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SAND DUST STORYS 【終章追記】

作者: 夢乃モグラ

これはSAND DUST STORYSの後日譚。

本編に目を通してから読んでいただくと、より楽しめるかと。

本編で語り切れなかった終章の完全版です。

SAND DUST STORYS

【終章追記】

 この世で発生した出来事には、概ね始まりの時が在り、であればまた、終わりの時も来る。

 ただ、違うのは、終わるまでに長い時間が掛るか、短くて済むか、と云う程度の事でしかない。

 殺戮を繰り繰り返す戦争が悲劇なら、悲劇は短い方が良い。

 それは決まっている。

 だが、闘争が、死と同様に人間の本性に組み込まれた、逃れられない性ならば、見えない処で、やりたい奴等が、他の人間に迷惑が掛からな様に勝手に()り合ってくれるのが一番良い。

 多くの事象が絡み合い、どんなに複雑に見えても、喧嘩の原因なんてものの根は単純だ。

 今回の件に関して言うのならば、全てのネックは既に取り除かれた。

 事態に関わった者の中で、今さらこれ以上、事態の悪化を黙認して、闘い続けるなんて事を、望んでいる者は殆ど存在しない。だが、戦況は、まだ流動的だ。

 多くの者が、『深砂海』で『破壊の伝承』が、爆音と共に炎に包まれ、四散し、砂の大地に墜ちて行くのを確認した。シオンが、勝利を放棄したともとれるこの行動は関係者各位を混乱させた。

 一度、固く複雑に絡み合った、私怨・野心・不審感の糸を解きほぐすのは容易な事ではない。

 一度は敗走したが、真面目に帰還しても本国での軍事裁判で、敗戦の責任追及は免れない状況にある『北方・東方連合艦隊』は、最後の望みを賭けて再集結し、『深砂海』から『西方』向う安全な主要回廊である『北方沿岸回廊』に艦隊を展開。撤収する『西方親衛艦隊』を監視・牽制し始め、それに対して、『破壊の伝承』を捨て去った『西方親衛艦隊』は、彼等との無用な戦闘を避けて、『ロココ』教団を牽制する為に聖地『メセタ』周辺に、予め、展開させていた後詰めの『西方艦隊別働隊』と合流すべく『深砂海』の奥深くに姿を隠した。・・・両艦隊が合流すれば、艦艇の数やら装備から勘案して、『北方・東方連合艦隊』には、万が一の勝機も無くなる。

 しかし、『西方艦隊別働隊』が、東進して『西方親衛艦隊』との合流を画策すれば、『メセタ』の勢力に背中を晒す事になり、出来ない。

『西方親衛艦隊』の位置さえ捕捉出来れば、『北方・東方連合艦隊』には、充分に再戦を挑めるだけの余力がある。

『北方・東方連合艦隊』は、北方沿岸回廊付近の『深砂海』に哨戒機を飛ばして、監視網を展開。しかし、『深砂海』の奥深くに逃げ込んだ『西方親衛艦隊』を、なかなか、捕捉する事が出来ず、かなりイラついていた。不審な集団と見れば、西方とは無関係そうでも即臨検、ともすれば無警告で即銃撃、射殺も厭わない程、緊張しまくっていた。

『深砂海』から、『西方』に帰還するには、何れにしても入口付近にある『メセタ』の近隣を経由して『北部西方陸路』に向うか、砂海の都市国家群の勢力圏を横切って『南部西方陸路』に迂回するしかない。

 どちらの決断が選択されても、まだ、一波乱ありそうな展開だった。

 その時点の情勢は、まだ、僅かな挑発が、大きな戦闘に拡大し兼ねない危うさを宿していた。

 事態を収拾する最大の当事者国である『メセタ』の法皇庁は態度を硬化させ、ともすれば徹底抗戦をも辞さないと、全世界に支持と支援を呼びかけた。同盟を結んだ『砂海都市連合諸国』は、予想通り、押取り刀で警戒し、表面上、事態は前にも増して緊張した。

 どうやって難しい部分に触れず、且つ、誰の自尊心も傷付けずに戦争を終結に導くかは、口で言う程簡単な事では無い。神経を擦り減らし、薄氷を踏む様な交渉の連続だった筈だが、心配しなくとも利害関係が一致すれば、自ずと抜け道と云うヤツは見えて来るものらしく・・・。

 その後、直ぐに何処からともなく湧き上った関係改善の働き掛け。

 その期待に応える様に『砂漠院』が仲裁に名乗りを上げ。

 目の前の厄介な事態を乗り切る為に、当事者国は表向きには渋々と、しかし、内心では『待ってました』とばかり、飛び付く様に積極的に、その申し入れを受け入れたのだった。

 そして一週間に渡る丁々発止の交渉の結果、その間、幾度もあった決裂の危機を回避しながら、『メセタ』の法皇庁と、西方『シディア』皇国は、『砂漠院』の調停工作の元、何とか休戦状態の最終合意にまで漕ぎ付ける事に成功したのである。


 その間、国家間の交渉事案に、非公式機関のリョウ達『反公儀処刑人』集団が加われる筈も無く。

 彼等もまた、サラサを聖地『メセタ』に無事送り届ける為に、『深砂海』に影を潜めて身を隠し、世界情勢に振り回され、隠れ潜んだ場所で、その終息を固唾を飲んで切望する日々が続いた。

 日が昇ると、天幕や岩場の影に身を潜め、飛び交う通信を傍受して、それに耳を傾けて、時を過ごし、夜になれば、その日の隠れ家(やさ)から這い出して、次の塒に移動する。

 隠れる場所には、予め当てがあるし、最低限の水、食料の武器・弾薬の補給路は『砂走り』等、支援部隊が滞りなく維持してくれる。

 長くこんな商売に身を置いていると、逃げ回なければならない局面ってのに、結構ブチ当たる。

 なんやかやで、彼達は手馴れているが、汗の臭いに塗れ、身体を清める事も出来ず、死んだ様に時を待つ生活は、サラサやニジェといった女性陣には、酷く辛く厳しいものであるに違い無かった。

