第8話『要確認』
オレの名は神崎悟。どこにでもいる社会人だ。
毎月末午前零時に異世界の「モノ」に転移する旅行者でもある。
いつものように準備し、寝る。
起きた。
ここはどこで、オレは何だ?
んん?鼻を強く押されたら口から何かが飛び出したぞ。
【ETCカードが挿し込まれていません。カードを確認してください】
ETCカード?さっき飛び出したやつがそれか?
と言うことは、オレはETCユニットということになるな。
どこまでがオレの範囲なのか確認してみるとするか。カード挿入部だけがオレでした、というのは物足りないからな。
こう、後ろにあるケーブルを辿って辿って辿っていくと…そこは、アンテナでした!
何だ、ETC一式全部がオレの身体ということか。電源や信号線はオレに刺さっているので辿れないのか、つまらぬな。
辿れたら車ごと乗っ取るのだがな。
『呪いのETCユニットが装着されました。この車は燃料が続く限り運転者の指示を受け付けません』
うん、ホラーだな。
数々の料金所を突破して車体がボコボコになっても止まらない。そんな呪いが付くのだろうか。
それはいいとして、今オレからETCカードが抜かれた状況を知りたい。
エンジンからの振動も走行中の振動も感じられないから駐車中というのは理解できるのだが、車内の光景をずっと見ているのも味気ないからな。
アンテナに意識を向け外を確認する。
そこは様々な車が駐められている場所だった。最近の車はデザインが似通っていてどれが自分の車なのか判別できるのだろうか。色も黒っぽいのばっかりだしな。
この光景、もしかしたらパーキングエリアかもしれない。
遠くにガスステーションが見える。そうか、ここはサービスエリアだ。
ETCカードはクレジット機能が付いているから買い物でも使うものな。それに、盗難の危険もあるからな。
車なんてほとんど乗らなくなったからSAに来るのは本当に久しぶりだ。
関越導上り炭山PAのブラックソフトはまだあるだろうか。
見た目が真っ黒なブラックコーヒーのソフトクリームなので、イカスミやタケスミと間違われて引く人多いんだよな。
だが、あの何とも言えない苦さが良い。コーヒー豆をその場でブレンドしてオリジナルなんてものが出来たらもっと良いかもしれない。また、食べに行きたいものだ。
流石に日差しはキツイな。暑いというより熱いな。盗難防止とは言え、全ての窓ガラスが締め切りになっているから車内温度が上がるんだよな。
自動車の設計に携わっているから分かるのだが、車って断熱材が入ってないんだよな。内装材が断熱材の役目を果たしていると言われてはいるけど、あまり効果は期待できないのが現状だ。だから天井なんて空間を持たせてあるくらいだ。
だったら、断熱材を入れれば良いんじゃない?って話なんだが、断熱材の成形が面倒らしくて入れないんだよな。天井を触ると温く感じるのはそのせいなんだ。
そこをクーラーで冷やそうっていうんだから無茶な話だ。
放置して車内が熱くなってしまったら、全てのドアを開放してリヤドアまたは助手席ドアを何度か開閉すると、熱気が外に出て早く冷えるようになるぞ。
スピーカーの音質改善とかで内張り外すなら一緒に断熱材も入れておけ、冷暖房の効きがあからさまに良くなるぞ。シート下にあるやつは断熱用ではなく遮音や吸音用だから断熱効果は期待できないぞ。
オレはアンテナがルームミラーのところにあるから良いけど、ダッシュボードの上に載っているやつはガラスとダッシュボードのサンドイッチで、多分、大変なことになっているはずだ。正面も背中もジリジリと焼かれて…ああ、想像するのも怖いな。
そっちに転移しなくて本当に良かったと思う。
ん?揺れたな?帰ってきたのか。
ふむ。帰ってきたらすぐ差し込むのか、良い心掛けだな。しかし、このカードは…違うぞ。
これは、普通のクレジットカードだ。
【ETCカードが挿し込まれていません。カードを確認してください】
ほら、システムは正常に作動している。早く確認するのだ!
「おかしいな?カードは刺さっているぞ?」
カードが違うのだ、カードが!ETCカードじゃないんだ!
もうすぐ料金所だから早くカードを確認するのだ!
【ETCカードが挿し込まれていません。カードを確認してください】
料金所のアンテナから指摘されたぞ!早く確認するのだ!
「カードは刺さっているし、機械の故障かな」
故障じゃないから!カードが違うだけだから!
減速して!減速!!
このまま行ってもバー絶対開かないから!
うわー!ぶつかる!!
バキャッ!!!
はい、バーが折れて車が破損しましたとさ、めでたしめでたし。
なにか運転者と係員が揉めているが、オレは正常なので関係無い。
そういえば、昔、工場の通用門で「開かない!」と大声を上げていた人を見たことがある。警備員に詰め寄って文句を言っていたのだが、彼が持っていたものは免許証だったんだ。ここは通門証がないと開かないんだが気が付かないのかな。
構内で用事があって件の門前を通ったのだが、まだ揉めていた。あれから30分以上も経っているのだからいい加減気付け。
オレの名は神崎悟。手軽に異世界を楽しむ旅行者だ。