第4話『生き様』
オレの名は神崎悟。どこにでもいる社会人だ。
毎月末、午前零時に異世界に出掛ける旅行者でもある。
前回は現実味を帯びていてつまらなかった。
今回の旅は期待したい。
いつものように寝る。
起きた。
ここはどこだ?
どうやら部屋の中にいるようだ。
ふむ。今回は人間だな。いや、待て。人間だと思ったら物でした、なんてことも有り得る。
確かそんなようなタイトルの作品があったはずだ。そうだ、「転生したら盾でした」だ。
あれと同じかも知れぬ。油断は出来ない。
「うう~ん」
んん?どこからか声が聞こえる。オレの声じゃないぞ?何だこの妙に甘い声は?
だが、動けぬ。また、物か…。仕方が無い。
ん?なんだ?揺れてる?地震か!?
うおっ!?落ちるぅ~!
はあ、下が布団で助かった。
「おはよう、ペンちゃん」
ペンちゃん?オレのことか?
「もう、駄目じゃない落ちてきて、いけない子」
は?
うっは。ちょっと待て。ドストライクなんだが!
うわ!こ、こここここれが寝起きの女の子ってやつか!?旅行会社の人達ありがとお!
「あらあら、なーに?赤くなっちゃって、かわいい子」
ぐはっ!女から可愛いなんて言われたこと無いぞ!
オレ今どうなってる!?まさか、火だるまになってないよな?
いやいや、火だるまは無いだろ?火事になるからな。
う、うわ、これが女の子の手か!撫でられると気持ち良いんだな。
「あら、何ここちょっと汚れているわね」
え?ちょっとそれ止めて?それシンナーだからっ!溶けるからっ!
除光液はシンナーなんだよぅ。拭くならアルコールにして!
「あらら、艶が無くなっちゃった」
ほら、言わんこっちゃない。
え?筆持ってきて何するんだ?
「大丈夫!私はこう見えてネイルアーティストなんだから!こんなもの、余裕、余裕」
ベタベタベタベタ
あの、筆跡が残っているのだが、いいのか?
「う~ん、なんかちょっと違う」
まあ、筆跡残っていればそうなるな。
「これは、あれね!素材が悪いせいよ!」
おい!お前の技術が無いせいだよっ。
「気に入ってたんだけどな、ポイね、ポイッ」
いや、お前もうちょっと大事に扱え…、うわっ。
ハッ、ここはゴミ箱の中か?
「あ~あ、また彼氏にねだって買ってもらおうっと」
う~ん。女は怖い。見かけで判断するものではないな。
しかし、オレは何だ?
ぬいぐるみというのは予想できるのだが…。ペンちゃん…か。ペンギンのぬいぐるみなんだろうな。
「おう、どうした?」
なんだ?声が聞こえる。女ではなく男の野太い声だ。
「お前、捨てられたのか?」
誰だ?
「おれおれ、ゴミ箱だぜ」
は?ゴミ箱?ってことは、オレが今いるここがそうか?
「お前、ずいぶん気に入られていたみたいだが、あの女は下手くそだからな、お前みたいなやつたくさん見てきたぜ」
そうなのか?
「ああ。お前、さっき棚から落ちたろ?」
そうなのか?
「ああ。見てたから分かるぜ」
「あれな、あの女に蹴られたんだぜ」
え?地震じゃないのか?
「はは。違う違う」
「あの女、結構、寝相が悪くてあちこちの家具が傷だらけだぜ」
「ここ賃貸なんだが、大丈夫かって話だぜ」
「まあ、そこからは見えないんだがな」
そうなのか?
「この間なんて、目覚まし時計がかかと落とし食らって粉砕していたぜ」
「即死だったな」
「あーまたやっちゃったあ、とか言って俺の中に放り込むのはホント止めて欲しいぜ」
「おれは可燃物用なんだぜ?時計は燃えないゴミだぜ!」
気にするの、そこ…。
「これって大事なことだぜ?」
「可燃物の日に燃えないゴミなんて出してみろ、周囲から白い目で見られて引っ越す羽目になるぜ」
実際あったのか?
「ああ。いつだったか忘れたが、ゴミ出しに行った後、袋持って帰ってきたぜ」
「可燃物に燃えないゴミが入ってたって、こっぴどく叱られたって言ってたぜ」
「そしたらな?私のじゃないもんっと言ったんだぜ?」
「お前じゃなきゃ誰がやるんだぜ?」
「粉々になった時計なんて、普通無いぜ」
このゴミ箱は色々なことを話してくれた。
寝相が悪くて彼氏を蹴飛ばして振られたとか、米を洗剤で洗って炊飯器が泡だらけになったとか。
圧巻だったのは、爪に色塗った後タバコに火を点けたら爪が燃えたとか。
とにかく、事細かくだ。
もしかしたら、転生者だったのかも知れぬ。
オレの名は神崎悟。手軽に異世界を巡る旅行者だ。