 しかし、仕方が無い、彼等が保護するサラサは『ロココ』の法皇家の姫君だ。

 今回の事態で崩御した『ロココ』の象徴的な存在『ロココ』の姫巫女ラファの、その次代を担う存在として、間違いなく、最初に、その名前が上がる位置にサラサは居る。

 下手に、どこかの街に逃げ込むのは危険すぎる。

 戦争はまだ完全には終わっていない。ともすれば前にも増して再燃する可能性すらある。

 彼女の生死は、現在、行われている停戦交渉の成否に、大きく影響を与える要因に成り得る。

 それ以上に、『ロココ』法皇庁、取り分け、現法皇の皇統に組みする勢力にとって、彼女の安否は、常に直接的に、彼等の皇統の盛衰にまで直結する重要事項なのだ。

 彼女の身柄が質に取られれば、和平に向う今の交渉の道筋は、其処からは戦争継続、現在とは全く正反対の方向に舵を切る可能性だって考えられる。

 いつの世も、利権の為に戦乱の継続を望む者達は、数の多少にこだわらなければ、必ず存在する。

 複雑に組織の利権・国益が絡み合ったこういった事態の中では、安易な手段で交渉を優位に展開しようと画策する、卑怯・姑息な輩は、幾らでも、何処からでも湧いて出て来る。

 それで無くても、ただ、交渉の主導権を得たいと画策する者や、利己的な利益に執着する者達の手に、彼女の身柄が渡る事だけは絶対に阻止しなければならなかった。

 だが、この生活は正直堪える。

 派手にドンパチやる方が、余程、身体的にも精神的にも良い影響を与えそうな気がするが、それは脳筋の浅知恵と言うモノに他ならない。

 今は我慢が肝要だ。

 目立たず、事態の進展を見極め、静かに時節の到来を待つのが得策だと信じるしか無い。

 幸い事態の収拾は遠い先の事で無ない。長年培ってきた肌感覚が、それを教えてくれる。


 ひたすらに、緊張が高まる情況に、彼等が待ち望んだ、事態収拾の具体的な動き生じたのは、潜伏生活が一週間を過ぎる頃だった。

 それは先ず、『西方親衛艦隊』を執拗に付け狙っていた『北方・東方連合艦隊』が、仮初にも『メセタ』の法皇庁と西方『シディア』皇国の停戦合意が成された事を口実に、状況の終了を選択、母国への帰路に就くと宣言した事から始まった。

 今回の事態に艦隊を派遣していた『北方・東方連合諸国』が、『砂漠院』の説得を受け入れ、今回の作戦行動が、実質的に西方『シディア』に『破壊の伝承』の保持を断念させるに至ったと、『北方・東方連合艦隊』指令部の作戦行動に一応の意義を認め『派遣構成員への過失責任は、今後とも一切追及しない』との声明を、国の内外に対し公式に発表したのだ。

 これによって、これまで、態度を硬化させていた『北方・東方連合艦隊』にも、安心して、各々の母国に凱旋する道筋が拓かれたのである。

 但し、この声明は後に一部覆される。

 艦隊を派遣していた北方『カージフ』・『ラドリア』、東方『ギエン』等の艦隊、及びその司令官が、作戦の行動の終盤、西方『シディア』艦隊の攻撃によって壊滅、軒並み戦死しているのに対して、北方『コーカサス』より派遣された連合艦隊総司令ロドルフ・ミナス准将が無傷で生存し、北方『コーカサス』艦隊旗艦が同様に、無事存続し、そのまま母国に帰還している事に対して妬みに近い不満を持ち、しかし、表向きに異議が唱えられたことが、その原因であるらしい。

 それぞれに御国の事情があるのだ。

 彼等は、あまり安易に他人の喧嘩に介入し過ぎた。

 その為に生じた負荷が、既存の『三国不干渉同盟』の元、微妙な均衡を保っていた、北方諸国間の秩序にまで、僅かだが、深刻な亀裂を生じさせる事態を招いてしまったのである。

 件の司令官を弁護する気は無いが、あの状況下で撤退を主張した彼の行動が、客観的に考察しても間違っているとは思えない。命を捨てて戦闘を継続する事だけが人の勇気では無いのだ。

 だが、組織と言うものは、結果を誤れば、誰かが責任を取らなければならない。

 一つの戦争の締結が、次の新しい戦争の引き金を引く。・・・よくある話だ。

 それが、『北方』の行く末に、暗雲を垂れ込ませる事態になったとしても、感情論は安易に軽々に湧き上るが、それを納めるのは、いつも容易な事ではない。

 結果、艦隊総司令ロドルフ・ミナス准将が、敗戦の全ての責任を被って、法廷の訴追を受ける結果に至ったのだった。しかし、その後の軍事法廷で有罪になったとは言え、彼に極刑が課せられる事は無く。更迭の上、軍籍剥奪、禁固十年の有期刑で済んだのだから、むしろ、温情のある判決が下されたとも云える。

 数年後、彼は戦時特例で罪を許され、軍籍に復帰、再び艦隊を率いて出陣する事になる。しかも、その後に彼は北方統一『コーカサス』の初代大統領に就任してしまうのだから、歴史の流転と逆転と云うヤツは、予想が及ばない上に、本当に何が幸いするか、何が起るか判らない。


『深砂海』に於ける『西方親衛艦隊』と『北方・東方連合艦隊』の緊張関係が解消したお陰で、リョウ達もやっとのことで、『深砂海』で、息を潜めての足止めされる状態から解放され、サラサを引き連れて『ロココ』教団、聖地『メセタ』へと向う道が解放されたのだった。


 結局、停戦の調印が成るまで、西方『シディア』皇国の皇帝シオンが、公式の場に姿を現す事は無かった。『シディア』側の交渉を、終始、取り仕切っていたのは、シオンの軍師として名高いクロスフォード卿。今回の戦役には、留守居役として本国『シディア』の帝都『シドウ』に留まり、元より参陣していない。 

 更に、停戦調印には代行を派遣し、自らは終始帝都『シドウ』を離れる事は無かった。


『余裕があるのか? 痩せ我慢かも知れないが・・・。』

 それを聞いてリョウ等は訝しんだものだった。


『シディア』にとって、今回の戦役の停戦交渉は、イラつく交渉相手国を尻目に、早い段階で既定路線程度、重要度の低い問題扱いになってしまったかの様だった。

 結局、『最後の聖論』を巡る『破壊の伝承』争奪戦自体が、彼等にとっては、西方統一事業の延長戦か、後始末に過ぎなかったというのは、歴史的観点から見れば、あながち嘘では無い。

