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第6話 まずやるべきことは

 


「ヴォルクも、なんだかこうして会うのは不思議な感じだな」


「——はっ! ご尊顔を拝見できて、栄光の極みです」


 下を向いたままそんなことを言う青年に、”オルタナティブ”で接してきたまんまの真面目さなんだと、思わず笑みが漏れる。


「そんな堅苦しくしなくていいよ。普通に立って、顔を見せて? みんなも」


 そう言うと、跪いていたみんなが恐縮してるのがバレバレなおずおずといった感じに立ち上がる。


 最も、目の前の青年だけはそんなことなく、むしろ流麗さを感じさせるような動きで立ち上がって、その後は一切身じろぎを感じさせない直立不動っぷり。


 俺よりも高い身長に鈍色の整えられた短髪と、鋭い月色の瞳。


 腰に二振りの魔剣を携えて、近衛騎士の純白の制服を一部の隙もなく着こなしている。


 そんな、存在感からもう真面目オーラを醸し出す彼の一番の身体的特徴は、頭のてっぺんに生えた二つの三角形のケモ耳と、腰から伸びる尻尾だ。


 若干見上げる形になって、俺は改めて彼に伝える。


「改めて、これからよろしく頼む」


「——はっ! このヴォルク、命に代えましても陛下をお守りする所存です!」


 彼の名前はヴォルク。


 ”オルタナティブ”で二人目の俺の仲間で、元は小さいオオカミだった魔物だ。


 すっごい忠誠心が高くて、進化を重ねていくうちに大きくなったり、凶暴になったりしたものの、最終的にはヒト型になって、今では吸血鬼(ヴァンパイア)×月狼(マーナガルム)として、近衛騎士団長を務めてくれてる。


 堅苦しいところが目立つけど、話しかければ必ず受け答えしてくれるし、護衛と言う名目上よく一緒に行動することが多かったから、俺にとって親友みたいな存在で、実は”オルタナティブ”での剣術の師匠であったりもする。


 でもまぁ、そんな真面目が服を着て歩いてるような感じで、今も眉一つ動かさない憮然とした表情をしてるけど、チラチラと見える尻尾の動きが、その裏で俺に会えたことの喜びを隠しきれてないのがバレバレな、結構愛いヤツだ。


 ていうか、もう弱い魔物じゃないんだから、そんなブンブン振ってると後ろがすごいことに‥‥‥あ、ほら、文官の人たちが書類を飛ばされないように必死になってるじゃん。


「ヴォルク~、ちょっと落ち着いてな。それから、ほどほどで! 命に代えられるほど、もう俺も弱くないし、お前を失うのは嫌だぞ」


「失礼しました! 確かに、陛下の心配をするなどおこがましいことでした‥‥‥それに、もったいなきお言葉、感謝」


「あ~、うん。とりあえず、今後について話し合いたいんだけど、二人はどれくらい現状を把握できてる? クレプスクルムは今、どんな状況だ?」


 さらに尻尾の動きが激しくなって、文官たち自身が吹き飛ばされかねなくなってるのを、ごめんと思いつつ、気になってたことを聞いてみる。


 エルナとヴォルクは、一瞬目配せをし合って、ヴォルクが一歩下がったことにより、エルナが説明をするようだ。

 

 エルナは、さっきまでの妹の表情から一転して、きりっとしたクレプスクルムのプリンセスの顔つきになる。


「まず、現状の把握ですけどセツナ神国との戦争の勝利後、いつも通り凱旋を行っていたところに女神セツナを名乗る女性が現れて、オールドデウスとやらで戦ってくれないかと頼まれたことと、そこでなら本物のお儀さまに会えるということを伝えられたました」


 エルナの言う凱旋って言うのはあれか、“オルタナティブ”で戦争に勝ったら後に出てくる勝利画面の国に戻る演出。


「正直、突然言われたことで何から何まで分かりませんでしたが、その女神セツナが指を弾いた瞬間、情報が頭の中を駆け巡る感じがして色々なことを知りました。オールドデウスという場所のことや、それから私たちのいる場所はゲームと呼ばれるもので、お兄さまはリアルという所にいたということ、など」


