にっこり笑うシスイの目は、アヤメに向けた優しい目ではなかった。
アヤメへの愛があるのは確かなのだが、どこか狂気を感じる。
それを見たヤドリとシキ丸はサッと廊下へ行き、こう囁きあった。
「まずいな・・・思った以上に惚れてる。少し事が早まりそうだ。」
「なぁ、アレを抑える方法はねぇのかよ?このままじゃあまりにも・・・。」
「まぁ、今回はシスイ様の方が惚れたんだ。少しは違うかもしれない。」
「だといいけどよぉ・・・。」
二人が心配するのも無理はない。シスイには、もう一つの顔があった。
──自身が愛着を持った者を、何人も食い殺してきた残虐な一面である。
シキ丸、アオイ、ヤドリは例外らしく襲われない。本人曰く、
「だって、食べちゃえばずぅっと一緒に入れるでしょ?
死ぬ時までずっとずっと・・・ねぇ?」
そう思う様になった訳は部下たちも知らず、未だ不明。この様子だと明日には
アヤメを襲う。このままでは、アヤメの命は無残に散るだろう。ヤドリとシキ丸は
翌日、ドタバタ騒ぎの謝罪とシスイの一面の説明のため、再び厨房へ
走るのだった。
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一方のアヤメは、朝早く買い出しに行き、手に入れた食材で
朝食の準備をしていた。全く動揺してない様で、シキ丸とヤドリが
深々と頭を下げ謝罪しても気にしないでと笑い、シキ丸のけがの具合を
気にするほどである──二人の心はますます沈んだ。
「そういえば、話って?」
「・・・シスイ様の事で少し。」
ヤドリが、シスイの過去とこれから起こりえる事態を話し終え、再び頭を下げ
こう告げた。
「シスイ様の力は強大。一度暴れると我々でも手に負えません。助けて頂いた
恩を仇で返す事になってしまい、申し訳ありません。どうかお覚悟を。」
アヤメが、片膝をつき下を向くヤドリとシキ丸のそばへ行こうと一歩を
踏み出した時だった。
「ボクも混ぜてよ。」
いきなり目の前にシスイの顔が現れた。天井からぶら下がっている。
どうやら、先ほどの話はすべて聞かれていたようだ。
笑ってはいるが、その瞳が狂気で満ち溢れているのは誰の目から見ても明らか。
ヤドリとシキ丸はこれから起こる事態を想像し、二人から目をそらした。
「まぁ、いつか言うだろうとは思ってたよ。ボク説明下手だから言って
もらった方がいいし。ねぇ、アヤメ?夫婦ってどんな時でもそばに
いるんでしょ?離れないんでしょ?だったらさぁ、もう離れないように
一緒になろうよ。死ぬまでずっとずっと一緒にいよう?
フフッ大丈夫だよ、痛いノは一瞬だカら。ナニモ怖クなイ・・・」
アヤメを見つめるその顔、その体は鱗に覆われ、足は完全に蛇そのものだった。
アヤメの体にシスイが巻き付き、ギリギリと締め上げようとしたその時。
シスイの首に、竹串サイズの針が刺さった。これには部下二人も驚き顔を上げる。
無言で首に刺さったそれを引き抜き、彼は静かに笑って、ぼそりと。
「毒針じゃねぇのかよ・・・折角のいい機会だったのに。」
~~~
ガクンと頭が下がり、シスイはアヤメの肩にもたれる形で眠りについた。
すうすうと寝息を立てるその顔は穏やかで、先程までの狂気は全く感じられない。
その頭を優しくなで、アヤメは部下二人の奥、厨房の入り口の方に向かって
こう言った。
「ありがとうございます。落ち着いてます。」
ヤドリとシキ丸がその方を向くと、とある男性が姿を現した。
どうやら、体を透明にして入口付近に潜んでいたらしい。
背は、ヤドリより少し低いくらいだろうか。切れ長の目にヒスイ色の瞳をした
長髪の人物だ。男性はアヤメに優しく答える。
「そうか、良かった。・・・すまなかったね、怖い思いをさせてしまって。」
「てめぇ!頭に何刺しやがった!」
「おっと、君がシキ丸か。ヤドリから話は聞いてるよ。ただの麻酔針だから
安心して?」
「ヤドリと知り合いだぁ?んな事信じらrぐはっ!」
男性の胸ぐらをつかもうとするシキ丸の腹に、ヤドリが拳を食らわせ黙らせる。
「知り合いなのは本当だ。・・・すいません、先生。」
「いや、いいよ。自己紹介してない私も悪いし。」
男性は、シキ丸の方を向き、こう言った。
「私は夜刀神。シスイの、双子の兄だ。」
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