 それが、当初から、彼等の思惑だったのなら大したものだ言わざるを得ない。…脱帽する。

 一時は情報が錯綜して、巷には出処不明のシオン皇帝死亡説まで流布された。

 それには、西方側の反応を探る意図もあったのだろうが、それが、停戦交渉に大きな影響を及ぼす事は無かった。西方側の政権内部に混乱の兆しが、全く見られなかったからだ。

『最後の聖論』で別れて以来、シオンがどうなったなんて、リョウ達が預かり知れる処では無い。しかし、シオンが死んでいるなんて憶測が一番、的中確率の低いモノである事が、彼には直ぐに判る。

 死力を尽くして奴と闘った者だからこそ、彼には良く判る。

 仮に、艦隊の乗組員が全員死亡していたとしても、奴だけは、必ず独りで生き延びているに違いない。人類史上最強。究極の白兵戦闘歩兵・・・。『ブレード・マスター』とは、そも、そんな存在なのだ。


 故に、そう言った悪い噂は即座に否定され、出処と共に静かにアッサリとこの世から抹消された。


 そして、西方側の、その素早い上にブレのない毅然とした態度が、結果的に停戦協定の締結を速める結果となった。

 案の定。時節の到来を感知してか、停戦合意が形成され退路が確保されるや否や、『北方・東方連合艦隊』との戦闘を経ても、ほぼ無傷の威容を誇る『西方親衛艦隊』旗艦『バルナラント』擁して、リョウ達同様『深砂海』の何処かに潜んでいた西方の皇帝シオンは、親衛艦隊を率いて姿を現し、『深砂海』を抜け、難なく、聖地『メセタ』周辺に展開して『ロココ』教団を牽制する任務に就いていた『西方艦隊別働隊』との合流を果たしたのだった。

「戦闘終了の合意が成された事を歓迎する」

 シオンは、短く声明を読み上げただけで、その後は、速やかに『シディア』本国への撤収を開始。

 斯くして、更に一週間が経過する頃には、関係者各位が勝手に勝利宣言を読み上げ、明確な勝利者が居るようで居ない、この不可解な戦争は、静かに、その終息の時を迎えるに至ったのだった。

 その間、『オレグ』教団の悪足掻きの暗躍があったらしいが、殆ど取り沙汰される事も無く。 

 結局、戦役の端緒が開かれた寺院都市『アルデラ』だけが、砂の中に消え去り、人々の記憶の中からも葬り去られて事態は終結したのだった。


 リョウ達『反公儀処刑人』が、慎重に正体を隠しながら『ロココ』教団の聖地『メセタ』に、辿り着いたのは、事態が最終局面を迎えた頃、当事者国間で停戦合意の形式的な調印式が行われた直後のことだった。

 その頃には、既にシオンは西方『シディア』の地に引き揚げ、艦隊の姿は影も形も無い。


 今回の一連の事態の推移を、独断と偏見に基づき、客観的に傍観する者として考察するに、敗戦国側は、間違いなく『北方・東方諸国』及び『オレグ』教団だろう。

『北方・東方諸国』は、『最後の聖論』を巡る直接的な戦闘で甚大な被害を被り、既存の同盟関係にまで亀裂が及んでしまった。その根拠は言わずもがなだが、・・・事態に浅慮に介入し過ぎた結果だ。

 付ける薬も無い。


『オレグ』教団に於いては、今回の事態を収拾する為の交渉に介入する事が一切許されず。

 更に事態終息後、『メセタ』の法皇庁を中核とする砂砂海諸国から、今次動乱の当初からの西方『シディア』との協力関係を糾弾され、動乱の責任を八つ当たり的に押し付けられて、砂海各地に散らばる『オレグ』教団の拠点は、私財没収の上に強制閉鎖。教団本拠地『バナス』に至っては、軍事行動に踏み切った砂海各国の連合部隊に包囲されて開城寸前。生活物資の流入は完全断絶され、信徒の生活が危ぶまれる程の、徹底した経済封鎖を受ける事態へと追い込まれたのだった。

 とは言え、戦乱に乗じて暗躍していた『オレグ』の所業を知る者としては、その状態は同情の余地も無い。彼等の自業自得としか言いようが無い。

『オレグ』は信徒皆兵の上、強力な暗殺集団を擁しているとは言え、その暗殺集団の戦闘力の真骨頂は、敵の意表を突く処にある。

 砂海中の武力勢力が、一堂に会して編成された多国籍軍に、四六時中、その動向を監視されては、さしもの彼等も十二分の働きをする事は出来ない。かと言って、圧倒的な火力と物量に差がある敵に対して、正面切って戦闘を仕掛けるのは、如何にも分が悪る過ぎる。それが判っていて手を出すのは、手の施し様の無い、余りにも愚かな所業だ。

 敵の主力装備は通常兵器とは言え、派遣部隊編成の中核を担うのは『メセタ』法皇庁だ。

 その陣容には、対『オレグ』戦専門の戦闘部隊『ロココ』神聖隊や、『最後の聖論』争奪戦にも参加していた『福音兵団(エヴァンゲリオン)』おもが、その後転戦し、戦列に加わっており。・・・暗殺の技能ならともかく、純粋な軍事力の消耗戦では、全くもって歯が立つ見込みがなかった。


「我々『オレグ』僧会は侵略者に対して、速やかな撤退を要求する。我々には、四十八時間以内に世界中の如何なる指導者に対してでも、等しく神罰を下す事が可能な能力が在り。忠告を聞き入れない者達は、必ずや後悔する事になるだろう!」


 この事態に、武力を背景に、景気よく信徒を煽り、過激な発言を繰り返し豪語する『オレグ』教団の幹部もいたが、教団本部『バナス』としては、これを覆す有効な対抗措置を執る事が出来ず。

