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第2話『継続』

オレの名は神崎悟。どこにでもいる社会人だ。

毎月末、午前零時に異世界に出掛ける旅行者でもある。


今夜はその初回だ。

何になるのかドキドキしている。こんな感情は久しく無かった。

寝る。


 起きた。

 ここはどこだ?

 暗い。何も見えない。身動きが取れない。ステータスオープン!声が出ない。表示も出ない。

 仕方がない、自分を確認する。

 何かに縛られているように感じる。手足の感覚は無い。呼吸もしなくて良いようだ。

 周囲に気を飛ばす。狭い空間。まるで箱に入っているようだ。

 そうか、オレは物になったのだな…。いや、しかし、スライムという線も捨て難い。なろう小説にはスライムが旅する作品もあったからな。


 明るくなった。どこからかチャイムが聞こえる。

 この音楽は…、そうか!デパートの店内放送だ!ということは、オレは売り場に並べられた商品なのか。

 確かに周囲を見回してみると陳列ケースの中にいるようだ。しかも段々になっていてオレがよく見えるようになっているらしい。

 おや?オレの前に女性店員と紳士と思しき男性が立っている。

 このスラックスはアレだ。オーダーメードスーツってやつだ。高くて手が出せなくて諦めたやつだ。ということは、どこかのお偉いさんかも知れぬ。

 うん?何かを探しているのか?女性店員がオレを手に持ち何やら説明を始めたぞ。

 ほお。オレは名のある工房で作られた万年筆なのか。そうか、そういうことだったのか。身体の中が何か空っぽのような気がしていたのは。確かにインクが入ってなければ書けないからな。

 おお!この紳士はオレを買ってくれるのか、ありがたい。世話になる。よろしく頼む。

 ふむ、ラッピングされるのか。ということは、贈り物になるのだな。

 オレは異世界人?(旅行中)だからな、チートなスキルがあるはずだ。オレの持ち主には幸運を与えてやろう。


 んん?眠っていたようだ。ここはどこだ?自宅か?いや、まだ箱の中だ。そうか、旅行中でも眠りは必要だものな。

 ふむ、面白いな。寝て醒めたらそこで終わりという訳ではないのか。しっかりしている設定だな、素晴らしい。

 いや、違うな。眠っていたんじゃない。意識が飛んでたんだ。所謂スリープモードってやつだ。そうに違いない。

 確かに説明書にはこんなことは書いてなかったはずだ。

 しかし、説明書はここには無い。帰ってから確かめるとしよう。

 まずは、旅行を楽しまなければ勿体ないというものだ。


 オレを挟んで紳士と学生?がいるな。学生は詰め襟の服を着ている。

 今時珍しいな。オレがいた世界では皆スーツにネクタイだったぞ。

 何だ?この学生にオレが贈られるのか?そうか、入学祝いだな。

 オレも高校入試に合格したとき、親父から万年筆を贈られたっけ。でもな、筆圧が強過ぎてペン先を折ってから使わなくなったんだよな。よしっ!オレが主に使い方を教えてやろう。

 ふふ、主よ、オレは異世界人?(旅行中)だからな、幸運を与えてより良い生活を送らせてやるぞ。


 そうだ、まずはオレの使い方だ。

 そうそう、いいぞ、何だ心配して損した。オレより使い方が上手いじゃないか。つまらぬ。

 だがな、これだけは覚えておけ。

 ボールペンと違ってキャップを紛失しやすいんだ。だからペンケースの中に入れておいた方が良いぞ。

 大丈夫だ。オレは異世界人?(旅行中)だからな、傷はつかぬ。特別なのだ。なにせ、チートスキル持ちだからな。


 ほう、オレを学校に持っていくのか?関心な心掛けだ。

 ふむ、やはり万年筆の割合は少ないな。と言うか、主しか持っておらぬではないか。

 仕方が無いな、万年筆を持てる者は選ばれた者だけだからな。

 何せ、オレは効率重視のシャーボ派だったからな。選ばれし者などという感性には付いて行けなかった。ふむ、遠い目などしている場合ではない。旅行を楽しまねばならぬ。


 ほう、主よラブレターを書いているのだな?素晴らしいぞ。好きな娘ができたのだな?うん、オレのおかげだ。

 ああ、なんとオレのせいで振られるのか。申し訳ない。オレが不甲斐ないばかりに。

 しかし、何だな。時代はフリクションボールペンだと!?

