半妖の子
第一章は、前作の
【俺の家、妖怪屋敷~引っ越した家周辺が妖怪だらけだった件~】に
少しだけ出てきた少女、アヤメの過去編みたいな感じです。
その昔、江戸の一角にある古い屋敷に、一人の少女が住んでいた。
名前はアヤメ。彼女の母親は人間ではない。妖怪なのだ。
そのせいか、アヤメの体は18歳の誕生日から年を取っていない。
何十年、何百年たっても、水色の瞳の美しい少女の姿のまま。
それに、彼女の手はいつも、氷水に浸っているかのように冷たいのだ。
特殊な彼女を周りの人間は気味悪がり、寄ってたかっていじめた。
生まれてはいけない子だと罵り、道を通れば水をかけ、嘲笑う。
父親は7歳の時に役人に殺され、追手から逃げるも盗賊に捕まり、
優しい母親と兄とは離れ離れ。何とか逃げ出し、この屋敷に
住んでいた商人の一族に雇ってもらったものの数年もたたないうちに没落、
屋敷にはアヤメ以外誰もいなくなった。もちろん友達なんていない。
彼女は一人で耐え続けるしかなかった。
~~~
冬のある日、アヤメが住む屋敷の前を、四人組の若い旅人が通りかかった。
かさを深くかぶった彼らからは、人を寄せ付けない何かを感じたが、
彼女に気づいたまともそうな細身の青年が、声をかけてきた。
顔立ちはかなり整っており、通りを歩く女性がちらちらと彼を見ている。
「すみません。少しの間、泊めて頂けませんでしょうか?」
何でも、旅の途中で一人が熱を出してしまい、宿を探しているのだが
年の瀬が近い事もあってどこに行っても部屋が空いておらず、
困っているらしい。青年の指さす方を見ると、ぐったりとした一人の旅人に
仲間の二人が肩を貸している。
こんな冬の日に野宿でもしようものなら、熱はたちまち悪化してしまうだろう。
アヤメはすぐさま四人を屋敷の中に招き入れ、
休めるように準備をした。いつも掃除をしているため、屋敷の中は
ホコリ一つない。熱を出している旅人の容体は重く、息をするのも辛そうだ。
アヤメはその旅人を寝室に寝かせ、ほかの三人を座敷に通してお茶を出し、
料理をふるまい、風呂を沸かした。
三人は病気の旅人が気がかりなようで、彼の隣の部屋を彼らの寝室にした。
たまにひそひそ話す声が聞こえたが、アヤメは気にせずもてなした。
病気の旅人は、アヤメのことが気になるようだった。
アヤメが看病をしに部屋に入ると、もぞもぞと動いて
体の向きを変えるくらいだ。アヤメの小さな声での問いかけにも気づいて
頷いてくれたり、熱が上がっていないか確かめるために
手を額にあてると、気持ちいいのか少し表情が和らぐ時もあったりで
アヤメの心は、少しだけ暖かくなった。
3日程たつと、旅人は少しずつ声が出せるようになった。
──テレパシーのような何かで。
晴れた日の朝、氷嚢の氷を変えていると、旅人が話しかけてきた。
換気のために開けた小窓から吹く風が、旅人の少し長い黒髪を揺らす。
「ねぇ。」
「・・・!はい。」
「名前、なんて言うの?」
「アヤメ・・・です。」
旅人に聞かれてそう答えると、旅人はにぃっと笑った。
「アヤメ・・・、ただの人間じゃないよね?」
「・・・母親が妖怪です。」
こうなる日が来ることは分かっていた。
またいじめられるんだ、そう思っていた。この時までは。
「あはは、やっぱり!だからこんなに安心できるんだ。」
「!」
彼の発言に、アヤメは思わず目を見開いた。ただ驚いて──でも、嬉しくて。
その無邪気な笑顔がアヤメの心の氷を優しく溶かしたような気がした。
ああ、もしかしたら、この人なら──。優しく語り掛けるように旅人は続ける。
「人間に色々言われてきたでしょ?可哀想に。
ボクも三人も、人間じゃないから分かるよ。辛いよねぇ。」
そう言って頬に触れる旅人の手は、やけにざらざらしていた。
その手に触れてみると、鱗がある。腕にも──顔にも。
にやりと笑うその目の瞳孔は縦に細く、鈍く赤く光っている。
しかし、アヤメは全く逃げない。
「フフッどうしたの?顔伏せちゃってさ。そうだよねぇ、必死に看病したり
もてなしてたのが、こんな化け物じゃあ何も言え・・・ん?」
旅人は気づいた。アヤメが、彼の手を軽く握りながら泣いている事に。
しかし、どうも怖がっている涙ではなさそうだ。
「・・・おーい。どうしたー?」
「・・・初めて・・・。」
「は?なんて?」
「初めて他人に受け入れてもらえて・・・嬉しくて・・・。」
アヤメの白い肌の上を、涙が伝う。でも、旅人を見るその顔は笑っていた。
紛れもなく、心からの喜びの表情だった。
一方の旅人はただただ困惑していた。
この姿に怖がらない生物を、初めて見たからである。
怖がるどころか、幸せそうに微笑んでいる、この生物が分からない。
──なぜ自分の胸が、こんなにもドキドキしているのかも。
~~~
旅人が固まっていると、アヤメの左側にあるふすまが勢いよく開いた。
二人の視線が、同時にふすまへ注がれる。
「話は聞かせて頂きました。」
そこに正座していたのは、アヤメに声をかけた青年だった。
青年は、きょとんとしているアヤメの方を向き、にっこり笑いながらこう言った。
「私の名はアオイ。今あなたが看病して下さっている、
シスイ様に仕える者の一人です。・・・ああ、ヤマタノオロチ様と
言った方が、早いでしょうか。」
ヤマタノオロチ。その名は知っていた。母親がよく話してくれたのだ。
八つの頭を持つ巨大な蛇の妖怪で、スサノオという神様に倒された事、
しかし、実はそのあと復活している事、圧倒的な強さを持つ事も知っている。
その妖怪の手を、今自分が触っている。
特に恐怖も何も感じなかったが、念のため手を離した。
「・・・母に教えてもらったことがあります。」
「ご存知でしたか。あ、敬語じゃなくていいですよ。気にしませんので。
おや・・・シスイ様?どうかしま・・・・。」
美青年──アオイは、主であるシスイの方へ近づいた。そして気づいた。
顔が今まで見たことないほどに赤くなっている。
大体予想はついた。でもやっぱり本人から聞きたい。
内心ワクワクしながら問いかける。
「シスイ様・・・・何かありましたか?」
「っ!・・・ねぇ、なんか、熱い・・・。」
「熱、上がりました?」
「ちょっと違う・・・。胸のあたりが変なの。」
ニヤニヤしたいのを抑えつつ、アオイはわざと、アヤメにも聞こえるように
最後の質問をした。
「シスイ様、アヤメ様とあなた様はお似合いだと思うのです。
・・・どうでしょう?アヤメ様を妻として迎えて見るというのは。」
「はぁ?!無理でしょ!」
驚くのも無理はない。まだ会って一週間もたっていないのに
結婚なんて考えられるわけもない。ふとアヤメの様子が気になって
振り返ってみる。やはり悩んでいるようだ。
「ほら、アヤメも悩ん」
「分かった。・・・ここから逃げられるなら、なんでもする。」
その答えに、その真剣な眼差しに、今度はアオイも固まる事になるのだった。
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