 強硬発言は、取り沙汰される事無く淘汰され、誰からも相手にされず、消え去って行った。

 それを煽って混乱を拡大させようとしていた者も、密かに居なくなった。

 恐らく、裏では数え切れないほどの暗闘も合った筈だが、表沙汰になる事は無く。

 事態は、その後も『オレグ』教団にとってだけ悪化の一途を辿り。

 孤立無援となった『オレグ』教団は、遂には、無条件降伏か、滅亡覚悟の全面戦争かのギリギリの選択を迫られる事態にまで追い込まれたのだった。

 結局、最後は、今は亡きバルゼル僧が、シオンと交した最後の盟約が生きる形となった。


『我は今まさに、今は無き盟友の遺志に応えん事を欲する・・・』


 西方皇帝のシオンが、条件付きとは言え『オレグ』教団の聖地『バナス』にある僧会の本拠機能を、『西方』の地へ受入れると表明、救済に乗り出したのだ。

 これ幸いと『オレグ』僧会は、飛び付く様に、西方『シディア』皇国の厚意の受け入れ、亡命を受諾し、僧会本拠地『バナス』からの戦略的撤退を選択したのだった。

 それは、『オレグ』にとって『未曾有の苦難の時代』への船出でもあった。


「例え、千億の夜と百億の昼を隔てたとしても、いずれ必ず、我々は聖地『バナス』への帰還を果たす。『バナス』は『オレグ』の聖地である。我々が『バナス』の地を忘れ、捨て去る事など、未来永劫在り得ない。絶対にだ! もう一度言う! 我々は必ず帰って来る!」


『オレグ』教皇は、そう宣言した後、信徒と共に『砂海』と『西方』を隔てる険しい大分離山脈を越えて、受け入れを表明してくれた『西方』の地へと落ち延びて行ったのである。

『砂海』に迂回して西方に至る行程(ルート)は、その頃には全て、砂海諸国に閉鎖されていた為に、彼等には既に、危険な大分離山脈越えの行程(ルート)しか『西方』に至る道が残されていなかったのだ。

『ロココ』教団及び砂海連合諸国の『オレグ』に対する最後の嫌がらせである。

 信徒に夥しい殉教者が出たと、後の資料は語る。

 以後、『西方』との受入れの条件に従い『オレグ』教団の過激な教義は凍結され成りを潜める。

 地下に潜って活動を継続していたとも伝わるが、詳しい事は定かではない。

『オレグ』僧会自体も歴史の表舞台から一時期姿を消すが、その後も消え去る事は無く、しぶとく、その命脈を後世に残したと云う。


 彼等とは逆に、この事態を通して、最も外交的・政治的成果を獲得したのは、公正に評価して、西方『シディア』皇国と、砂海に於いては『砂漠院』であると言える。

 取り分け、『砂漠院』エレナの功績に、比肩に及ぶ者は無い。

『西方』は、莫大な経費を浪費し、身内に、それなりの損耗を被った上での成果であるから、費用対効果を考えれば、大勝利とは言い難い。さらに『破壊の伝承』を手に入れるという当初の目的は、最終的に断念している訳だから、痛み分けの部分も多々あると言わざるを得ない。

 これに対して、『砂漠院』の交渉は、狡猾とも言えるが抜け目がない。

 対抗する勢力間の合意点を模索し、争点を先延ばしにする。

 力の均衡を保つ事で、巧みに諸勢力間の交渉に潜り込み、問題解決に至る方向に誘導する。

 元より、情報操作は彼等の十八番(おはこ)だ。

 エレナは今回の事態の勃発当初から精力的に裏工作に動き回り、俄か作りとは言え、砂海諸国三十二都市国家群から成る諸国間同盟を実現させ、更には『北方・東方諸国連合艦隊』を砂海に呼び込む事に成功し、結果的に見事『西方親衛艦隊』を率いるシオンを『西方』の地に追い返しす事に成功したのである。しかも、シオンに『破壊の伝承』の保持を断念させるという大成果のオマケ付きだ。

 今事態の作戦行動中、潜入工作に参加したエレナは、敵に身柄を拘束されて危機的状況に陥った事もあったとも聞き及ぶが、特筆する程の損耗も出さず脱出に成功し、その後も『危機(ピンチ)好機(チャンス)』に転換して、今も公務に勢力的に邁進していると聞く。失態の被害は、早急に現状回復が成され、その後の事態への影響は、表向き、極めて軽微だったと判断しても差支えないだろう。

 最終的には、砂海諸国の全権特使として、事態の収拾を模索する『メセタ』の法皇庁と、西方『シディア』皇国との調停役という名誉ある地位を任され、それも今まさに実現しようとしている。

 何よりも重要・重大な成果は、両国間の停戦交渉の成立過程において、何物にも代え難い発言権を獲得した事だろう。

 これにより『砂漠院』は、両国の調停役として、これまでに両国が独占していた西方・砂海間貿易にも深く入り込む事に成功、確固たる権益を確保するに至ったのだから、今後も、両国間の恒久的和平の構築という課題は残るとしても、この足掛かりが在れば、組織の悲願、『西方』への再進出も絵空事では無くなったと言える。

 

 リョウ達『反公儀処刑人』集団も、聖地『メセタ』に入国するに際しては、よりサラサの身柄の安全を確保する為、『砂漠院』の助力を要請する事にした。

 現状、サラサの存在を最も煙たがっているのは『メセタ』の反法皇派閥の勢力だ。

 敵対する派閥には、反主流派の皇統の実力者が名を連ねており、次の法皇・姫巫女の座を狙っている。『メセタ』は、そう言った輩の本拠地(ホームグランド)でもある。・・・誰と誰が、どこでどう繋がっているか、複雑に絡み合っていて部外者には皆目見当が付かない。

 むしろ、誰が敵か味方か判らない、サラサを守るには一番危険な場所であるとも言える。

 その点、『砂漠院』は安全だ。

 今は、法皇庁の主流派と利害関係が一致しており、協力機関として『メセタ』内で侮れない影響力を持っている。更に都合が良い事に、リョウが太いパイプを持つエレナ本人が停戦交渉締結の為に、現在、同地に滞在中だ。

 リョウにニジェ、ショウにタカアキラ、ハザードにリキオ、そしてラムダKK。

『破壊の伝承』復活時の、地表の崩壊から、直前の戦闘で負傷し、動けなくなっていたハザードとリキオの二人は、あわやの処で、運よく『福音兵団』との共闘戦から離脱する際のラムダKKに救助されて、その後、無事リョウ達本隊との合流を果たしていた。


 あらかじめ周到な下準備はして来たつもりだが、彼等がサラサを取り囲む様に、聖地『メセタ』の砂海港に到着した時、『反公儀処刑人』の集団は明らかに、周囲から悪目立ちしていた。