 普段仕事で使ってはいるが、あれは公文書では使えない代物だ。何せ、熱で見えないようにしているだけで物理的に消えている訳では無い。冷やせば消したはずの文字が浮き出て、何が書いてあるのか読めなくなるのだ。

 だが、万年筆やボールペンは二重線を引けば消したことになる。だから万年筆は偉いのだ。

 主よ、こういうこともある。相性が良い者。万年筆を認める者を探すと良いぞ。


 ふふ、早いものだな、もう大学受験か。

 主よ、オレを連れて行け。

 そうだ、オレは幸運の万年筆だからな、大学受験くらい難なく通過させてやろう。

 意気込むな、普段の力を出し切れば良いだけだ。

 自分を信じろ!オレはオレのチートを信じる。

 何?主を信じないのかって?当たり前だ、オレが主を信じたら呪いのアイテムになってしまうではないか。

 考えても見ろ。一介の万年筆がペンケースの中で念を送っていたら異常だろうが。

 誰が幸運のアイテムなんて思うか!オレでも嫌だ。


 試験中に周囲を見回してみると面白いんだな、これが。

 長袖着ているやつは袖口にカンペを仕込んでいる。あんなちっこい字がよく見えるな。将来弱視は間違いないな。

 隣のお嬢さんは大胆にもスカートにカンペを仕込むかよ。スカートがチラチラ捲れて試験官が目のやり場に困っているぞ。

 あと、胸当てというのか?あれにカンペを仕込むのもどうかと思うぞ。試験官に色目を使っていると思われるからな。

 まあな、オレの大学入試も全部筆記だったから大変だったんだよな。マークシートの奴らが羨ましかった。何せ、分からなくなったら鉛筆転がせば良いんだからな。

 まあ、そこかしこでカラカラ転がす音がして、試験官がキレたとかいう話を聞いたことはあるがな。


 内定おめでとう。

 しかし、何だな。オレのことを熱く語る主をよく合格させたな、あの面接官。

 普通、万年筆のことをあんなに熱弁したら引くぞ、まあ、面接官の中に万年筆愛好家がいたり、社長が万年筆派だったから良かったのだろうな。

 何?まだオレの力が必要なのか?それは、ありがたい。主の最期を見届けるまで付き合うぞ。

 傷か?問題無い。この程度であればな。

 だがな、踏んづけられていたら終わりだった。異世界人?(旅行中)とは言え再生スキルまでは持っていないからな。


 思えば長い付き合いだったな、主よ。

 オレが主に贈られ、今まで主を支えてきた。

 そんな主が今度は贈る側になったのだからな。

 だがな、主よ。あの万年筆はオレと違って宿ってはおらぬ。いや、違うな。

 宿らなくても思いがあれば幸運は巡ってくるものだ。

 今まで大切に扱ってくれてありがとう。これからも、と言いたいところだが、そろそろお別れのようだ。

 何せ、オレは旅行者だからな、次の旅に出なければならぬ。さらばだ、主よ。


 目覚めるとオレはいつものベッドに寝ていた。

 そうか、帰ったのか。

 今何時だ?ふむ、旅行に出掛けてから24時間経っているな。

 そうか、旅の終わりは、あーいう感じになるのか。

 楽し…かった…のか?よく分からぬ。だが、新鮮な旅行だった。次回はどこになるのだろうか。

 ともあれ、腹が減った。何か食わねばならぬ。

 だが面白いな、疲労感は全く無い。ノムナキケンのおかげだな。

 そういえば、2日保つんだったな。注意点でもあるのだろうか。

 説明書には……何だと!?飲んだら食えないのか!?

 なんてこった。普通に食うとめっさ太るらしい。しかし、この空腹感は如何ともし難い。

 ふむふむ、なるほど。こんにゃくは食えるのか…。

 こんにゃく!?無いぞ、そんなもの!

 仕方が無い。しらたきで代用するか。


オレの名は神崎悟。手軽に異世界を楽しむ旅行者だ。

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