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第6話『素体』

オレの名は神崎悟。どこにでもいる社会人だ。

毎月末、午前零時に異世界に出掛ける旅行者でもある。

今回も物かも知れない。期待するのは止めた。


 いつものように寝て、起きる。

 ここはどこだ?私は何だ?


 薄暗い場所だ。だが、真っ暗ではない。

 自分が足元から照らされているような、そんな明るさだ。

 身体に水がまとわりつく感覚がある。水の中にいるようだ。

 足元も接地している感覚が無い。浮いているのだろうか。

 身体が動かせない。呼吸もしなくて良いようだ。

 はあ、今回も物か。

 だが、水の中にあるものってなんだ?

 スポンジかな?

 水草かな?

 紙くずかな?

 水中を漂うゴミかもしれない。

 スライムってことは無いな。多分、沈んでいると思うから。


 んん?なんだ?人が…いる…のか?

 白衣を着た人間らしきものが3つ、オレの足元にいる。

 オレを下からガラス越しに覗き込んでいるような、そんなやつらだ。

「おお!成功だ!」

「我々は成功したんだ!」

「これで我々は救われる!」

「人類の宝が復活する!」

 何をそんなに嬉々としているんだ?

 人類の宝とは何だ?

 泣きながら抱き合っている?何だ?何が起こっている?


「娘よ、私を許してください」

 んん?お前は何を言っているんだ?

 さっきの連中とは言っていることが違うぞ。

 なぜ、オレに謝るんだ?

 ん?娘?

 オレは人間なのか?

 そうか!オレは物ではなく人間なのか!

 苦節5回目でとうとう人間になったのか!

 だが、水の中では身動きができぬオレは物と変わらないじゃないか。ここから出してくれ!


「あはは!この子すっごい美人さんですね!」

「ああ。なんて美少女なんだ!興奮してしまう!」

「お前たち、この娘を性的な目で見るのは止めなさい」

「ふ。大丈夫ですよ教授。少女といっても人間じゃないんですよ?こんなモノに性的欲求なんて」

「そうですよ。いくらかわいいと言ったって、人間じゃないんですから」

 こいつら嘘がバレバレだ。

 股間のそれは何だ?身体は正直なものだな。

 教授と呼ばれたものが侮蔑した目で見ているぞ。


「教授、ちょっといいですか?」

「何か?」

「隣の研究室でやっている件なのですが、見て頂きたいものがありまして」

「分かりました。今行きます」

 この教授と呼ばれたものがいなくなると残された連中が変貌した。

 まあ、正体を現したという感じだな。

 ガラス越しにオレをジロジロと見始めたんだ。

 こう、身体中を舐め回すように見られるというのは怖気が立つな。

 気色が悪いったら無いな。

「お前たち!!何をやっている!?」

 これは教授と呼ばれたものの声だ。怒りを露わにしているな。

「あ、教授。お早いお帰りで」

「はは、教授だめですわ。こんな美少女を前にして理性が保ちません」

「今すぐ、ここから出て行け!!」

「はいはい、分かりましたよ」

「ちっ。教授じゃなけりゃボコボコにしてやったのに」

「ほら!さっさと行かないか!!」

 あらら、これは相当怒っているな。

 まあ、そうだよな。自分の作品を汚されたようなものだからな。

「申し訳ない。お前を作ったばかりに、こうなるとは分かっていたのに、本当に申し訳ない」

 その気持ち、分かるな。オレも利益のために顧客を騙さなきゃいけないことがある。やってはいけないことと分かっていても上司や会社の命令には逆らえない。辛い立場だよな。


 遠くで人間が騒いでいる音が聞こえる。

 何だ?何が始まっている?

 しかも、音が近づいてくるぞ。

「何だ!お前たちは!?」

「ぎゃっ」

「うおっ」

 銃を持った軍服姿の人間がオレの前に現れた。

「やはり、こうなりましたか」

「サリオン様…」

「薄々こうなるだろうことは予測していました。ヒトミミの業は深いですからね」

 ん?もう一人軍服姿のものが来たぞ?