『ロココ』の聖地『メセタ』は、『ロココ』教団と信徒の利権が渦巻く、伏魔殿の様な場所だが、(取り分け『法皇庁』の奥の院は・・・。)表向きは、砂海の都市国家群の中では、特段(別次元)に法治が保たれた先進国家である。

 彼等は、税関前で、瞬く間に不審者として、武装した港の警務隊に取り囲まれてしまった。

 そして、暫くの間、睨み合いになった。

 武装の解除と勾留、申し訳程度に、入国目的の明示を要求されたが、当然、全てを突っぱねた。

 安全が確保されるまで、サラサの正体さえ匂わす訳にはいかない。

 こんな所で、『鳶に油揚げを攫われる』訳にはいかない。

 予め『砂漠院』に入国の取次ぎを頼んでいなければ、どうなっていた事か、考えるだに恐ろしい。

「お疲れ様、御苦労だったわねリョウ、そして勇敢なる我が盟友達・・・」

 事態が俄かに収拾したのは、多忙な予定(スケジュール)を調整して、エレナ自らが、これ見よがしに砂海港に姿を現し、リョウ達の前に歩み出して感謝のを表明したからだ。

 一か月振りにリョウの前に姿を現したエレナは、難しい交渉を経過し、肉体的にも、精神的にも消耗した為か、少しヤツれた様な印象すら見受けられた。

『砂漠院』が、彼等の身元引受人となってくれたお陰で空気は一変した。税関前での緊張関係は一気に氷解し、彼等には特別に無審査・無条件で入国の許可が下ろされた。

 正直ホッとした。港の警務隊如きに後れを取る気は無いが、一人も殺さずにとなると難しい。

「なんで、アンタがわざわざ出向いて来るのよ・・・」

 ニジェだけは、早くも、あからさまに不快な表情をしてエレナに塩対応していたけど・・・。

 ニジェとエレナは同年齢・同世代。

 リョウとの付き合いの長さでは、エレナの方が少し長い。

 五年前に起った、別々の事件を経て、交流が始まった。

 親密さでは、押し掛けとは言え同棲状態にあるニジェの方に軍配が上がる。但し、生来の負けん気の強さが災いしてか、未だに正式には友達以上、恋人未満の関係で煮え切らない。

 実際には、独占欲が強い、かなりのヤキモチ妬きのクセに…。

 だからか、エレナに出会うと、ガス抜きでもするかの様にニジェは彼女を牽制する。

 エレナもまた、リョウに好意を抱き、狙っていると感じているからだ。

 確かに、エレナとは仕事の都合で、頻繁に合ってはいるが、両者の関係は、贔屓の雇主と、非正規の被雇用者程度の関係でしかない。現状、表向きも、奥向きも、それ以上の関係は一切無い。

 彼女はエレナという職務に、人生の全てを傾注して全うしている。

 だから、いつもはニジェの牽制を、エレナの方が軽く受け流すのに、今日は違っていた。

「わきまえなさいニジェ。友好機関の長が、直々に盟友機関の長の前に歩み出して、正式に謝意を表明しているのよ。・・・ここに貴女の出る幕なんてないわ」

 いつに無く、刺々しい口調でニジェを窘める。

「なんですって・・・」

 総じて女性の怒りと、男性の幸福の表情は読み取り、見極めるのが難いというが研究成果があるらしいが、ニジェに対しては、全く当て嵌まらないらしい。

 彼女は一瞬にして、露骨に激昂し、ショウ、タカアキラに、サラサまでもが加わって、咄嗟に、右肩、左肩、腰、三方にしがみ付いて、今にも飛び掛からんばかりに身を乗り出す、彼女を引き止めなければならなかった。・・・マア、『飛燕』が飛び回らなかったのだから、ニジェも、そこまで本気では無かったのかも知れない。

「私の滞在しているホテルに、皆さんの部屋も用意しておいたわ。今後の安全は『砂漠院』が保障します。安心して、寛いで戴けると幸いだわ。…勿論、法皇庁との折衝も任せておいて」

 エラナはニジェを尻目に何事も無かった様な対応を続ける。

 大した神経の図太さだと思う。

 リョウ達はエレナの厚意に甘えて、彼女の招待を受け入れる事にしたのだった。

 かくして彼等は最も緊張する局面を通過した。

 とは言え、『砂漠院』の要請があったとしても彼等に武装を解除する気は無いが・・・。

 ここまで搭乗して来た小型高速艇(ランドクラフト)も、この場に置き去ることを拒否した。

 小型高速艇(ランドクラフト)には予備の武器や弾薬・水・食糧も載せてある。

 砂海での行動を継続するには必需品だ。手放せない。

 取り上げようとする者は敵だ。

『砂漠院』には、既に、便宜に見合った名誉と実益を提供した筈だ。・・・文句は言わせない。

 但し、リョウとサラサは、エレナが搭乗して来た送迎車両(リムジン)に同乗する事は受け入れた。

「お久振りねサラサ、ほんの少し見ない間に、随分と女の子らしくなったじゃない」

 車内に入ると、サラサは調度、エレナの対面にあたる席に腰を下ろした。

 エレナは少し微笑んで、サラサに話し掛ける。

「その節はどうも・・・。相変わらずの砂と垢だらけで、エレナ様の、高価なお召し物や、調度品を汚してしまって申し訳ありません」

 サラサは、そう言って、目深に被っていたフードをずらして、その下にある表情を露にした。

 エレナが性別を装わなくなったサラサと会うのは、その時が初めての筈だ。

 前回合った時、サラサは薄汚れた少年姿だった。

 因みに、今のエレナの服装は、前回と殆ど変わらず、黒い『砂漠院』礼装だ。

 派手では無いが、彼女も周囲の目を惹く美女である。

 その当時から、恐らくエレナは、薄々、サラサの正体に気付いていた。リョウ達の手に余る様ならサラサの身柄を引き渡す様、即座に要求された事からも、それは間違いない。

 初めて聞く女の子のサラサの声には、彼女も少し驚かされた様だ。露になった容貌にも・・・。

 薄汚れていても、それは、そのままで等しく美しい。エレナは目を見開いていた。

『ロココ』の法皇族の前では、性別の境なく、人は皆、見惚れて寡黙になるらしい。そして、凡人は、神に選別された造形物だと勝負を諦め嘆息する。

 送迎車両(リムジン)が発車した。ニジェ等、残りの『反公儀処刑人』達は、『メセタ』内に持ち込んだ小型高速艇(ランドクラフト)に跨り、周囲を警戒しながら並走する。

 エレナが彼等を案内したのは、『メセタ』では最高級のホテル『奇蹟(ミラクル)』だった。

 最低位の部屋でも一泊の宿泊費で、『ルルカ』の平均的労働者の一か月分の給与を凌ぐ金額が請求されるだろう。『メセタ』でも国賓や超裕福層が滞在する施設だ。

 高級なだけあって、施設の警備や防災には、かなりの気を使っているらしく。外観は単調だが、中身は旅館と言うよりは実質要塞、鉄壁の設備だと言っても良い。『ルルカ』の『天上宮』とは比べるベくもない。

