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第10話 グロリアの本当の生まれは

まったく初めて聞く話。そして、余りに衝撃的過ぎて、私は呆然とするだけだった。


だが、その時、誰かの気配が近付いて来た。


「君は誰だ」


父の声だった。


気がつくと、ジョンの後ろには父がいた。


急に声をかけられて、ジョンはびっくりしたらいしい。


ジョンに比べると、服は同じようでも、父は全く違っていた。


父はどう見ても貴族だった。


「今の話だが、誰から聞いた?」


ジョンはいきなりヘコヘコし出した。口元には愛想笑いが浮かんでいる。


「これはこれは、ダラム伯爵様。はじめてお目にかかります。スタンレー商会のジョンと申します。内密でしたよね。ご養女様の出自の話」


「内密といえば内密かもしれないが……私も知らなかったのでね」


え? と言う顔にジョンはなった。


「先日、手紙をもらったんだよ」


「手紙……ですか?」


「そう。君の話と完全に符合するよ。今の話、誰から聞いたんだい?」


「そりゃあ……グロリア様です」


「グロリアは誰から聞いたんだろうな?」


「お母様からでしょう。そう言ってらっしゃいました」


「そうか」



私は怖くて、お腹が締め付けられるようだった。


私、お父様とお母様の子どもじゃないの?


アーノルド様が耳元で囁いた。


「僕は知っているよ。君が生まれた時の話。母から何回も聞いた。結構な難産でシャーロットのことが心配だったって。それから、みんなでお祝いの披露パーティをしたって。ギブソン伯父夫妻も祝いに駆けつけて、それから、家には小さい頃からの肖像画もたくさんあるでしょ? 何よりあなたはお父様と、お母様の肖像画とそっくりでしょ? グロリアは全然似ていないけど」


私はドキドキしてしまって、動くことも、言葉を発することもできなかった。何が何だか分からない。



「ジョン君。今の話、全部、グロリアのことなんだよ」


父が苦々しげに言った。


「え?」


「本来、出入りの商人の君なんかに言う話じゃないけどね。グロリアが面白がって、あちこちでその話をしているらしいから、もう手遅れだろう。みんなが知っている話だろうと思うよ」


遠くの方で、グロリアが大声で笑っているのが聞こえた。


切れ切れに微かに聞こえてくる。


「お姉様は、伯爵家の子どもじゃないの。わかるでしょ? 無理して貴族の真似をするから、陰気臭くてやりきれないわ。貧民臭がするわ」


私とアーノルド様は呆然とした。


「夜会などには行くなと言ったのに。無視して出歩く。自分の恥だと言うのに」


父は苦り切っていた。


「あの子も、もう少し賢くて、思いやりがあれば、どうにかなったものを。血の繋がりがどうあれ、もしアマリアと仲良くしていれば、助かる方法もあったろうに」


父が、私たちの方を向いた。


「グロリアは私が連れて帰る。アーノルド殿」


黒髪と灰色の目の青年が、キリッとなって父の顔を見た。


「今晩は、アマリアを任せるよ。アマリアが君をイヤだと言ったら、あるいは、君がアマリアを嫌いだったら、婚約はなかったことにしよう」


アーノルド様が父に向かって言いだした。


「私は婚約を望んでおります……」


父は軽くうなずいた。だが、まずはスタンレー商会、ジョンへの話が先だったらしい。


「それから、ジョン君とやら」


父は下卑た顔の男に向かって言った。ジョンは本気で驚いた顔をしていた。


「うちの大事な娘のことを、ずいぶんと悪様(あしざま)に言ったな」


「いえ、それはあの……」


「軽率な口の利き方は商人向きではない。グロリアのような人間がどんな人間なのか、見抜けないようでは、商人は務まるまい。スタンレー商会には私から苦情を入れておく」


「だ、旦那様、俺……いや、私は騙されたのです。ご令嬢……いや、グロリア様の話を疑う理由がない。商会のことは別の話でしょう」


「それを言うなら、私も騙された。お前と一緒だ。そして、女性を軽視するお前の馬鹿げた発言には腹が立ったよ。お飾りの妻とはどう言うつもりだ。この話が広まったら、お前は金目当ての女としか結婚できないだろうな」


父はそう言ってから付け加えた。


「だがそれで、都合がよさそうだな。お前は、きっとお互いを思い合って大事にするだなんてこと、馬鹿馬鹿しくてできないんだろう」



アーノルド様と私は、華やかなパーティで、血も凍る思いをしていた。


見ていると、父は本当にグロリアを連れて家に帰ってしまった。


一緒にその様子を目を飛び出させんばかりにして見ていたジョンは、グロリアがバーガンディ伯爵家の扉を出て行ってしまってから、ゆっくりと私たちに視線を戻した。



「君は、僕の婚約者にずいぶんなことを言ったね」


アーノルド様は、静かな声でジョンに告げた。


「ダラム伯爵の言う通りだと思う。君には、僕がこの人を大事に思っていることがきっと伝わらないんだと思う。だから、どんなに、君の失礼さや僕がどれほど嫌な思いをしたのか説明しても、分からないんじゃないかな」


「これは、平に申し訳ございませんでした。でも、誤解ですよ、若様」


「若様というのはやめてもらえないかな。気に(さわ)る」


「それは……」


「誤解だろうとそうじゃなかろうと、君の発言はとても失礼だ。お飾りの妻だなんて人を馬鹿にしている」


ジョンは気に障ったらしかった。


「皆さんでバカバカっておっしゃいますがね、ちっとも馬鹿なんかじゃございませんよ。お飾りの妻で喜ぶ人間が大勢いるんですからね」


「君が意見を変えないのはわかっているよ。だから、僕は僕の方法で怒りを伝えるだけだ。君の価値観を披露して歩くさ」


ジョンは心配になったらしかった。理由がわからないながら、アーノルドが怒っていると感じたらしい。有力貴族を敵に回したくないと思ったのだろう。


「ねえ、それって、私の悪口を言って歩くってことじゃないでしょうね。私はただ騙されただけなんですから」


「グロリアに責任転嫁するな。さっきのアマリアに対する口の利き方はなんだ。伯爵家の娘が、スタンレー商会のお飾りの妻になって嬉しがるそうだな。お前がそう言ったと聞いたら、社交界の貴婦人たちはなんて思うだろうな。侮辱だとか、スタンレー商会ごときが、何を偉そうにと思うんじゃないかな」


ジョンは青くなった。


「誤解ですよ、養女だって聞いたから、ご提案しましただけで」


「言った言葉に責任を持つんだな。どうしてアマリアが礼儀作法がなってなくて、グロリアが伯爵令嬢らしく見えるのだ。リンカン家としては、スタンレー商会と取引を遠慮するだけだ」


「え? 旦那様、そりゃひどくないですか? そんなことくらいで」


「どこがひどいんだい? 夫婦で愛し合い支え合って暮らすより、

(ここで、ジョンは薄ら笑いを浮かべた。アーノルドを小馬鹿にしているかのようだった)

お飾りの妻を喜ぶ女性が多いのなら、その人たちはスタンレー商会が大好きになると思う。君の理屈で行くと、広告になるから感謝してもらいたい」


「男が妻をどう扱おうと自由じゃないですか? 世の中、そんな上出来な夫婦ばかりじゃないですよ。ご存じないとは思いますがね」


私は身震いした。思わず言ってしまった。


「私、アーノルド様の婚約者で幸せですわ。あなたはクズです」

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