「提督!」

「陛下もしくは私に忠誠を誓わないものは皆殺しにしてください」

「ここは我が国のコピーです。技術者はいなくても問題ありません」

「承知!」

 ああ、指示を受けに来た訳ね。

「さて、あなたはどうしますか?」

「私はサリオン様に忠誠を誓います」

「よろしいのですか?陛下ではなく、私で?」

「あんな風にこき使われるんですよ?」

「はい、構いません。宜しくお願い致します」

「分かりました。では今からローランドと名乗ってください」

「承知いたしました」

「さて、このものは我々が引き取ります」

「なにか憑依しているような感じはしますが、恐らく外の者でしょう。問題ありません」

 何だと!?ひと目見てオレが中にいることを見抜いたというのか!?

 何者だ?


「世界規模でウイルスが蔓延し、絶滅してしまった生物を遺伝子工学で復活させたいというのは理解できます。しかし、何故、人間の少女の姿にしなければならないのか。しかも、ひと目で人間ではないという差別的な姿に。これではまるで…」

「いや、このものに罪はありません。全てはヒトミミのエゴです」

「申し訳ございません」

「このものは教育も洗脳も行われていないのですね」

「はい」

「ならば良いです。他の者に害される前に確保できたことを喜びましょう」

 彼らは何を言っているんだ?オレには理解できない。


「では、あなたは少し眠っていてください」

 オレか?

「ローランド」

「お任せください」

 オレは意識が飛んだ。

 眠るなんてものじゃない。飛んだんだ。

 これで旅が終わるのかと思ってしまった。

 だが、違った。

 こう、なんていうのかな。何も無い空間に意識だけがあるっていう感じだ。

 虚空とか虚無とは違うんだ。


「あなたのようなものを我が国では来訪者と呼んでいます」

 不意に声が聞こえた。

 これは…、サリオンと呼ばれたものの声だ。

「はい、私はサリオンという名前です」

 何?聞こえているのか?

「ええ、貴方の声、はっきり聞こえていますよ」

 そんなバカな。オレは声など出していないぞ。

「んー。聞こえるというのは心の声や考えというものです」

「私はちょっと特殊なので、そういった声が聞こえるんですよ」

 なぜオレに話し掛けた?

「なんとなく、と言うか気紛れです」

「質問があれば答えますよ?状況とか知りたいでしょ?」

 オレは何者なんだ?

「器が何者か?というのであれば、馬の耳と尻尾を持った人間に近い人造生命体です」

 人造生命体?

「はい。人間と馬と獣人の遺伝子をかけ合わせた生物です」

 ウマ娘!?

「そちらの世界ではそう呼ばれているのかもしれんが、この世界ではまだ名前が付けられていません」

 オレは殺されるのか?

「殺すなんてことはしません。貴方も器の女性も」

「第一、器の女性…うん、まあ、そうですね、彼女は我々の技術で作られた生命ですから、我々の娘となります」

「そのようなものを無下に扱うことはできません」

「ヒトミミに作られたとは言え、一個の生命として存在していますから」

 ヒトミミとは何だ?

「ヒトミミとは貴方の世界で言うところの人間に相当します」

「ただ、我々獣人から見ればヒトの耳を持っているので、区別して呼んでいます」

 獣人とは何だ?

「獣人というのは、ヒト型とケモノ型に姿を変えることが出来る者を指します」

「この世界では猫・犬・熊といった四つ足動物がベースとなっている者が主にいます」

「但し、半分人間・半分獣といった合成種は存在しません」

 ケンタウロスが存在しないのか。

「神獣とかファンタジーといった物語では登場しますが実際には存在できません」

「今回のように人造が出来たとしても処分されます」

 なぜだ?さっきは人造であっても活かすというようなことを言っていたのに。

「種族として残すことが出来ないためです」

「種族として確立させるためには同種のつがいが必要になります」

「ただ一つの個体では駄目なのです」

 では、彼女は種族として確立されている、ということなのか?