 一般の客とは、出入口も別だ。

『砂漠院』は、この地上三十階建の宿泊施設を、二十階から上をフロアごと借り上げて、さらに警備を強化。ほぼ『砂漠院』の『メセタ』支部として拠点化させていた。

 警備は万全だと聞いても、其々に部屋を宛がわれた後、警備体制や設備、もしもの場合の避難経路の確保・点検は怠らない。ニジェとサラサは同室とし、其処を中心に右の部屋に、リョウ・ショウ・タカアキラ。左の部屋にバザード・リキオが詰め、部屋の扉の前の廊下には、常時ラムダKKを張り付かせた。…侵入者に対して『人型戦闘兵器』の威圧は効果的だ。

 一通りの作業を終えて、彼等はやっとの事で『砂漠院』側の厚意に甘える事が出来た。

 何と言っても何週間振りかの、まともな食事と入浴に在り付けるのだ。洗濯も出来る。

 警戒しながらも身綺麗にしていると、リョウ達の部屋に来客があった。

 銃を隠し持ちながら応対すると、部屋を訪ったのは車椅子に乗った女性とそれを押す少女だった。

 どちらも『砂漠院』の制服を着ている。車椅子を押す褐色肌の黒髪の少女(リョウとアビゲイルは面識が無い)の方には見覚えは無いが、押されている車椅子に乗った若い女性の方には見覚えがある。・・・エレナの側近のリーフRだ。

 扉を開けると、彼女はリョウに軽く会釈した。

「リーフR・・・。どうしたんだ、その有様は?」

「前の仕事で、少しばかりしくじりまして・・・。」

 彼女は、経緯を詳しく説明する気は無いらしい。

 即座に話題を逸らす。

「それよりもこれを」

 彼女が手渡したのはエレナからの食事会の招待状だった。

 招待を受けたのはリョウだけらしい。

「『砂漠院』の首長より、『ルルカ』反公儀処刑人の頭領、二代目『混沌の調停者(カオス・バランサー)』リョウ様に対する、正式な会談要請です」

 リーフRは念を押す。

「会談内容は?」

「主に、今後の両組織の協力関係の増進に付いて、会談で交された内容は全て非公開となります。時刻・会場は招待状を確認の上、後、衣装はこれを・・・」

 リョウは招待状と、衣装を受け取って、取り敢えず召請を承諾した。

「では、エレナ様を宜しく・・・」

 言うと意味深な微笑を残して、彼女はその場を後にした。

 リョウは、指定された衣装に着替えて、ショウとニジェに後事を託しエレナの部屋に向った。

 例によってニジェは、訝しがったが、正式な招来要請を無下に断る訳にもいかないと説得した。

 砂漠の強い光から目を守る為の遮光眼鏡(サングラス)はいつものまま、髪形も固めず何時ものまま、後ろで束ねただけ、衣装だけは、場に合わせた堅苦しい白の男性用礼服(タキシード)、ネクタイは赤を着用。

 着慣れない服は、体を締め付ける様な気がして、何処か落ち着かない。

 元々、滞在するのに服装制限(ドレスコード)がある様な宿泊施設だ、今迄の、汚れの染み着いた、厳つい革素材の服と比べれば、こちらの方が、この場には遥かに相応しい。

 招待状には、武装については何も書かれていなかったので、一応、エレナに敬意を表して、愛用の拳銃は携行せず。愛刀『無銘』を次元召喚して帯刀し、会場であるエレナの部屋に赴いたのだった。

『武人は、剣を帯びてこそ正装』との古式に則ったものだ。

 以前に、これさえあれば彼には世界を敵に回しても生き残る自信がある。・・・白兵戦最強の戦闘兵器。

 不興を買っても、これが、理解出来ない輩とは付き合い切れない。


 入口の扉にノックを入れて、会場と指定されているエレナの部屋に入ると、彼女は、女性用夜間礼装(ナイトドレス)を着込み、何時に無く派手な装飾で着飾って彼を向い入れてくれた。

 髪も何時もと違い、頭の上に結い上げ、露出したうなじと肩が黒い髪と対比されて白く艶めかしい。

部屋の中心にあるテーブルに座って一足先に食前酒を嗜んでいた。

「いらっしゃい、リョウ。・・・立ってないで座ったら?」

 言われるままに従い、リョウはエレナの席の前に腰を下ろした。

 合図と共に、本格的な食事会の料理がコース順に運び込まれ始める。

 料理を口に運びながら、話し掛けてみる。

「突然、こんな場所に呼び付けるなんて、却ってエレナらしくないな・・・」

 これまでの彼女は卓越していた。

『砂漠院』という組織を率いながら、毅然とし、常に孤高の天才足り得た。以前の自信に満ち溢れた彼女なら、あえてこういった場を持ちたがらなかった。だが、今の彼女は、隠しても明らかに嘗てと違う、年齢相応の少女に有り勝ちな、戸惑いの様なモノが感じて取れた。

 ならば、心境に変化を齎す、何らかの事態に見舞われたと考えるのが妥当だろう。

 思い当たる節があるとしたら西方に潜入してた際に犯したという大失敗だろうか、其処には巷で噂されるよりも深刻な心傷(トラウマ)が残る事態が在ったのかも知れない。

「前回、彼方と合って別れた後から、私の身にも色々な事が起った。・・・生涯初めて、決定的な敗北というヤツも経験した。それがもたらす不協和音と言うヤツも身に染みて経験した。・・・正直、思う存分、愚痴が言える相手が欲しかった。見返りを要求せず、笑って私の我が侭を聞いて、許してくれる相手が欲しかった。それが偽らざる今の私の本音かな・・・」

