シスイとアヤメ
第二話です。
数秒後、沈黙を破ったのはシスイの一言だった。
「どうすんの。」
「式の話ですか?そうですね、会場は・・・・」
「違ぇよ。この子。」
シスイがアヤメを抱き寄せ、自らの膝の上に乗せる。
一方のアヤメは少し驚きつつも、男性に抱き寄せられるなんて
何十年ぶりだろうかと、少し昔の事を思い出していた。
──会いたくなった。
「無理して言ってるかもしれないじゃん。そこら辺考え・・・
アヤメ?」
「・・・兄さんの事、思い出してました。」
「兄さん?家族いるの?」
小さく頷くアヤメ。その様子を見たアオイが少々不気味な笑みを浮かべて。
「あぁ、シスイ様が自分から女性を抱き寄せるだなんて・・・よっぽど
気に入られたのですね、アヤメ様の事。肩に手まで置いて・・・。」
「え・・・・えあっ、こっこれはっ!ちがっ!」
シスイはとっさにアヤメの肩から手を放し、左手を顔の前で必死に降る。
そんな彼に構わず、にやにや笑いながらアオイは続ける。
「ふふっ噓をついているのがバレバレですよ。本当は今すぐにでも
アヤメ様を押し倒して、いちゃいちゃして子作ぐへぇっ!」
開きっぱなしのふすまから何かが素早く入って来て、彼の頬をぶん殴った。
汚い悲鳴を発して、アオイは右へ倒れてそのまま気絶。
アオイを見下ろすように立っていたのは、派手なサルのお面をつけた
筋肉質で背の高い男性と、シスイと同じく顔と腕に鱗があり、お面の男より
頭二つ分ほど背の低い金髪の青年である。
「全く・・・やはりこうなったか。」
お面の男性がぼそりと呟く。それに続くように背の低い青年も一言。
「だから俺たちが行くっつったのによぉ・・・。このド変態野郎が。
・・・すんません頭。コイツ今日も絶好調っすわ。」
「ありがとねー、二人共。縛って適当に吊しとけ。」
『はっ!』
シスイに指示された二人は、すぐさまアオイを引きずって
部屋から出て行った。二人の姿が見えなくなったのを確認すると、
アヤメに二人の事を説明してくれた。
「あの二人も、アオイと同じボクの部下なんだ。お面つけてたのが
ヤドリ、背ぇ低い方がシキ丸。」
「・・・そろそろ降りても・・・?」
「あっごめっ・・・。」
~~~
アヤメを膝から降ろし、シスイは布団にもぐってしまった。
髪の毛が少し出ている。なんだかその様子が可愛らしく感じて、
背中のあたりをつんと突いてみる。布団が跳ね上がり、枕の方から
シスイが顔を出した。
「なんか用?やっぱり結婚、嫌?」
「いえ、覚悟は決めてます。
・・・あの、私たち一応夫婦になるんですよね。」
「ふうふって?」
「お嫁さんと旦那さんの関係の事です。」
お嫁さんと旦那さん。アヤメに改めて言われると、やっぱりむずがゆく感じて、
ぽそりとつぶやく。
「・・・そうだね。」
「なんて呼べばいいですか?」
「シスイでいいよ。・・・・敬語じゃなくてもいいし、
むしろ普通に話してほしい・・・。」
「分かりま・・・分かった。よろしく、シスイ。」
アヤメのふわふわした優しい声と柔らかな笑みが重なって、むずがゆさが倍になる。
ああなんで、どうして。さっきまで普通に見つめあっていたのに、見れない。
混乱と動揺で布団の中から出てこなくなったシスイを、アヤメは首をかしげながら
見ていた。丁度そのタイミングでお面の男──ヤドリが部屋の前にやってきた。
「シスイ様。よろしいでしょうか。そのままで構いませんので。」
「ヤドリ・・・。どこら辺に吊るした?」
「裏庭の方です。念のため、シキ丸が見張りをしています。
・・・アヤメ様、急な頼みを快諾して下さり、ありがとうございます。」
ヤドリはそう言って、片膝をつきアヤメに深々と頭を下げた。
真面目な人物のようだ。
「今度あの変た・・・んんっ!アオイが何かした時は、このヤドリか、
シキ丸に申し付けください。」
「金髪の方・・・?」
「どうぞ好きなように覚えてください。所で、このまま婚姻の話を進めても
よろしいでしょうか。」
「うん。」
「そうですか。ではこのまま進めさせて頂きます。何かご要望などあれば、
可能な限りお手伝いをと思うのですが、何かありますでしょうか。」
アヤメは、その質問に目を輝かせた。目を丸くしながら、ヤドリに問う。
「本当に・・・?」
「はい。」
「何かあるなら言っていいよ。」
布団から出たシスイにそう促され、じゃあ・・・と少し考えた後、
アヤメは答えた。
「私、ウスイ山に行きたい。そこに、お母さんと兄さんがいる。」
「ヤドリーボク死ぬかもー。」
シスイがこう言うのには訳がある。アヤメの行きたがっているウスイ山は
一年中雪が降り、雪や寒気を操る妖怪たちが大量にいる。
シスイは妖怪とはいえ所詮爬虫類。寒さにはめっぽう弱いのである。
熱を出したのも、寒さにやられて風邪を引いたからだ。
しかも、今一緒に泊まっているシキ丸も蛇妖怪。
つまり、ウスイ山へ行く事は自殺行為に等しいのだ。
「なるほど。日程はいつ頃がいいでしょうか?」
「3月には行きたい。」
「結構すぐじゃん・・・。」
「シスイ様三ヶ月先です。もう春になってると思います。」
「でも寒いしぃ・・・ボクあそこ嫌い~。」
「・・・寒いなら、シスイを私が抱っこすれば・・・。」
「えっいいn」
「ダメです。」
こんな感じで議論は続き、気づけば昼になっていた。
結果、シスイとアヤメは移動用のかごの中で暖まりながら移動すれば
良いのではということになり、アヤメの希望通り3月ごろに行く事になった。
ちなみに、吊るされているアオイがそのことを知るのは、出発の前日。
荷物はすでにヤドリが準備していたものを持たせ、
かごの中へ入ろうとするのもシキ丸が全力で阻止したのだった。
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