第3話『待遇』
オレの名は神崎悟。どこにでもいる社会人だ。
毎月末、午前零時に異世界に出掛ける旅行者でもある。
今回の旅は面白いものではなかった。
順を追って説明したいと思う。
いつものように寝て、起きるとそこは騒々しい場所だった。
いつものように周囲を見回すと、自分が何者で、ここがどこなのか、すぐに分かってしまった。
そう、居酒屋なんだ。そして、オレは箸立てに刺さっている割り箸だった。
また、物だよ。しかも、割り箸。
もうどうしろって言うのさ?人間観察でもしてろって言うのか?
仕方が無いから人間観察してたさ。
箸立ての中で暴れたらホラーだからな、大人しくしていたさ。
そんな所に社会人ニ人組が来た訳よ。ネクタイしてたし、スーツの上着を片手に持ってたからピンときたね。
うん。喋れたら「お疲れさま」って言いたかったね。
まあ、入った居酒屋で見ず知らずのやつからいきなり「お疲れさま」コールなんてされたら、流石に度肝を抜かれるかも知れんがな。
んで、そういう所に限って、次入ってきた客が社会人風では無かったら何もしないんだよな。さっき面食らった客がおずおずと一人だけで「おつかれ」なんて言うものだから、逆に目立っちまってめっさ恥ずかしい思いをして、次から来なくなるんだよな。
その取り残された感、分かるよ。一人だけ浮くって辛いよな。だから、しないんだよな。
「おつかれさま」コールあったら面白いのになって、一人で納得してた。
それで、オレの前に座った二人が定番のように愚痴を始めるのさ。
まあ、定番だな。一人が愚痴って一人が聞き役な訳。
居酒屋は二人以上で来ないといかん。一人で飲むときは飲むというより食うだものな。居酒屋は酒を提供するところであって、食を提供するところではないからな。
その二人の話に耳を傾けると(耳あるのか?)何やら評価が気に入らないって話をしていたんだ。話の内容を覚えている限り書きたいと思う。
「先輩、聞いてくださいよ」
「うん」
「今日ね、自己啓発の話があったんですよ」
「うん」
「自己啓発って、自分で頑張って知識を得ることじゃないですか」
「うん、そうだな」
「だから、資格を取ってきたんですよ」
「ほう。どんな資格を取ったのかな」
「乙四です。危険物の」
「へえ」
「そしたら課長に言われたんですよ。評価に値しないって」
「そうか」
「ひどくありませんか?俺ちゃんと頑張ったのに」
「まあ、そうだな」
「でもな」
「何です?」
「それ、お前に…。いや、職場に必要なものかな?」
「え?どういうことですか?」
「会社の言う自己啓発というのは、職場の能力向上が目的なんだ」
「だから、職場に関係のない資格を取っても無駄なんだ」
「えー!だったら最初からそう言ってくれればいいのに」
「社会人なんだからそのくらい知ってて当然というのが会社側の言い分だ」
「おれたちの給料はどうやって支払われているか考えたことはないか?」
「ありません」
「そうか。じゃあ説明するが、いいか?」
「はい、お願いします」
「うちで扱っている商品が売れて、そこから経費やら何やらを除いた金が、給料の原資になる」
「はい」
「その原資を分配しているのが、おれたちの給料になる」
「そうですね」
「じゃあ、どうやったら給料が上がるか分かるか?」
「仕事をすれば上がります」
「違うな」
「え!?違うんですか?」
「原資が無ければ給料は出ない。つまり、商品がもっと売れなければ原資が増えない」
「そうか、そういうことだったんですね」
「理解できたか?」
「はいっ」
「俺も何かおかしいなとは思ってたんです」
「ほら、最近、新しく派遣できた四隅さんって人が資格も無いのに評価が高いんです」
「ああ、あの提案をいっぱい出して業務改革をしている人だね」
「そうです。提案の中身を見ると何でこんなものが、というのがあるんです」
「例えば?」
「議事録を見やすくする方法です」
「うん」
「議事録って、会議の内容を書けばいいだけじゃないですか」
「そうだね」
「それを時系列にまとめるとか面倒くさいことが書かれていたんです」
「うん」
「その提案を他部署が試しにやってみたら評価が爆上がりでした」
「あー、あれね。手順書とかの資料作成が楽になったよね」
「そうなんです。だから、自己啓発って何なのか分からなくなってしまったんです」
「自己啓発というのは、会社のためになることを率先してやると考えれば、そんなに難しいことではないんだよ」
「ただね、評価する側が楽するために資格取得を推しているんだ」
「それって、どういうことですか?」
「資格の取得は目で見て分かるからね」
「あー、そういうことですか」
「噂をすればなんとやらだ」
「え?」
「四隅さん、おつかれ!」
「あ、お疲れ様です。」
「おつかれ様です」
「今日はどうしたの?珍しいね、君が外で飲むなんて」
「来るよう呼ばれました」
「あー、そうなんだ」
「おーい、四隅君!こっちこっち」
「あ、課長!申し訳ございません。すぐに向かいます」
「では、呼ばれましたので、これにて失礼させて頂きます」
「先輩、四隅さんって居酒屋とかで飲まないんですか?」
「ああ。彼は派遣だろ?給料安いから外で飲まないんだと言ってたんだ」
「はあ、そうなんですね」
「彼は会社に貢献している割には給料がおれ達より低いんだ」
「正社員のおれ達は売り上げが増えれば昇給の見込みがあるが、彼は契約書で固定されているから上がらないらしいんだ」
「あんなに頑張っているのに、ですか?」
「そうだ」
「だからこうやって飲みに呼ばれて誤魔化されているんだろうな」
「有能な派遣社員を安価で使い、その能力の上にただ乗っかっているだけのおれ達の方が高いなんて、なんか理不尽を感じるよな」
「世知辛い世の中なんですね」
「ああ」
あの派遣と呼ばれた男、もしかしたら接待感覚なのかも知れん。
彼にとっては自由な時間を奪われているようなものだからな。
オレにも派遣社員の友人が一人いたんだが、前職が倒産しているからコンプライアンスに引っかからないと言って様々なアイデアと提案をよくしていたもんだ。だが、異動先でその能力が仇になって退職に追い込まれたって本人が言ってたっけ。彼は今どうしているだろうか。
オレの名は神崎悟。手軽に異世界を旅する旅行者だ。