 リョウは宣教師では無い。心理相談員(カウンセラー)でも無い。思った事を、思った様に話し、体裁良く、突き放す事しか出来ないかも知れない。

 しかし、話を黙って聞く事は出来る。・・・それだけで気が紛れる事もある。

「愚痴なら聞こう・・・」

「・・・なら、御言葉に甘えて言わせてもらうわ。西方の奴等に監禁されている間中、彼方が颯爽と助けに来てくれると期待していたのに、良くも私を見捨てて放っておいたわねこの薄情者!」

「のっけから、果てしなく理不尽な批判だな・・・」

「筋が通らないのは先刻承知の上よ。・・・私もあれから随分理不尽な扱いを受けて来たから」

「『砂漠院』のエレナの活躍は、傍からは順風満帆の様に見えたが?」

「そんなことある訳ないじゃない!」

 彼女は大袈裟に首を振る。

「・・・買い被り過ぎよ。『北方・東方諸国』、『砂海諸国連合』、揚げ句の果て身内の『砂漠院』の中からさえも、互いに不信感が増大し、事態が予測した成果が得られず、暗転した責任が、全て私であるかの様に追及されたわ。マッタク、勝手なこと言わないでよ。最初から私の役目は『西方親衛艦隊』の位置捕捉よ。監禁されても、その役目はシッカリと果たしたでしょうに・・・」

「監禁中、西方の輩に、不埒な扱いでも受けたのか・・・?」

「まさか、紳士だったわよ。西方親衛艦隊の乗組員(クルー)達は・・・。けど、命カラガラ帰還して身内に後ろから石を投げ付けられるくらいなら、その方がマシだった気がする」

「そう卑下するな、命が助かったのなら、それだけで【丸儲け】だろう」

「強いわね彼方は、私は今回の事で身に染みた。思っていたより私の立場は脆い。弱り目に祟り目、増大する不信感、殺到する苦情、絶えぬ責任追及。いたる処から敵が現れ、アッと言う間に四面楚歌。身内である評議会にまで煙たがれ、私の職務権限の停止が画策され、不信任の発議をチラつかせ始める始末・・・。『エレナ』の地位から引き摺り降ろされそうになった私は、一度は、後の始末を『ラスカ』の評議会議長の父に押し付けて、全ての職務を放棄して逃げ出したわ」

 組織の長とは孤独なモノだ。一瞬の判断の誤りが身の破滅を齎すことさえある。

 勝手に期待されて、信用されて、上手く行か中れば勝手に失望される。

 そして酷い時は、

 一方的に責任を負わされて切り捨てられる。

 エレナの憤りは良く判る。リョウも一時、周囲の期待と、その重圧に堪え切れずに逃げ出した過去がある。

 長い迷走の果て、過去の自分と、折り合いが付いたからこそ、今ここに居る。

 今のエレナは、過去に、初めて挫折を知ったばかりの頃のリョウに似ている。

『生き過ぎたりや、二十と幾つ』と皮肉を口遊み、卑屈に、華々しく死ぬことばかり考えていた。

 中々、這い上がる端緒が見い出せず。彼の苦悩と迷走は、つい最近まで続いていた。

「だがそれで、事態の収拾先を、的確に『メセタ』の法皇庁に絞ったのは流石の慧眼だと思う」

 リョウとは違い、彼女は早くも這い上がる端緒を見出している様な気がした。

「それは、結果的に運が良かっただけ。本心は、単に、安易に今回の事態を引き起こした張本人であるクセに、被害者面して安全な場所から事態を傍観しているアイツ等が許せなかった。これで私が破滅に追い込まれる位ならアイツ等も道連れにしてやると、本気で思ってここに来た」

 西方のシオンの見解でも、エレナの見解でも、今回の『最後の聖論』争奪戦の原因は、突き詰めて行くと、法皇庁内部の権力争いに起因する。

 詳細を説明するとこうだ。

 法皇庁も『砂漠院』も、長期的な目標は、シオンの出現によって奪われた『西方』での莫大な利権の復活だ。だが、現法皇レフィテルⅢ世は、『西方』の地を追われた『ロココ』信徒に深く同情し、奪われた信仰の自由を武力で奪還しようと試みる勢力に過度に傾倒していた。

 砂海南方に宗教都市『アドリア』を建設したのも、『西方』から版図や、利権を奪われ追い立てられた信徒や、旧『西方』諸勢力の残党を集めて匿い、『西方』への捲土重来を計る、その拠点とする事が主な目的であった。そこに内部の対立の芽が生じた。

 強硬派と、穏健派と、懐柔派と、戦争準備派。

『人は一人では生きては行けない、しかし、二人になると喧嘩が始まり、三人寄ると派閥が出来る』

 法皇庁もその類例に漏れず、ラサ、レビ、ラナ、メルの皇統が其々の派閥を掲げて分裂した。

 最終的に『西方』に対して挑発的な政策を執る現法皇の皇統サラと、『破壊の伝承』を復活させ、教団の武装強化を図りつつ『西方』を牽制し、外交的な圧力で時間を掛けて『西方』を懐柔して行こうとする。その他のレビ、ラナ、メルの皇統が政策で野合し、意見は二分化して集約される。

 そして、宿敵である筈の『西方』皇帝のシオンと、密かに謀ってまで強行されたのが『アルデラ』の南方寺院の襲撃事態だった訳だ。

 三つの皇統の思惑は、『西方』に意図的に有利な情報を流して懐柔し『アルデラ』の襲撃を誘発させ、その隙を突いて、彼等は『ロココ』の姫巫女ラファの身柄を確保(もしくは殺害)。『最後の聖論』を手に入れ、強制的に退位させたラファの後釜として、彼等の皇統から選び出した『リサラ・レビ・レイナ』と言う少女を次代の姫巫女として擁立して、速やかに『破壊の伝承』を復活させる。その後は、その武威を用いて『西方』の圧力を牽制し、対立緩和の外交交渉を持ち掛ける。