「そうです」

 なぜだ!?

「それは、………彼女の相手はヒトミミとなります」

 なに?

「彼女には生殖器官があり、ヒトミミと交わることで子孫を増やせます」

 それは、彼女の意志なのか?人権に反するものではないのか?

「彼女には人権がありません。現在はモノという扱いになっています」

「貴方は施設で白衣の者たちを見ていると思います。」

「彼らは貴方を見てどういった行動を取っていましたか?」

「友好的な態度を取っていましたか?」

「蔑んだ目で見ていたのではありませんか?」

 うん。そう言われてみれば性的感情を露わにしていたな。

「恐らく、犯したいという感情が発現したのだと推測できます」

 な!?

「彼女を量産することが出来たならば、ヒトミミは恐らく人権を与えることは無いでしょう」

「ヒトミミは彼女を同じ人間とは見ていませんから、自分たちに都合の良いように洗脳するはずです」

 そんなことがあってたまるか!

「だから、我々は彼女を救ったのです」

「他に質問はありますか?」

 人類の宝とは何だ?

「競馬のことです」

「ヒトミミの間ではポピュラーな賭け事の一つです」

「ですが、競馬に使用される競走馬が馬ウイルスによって絶滅してしまったため、現在は出来なくなっています」

 馬ウイルス?

「はい。馬ウイルスは馬インフルエンザの対策として研究されていたウイルスの一つですが、研究所の火災により外部に流出し、全世界に瞬く間に拡大しました」

「対策が取れないまま、競走馬を含む全ての馬が感染し死亡しました」

「但し、亜種と呼ばれる変異種が在命していることが分かったのですが、馬と呼べる代物ではありませんでした」

「なぜなら、種として必要な生殖器官が無かったためです」

 生殖器官が無い?

「はい。クローンでしか増やすことが出来ません」

「最近分かったことなのですが、馬ウイルスは生殖器官と同化することで、その機能を奪うことが判明しました」

 絶滅した経緯というのは分かっているのか?

「はい。生殖器官に感染したウイルスはホルモンの分泌を阻害し宿主を短命にさせました」

「生殖機能が無くなるため子孫を増やすことが出来ず絶滅に至りました」

「馬ウイルスの発見から5年で宿主である馬が全滅しました」

 たった5年でか。

「はい。だからヒトミミは競馬の復活を強く望みました」

「ですが、なぜか人間の形で作ることを選んだのです」

「その理由は検討済みですが、言葉にしたくはありません」

 話は変わるが、サリオンさんが来なかったらどうなっていたと思う?

「彼女は様々な実験を経て使い物にならないと判断されたら、洗脳を施した上で娼館に売られていたでしょう」

 やっぱり、そうなるのか。

「はい。ヒトミミのやることですから」

「貴方は気付いているか分かりませんが、彼女は自我を持っていません」

「厳密的には人間というカテゴリーでは無いのです」

「だから最期はモノとして扱われてしまうのでしょう」

 そうか、だから動けなかったのか。

「迎えの船が到着したようです。話は以上となります」

 ありがとうございました。


 オレはまた独りになった。

 ふと考える。

 オレがいた世界では遺伝子操作で植物や動物を改良して食べ物が良くなった。

 あれが人間にも適用されるとしたら、もうアニメの世界だ。

 都合の良いようにコーディネートが出来るようになれば、確かに世界は良くなるかも知れない。

 でも、邪な目的で作られたら、作られた人間はどう思うのだろうか。

 今と同じで自我が希薄なものになるのだろうか。


今回の旅は人間の尊厳というものを考えさせられるものだった。


オレの名は神崎悟。手軽に異世界を楽しむ旅行者だ。

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