 エルナはそこまで言って、しゅんと寂しそうな表情になる。


 何でそんな反応をするのか一瞬怪訝に思ったものの、理由は直ぐに分かった。


 ようはエルナたちにとって今までずっと隣で一緒に戦っていたと思っていた俺という存在が、実は全く違う所にいる人間で、自分たちの隣にいたのは遠隔操作されていた操り人形のようなものだったということを思い知ったってことだ。


 彼女たちからしてみれば、安全な場所でのうのうとキーボードを叩いてた俺は、裏切り者と思われても何もおかしくはないと思う。


 そう思い至って、心の中に罪悪感と、そして不安でいっぱいになった。


 もしかしたら俺は、みんなに受け入れてもらえないんじゃないか‥‥‥?


 それからぽつりと、エルナは心情を吐露するように続ける。


「女神セツナは言いました。あなたたちゲーム内のキャラクターとリアルのプレイヤーは確かに、どうしても越えられない次元の壁があるけれど、それでもお兄さまと育んできた絆は本物だと。それを信じられるなら、お兄さまをしっかりと呼びなさいと。そうしたら必ず答えてくれるからって」


 エルナのルビーの瞳がしっかりと俺を捉えて離さない。


 さっき拭ったはずなの涙が、再びあふれるように溜まっていく。


 思い出すのは、ここに来る前。


 まるで呼ばれてると思ったのはセツナが言っていた通り、俺の勘違いじゃなかった。


「そして、お兄さまはちゃんと私たちの声に答えてくれた。私たちのところに来てくれた‥‥‥それだけで、私は十分——っ!?」


 エルナの瞳から雫が落ちる寸前、気が付いたら俺は再びエルナのことを強く抱きしめてた。


 どうしようもないことだったとしても、今までずっと騙すような形なってしまった申し訳なさとか、一緒に戦場を翔けたりしてすぐそばにいるようで、本当は全く違う場所にいたのを知っても俺のことを信じてくれた嬉しさとかがあふれ出しそうになっての無意識の行動だった。


「今までごめん。それから、信じてくれてありがとう。これからは本当の意味で一緒だから」


「——うんっ、うんっ!!」


 まるでもう何処にもいかないようにと抱きしめてくるエルナを、それに答えるようにさらに抱きしめ返して、傍らにたたずむヴォルクに視線を向ける。


「ヴォルクも、今まで悪かった」


「謝罪は不要です。我は陛下を最初から信じてたので」


「むぅ! ヴォルク、その言い方だと、エルナがお兄さまを信じてなかったみたいじゃない!」


「い、いえ! 決してそのようなことは!」


 俺の腕から抜け出して、やいのやいのと言い合いを始める二人を見ながら、俺は曲がりなりにも天才と呼ばれてたのに、こんな人として当たり前の初歩的なことを忘れていたことに恥ずかしく思う。


 なら、行動は今すぐにだ。


 ——パンパン!


 手を叩いて、言い合う二人の注意を集める。


「二人ともそれくらいに」


「あ、そうだった! 今は報告の途中だったわ」


「そうだけど、やっぱり今はいい。それよりもエルナとヴォルクには会議室に≪孤高の十二傑≫たちを集めてくれ、そこで聞くことにする。それから——アン」


「ここに」


 小さく名前を呟いた瞬間、淡々とした受け答えと共にすぐ隣に黒髪のメイド服を着た少女が何処からともなく現れる。


 実は、政務室に入った時から俺の影に潜んでたのは気が付いてたんだよね。


「話は聞いてたよね? 会議室の準備を頼む」


「承知しました。しかし、そうなるとリオン様の護衛が」


「俺もこのまま行くから大丈夫。それよりも、アンも今までごめんな」


「滅相もございません。このアンも最初からリオン様のことは信じておりました」


「ちょっと! アンまでその言い方! お兄さま! エルナだって最初からお儀兄さまこと信じてましたからね! ねっ!」


 自分をアピールするようにぴょんぴょんと跳ねるエルナを見ながら、今まで知らなかったこの賑やかさがすごく心地よく感じる俺だった。



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