『西方』側から優位な妥協を引き出し、最悪でも教団が『西方』に再進出し得る足掛かりが見い出せれば、それで良い。と言うのが当初の彼等の目論見だった。

 皮算用と言えなくも無いが、シオンと言う強烈な個性の出現で、『西方』に於ける教団の勢力は衰退したとは言え、信仰は不滅でも、個人は永遠では無い。『西方』の地にはまだ、数多くの迷える信徒が、彼等の帰還を願って待ち続けている。『西方』の地に足掛かりさえ確保出来れば、教団勢力の復活は、さして難しい事ではない。・・・まったく悪い選択とも言い切れない。

 シオンは、遺跡技術の調査の過程で、『破壊の伝承』の実在を裏付ける物証に行き当ったと言っていたが、法皇庁にはもっと具体的に、その実在を裏付ける確証があったのかも知れない。

 結果として、その思惑は、シオンの事態への積極介入によってアッサリ頓挫する。

 そして、内部で牽制し合っている内に、何も出来ず事態は急速に収束に向かって動き始めた。

「結果として法皇庁は、これ以上の事態の拡大悪化を望んではいなかった。そして法皇庁にはまだ、事態を収拾する最後の外交のチャンネルとして、当事者各国を黙らせる圧倒的な権威が残っていた。だが、それを有効に活用しているとは言い難かった。私が、調停役として潜り込める余地が、そこには残っていた。後は、御存知の通り。当事者同士が、尊大な自尊心を振り翳し、勝手な事を言い合って、その度に、私は、神経を擦り減らして、ギリギリの調整をしければならなかった。・・・気の休まる時なんて一瞬も無かった」

 ここまで話を進めて、エレナは食後の果実酒を飲み干した。

 

 結局、動乱は如何に始めるかより、如何に終えるかが肝要と言う事だ。

 結果、『砂漠院』は漁夫の利を得。土壇場で『ロココ』教団も影響力を維持した。

 その裏で、神経を擦り減らす様な駆け引きが在ったとしてもだ・・・。

 給仕のスタッフは、引き揚げ、部屋には、リョウとエレナの二人だけが残された。

 そして、気を切り換え、意を決する時の様に、エレナは深く息を吐いた。

「今回の事態で、私は何よりも自分が弱者でしかないと思い知らされた。交渉力、情報力、資金力、組織力、『ペンの力は無力では無い』 それも事実・・・。しかし、結局、最後に勝敗を分けたのは、圧倒的な暴力。『砂漠院』には、それが常に不足している。私の背筋には、あの時以来、何時も冷たい隙間風が通り抜けている。・・・未だに寒くて落ち着けない」

 突然、エレナが立ち上がって、リョウの傍に歩み寄って来た。

「ねぇリョウ、私と取引をしない。『砂漠院』と『反公儀処刑人』は、組織として、互いに不足しているモノを補う事が出来る・・・」

 何か雲行きが怪しくなって来た気がする。

 紅潮した頬、意を決した様なエレナの眼が怖い。

 男を喰おうとしている女に武装は無力。

「酔ったのか? エレナ・・・。酒は飲んでも飲まれてはいかんぞ」

「酔っては無いわ! 酔ってこんな事言えない! 好意を表明するのに、遅すぎる事も早すぎる事も無い! 思い立った時が好機なのよ! そして私は女。彼方は男。男女は一つになって利害を共有する事が出来る。ここで起った事は外には絶対に漏れない、二人の胸の内にだけ仕舞い込んでおけば良い。『ルルカ』になんて帰らなくても、私が丸抱えで彼方の面倒を見て上げる事も出来る! 彼方が今後も『反公儀処刑人』集団の長として、生きるつもりなら、私との関係は絶対に不利益にはならない。私は、今はただ彼方が欲しい!」

 結局、それ以上は、何も喋らせても貰えなかった。・・・口を塞がれた事もある。

 世の中は綺麗事では渡り切れない。拒む気も無い。

 生きる道を切り拓く為なら、彼は何にだって成れる覚悟がある。

 バレたら殺しに来る身内に心当りが無いとは言えないが・・・。

 彼もまた薄汚い大人の一人に過ぎない。だが、それでいい。

 互いに弱味を曝け出すことも処世術だ。信頼の証にもなる。

 それもまた迷走に果てに、過去の自分に折り合いを付けて得た結論の一つだ。

 不道徳な関係の香りは、主菜の肉料理に使ったニンニクの臭いがした。

 結果として、彼女との関係は、その夜のみに終わらず、誰に気付かれる事も無く、その後も深く静かに進行したのだった。後に彼が消え去る時まで・・・。


             ☆ミ


 思えば、この数週間、大きな衝突が無いにも関わらず、世界情勢が激しく変動する中で、リョウ達を取巻く環境も、かなり大きく目まぐるしく動いた。

 サラサを『砂漠院』ルートで、法皇レフィテルⅢ世の元に送り届けたのは、『メセタ』に到着した翌日の事、法皇庁にサラサを連れて出向き、引き渡しを見届けるや否や、瞬く間に、リョウ達『反公儀処刑人』集団は、サラサを救い出し、シオンと闘った、正義の英雄に祭り上げられていた。

 今回の事態で、リョウ達『反公儀処刑人』が担った役割が、それだけ大きな位置を占めている事は否定しない。が、彼等は裏の世界の住人だ。・・・困惑は隠せなかった。

 しかも、話が彼等に『メセタ』の名誉市民の称号を授与したいと言う処にまで進んで、リョウは遂にその辞退を申し出たのだった。彼としては、謝礼を貰ったら、こんな堅苦しい処からは、トッととオサラバして『ルルカ』の街に帰りたかったのだが・・・。

 こんな場所では気が休まらない。

 しかも『闇の会』の追放処分だって解消された訳では無い。

 本拠の『二十三番街』に帰って、やらなければならない事は幾らでもある。

 まして彼等は『ロココ』教徒ですら無い。

 法皇猊下の思し召しも、別に恐れ多いとは思わなかった。

 ところが、しかし、俺達が街に帰る事は出来なかったのである。

 信じれらない事に『法皇庁』は、【『メセタ』に滞在し、法皇猊下の思し召しを謹んで受けよ】と、そんな台詞が書かれた命令文書を、極秘裏に、これまた『砂漠院』経由で『闇の会』から取り寄せていたのである。しかも、そこには、今回の功績により、彼等の『二十三番街』(闇の会)からの追放処分が解除されたことまで明記してあった。

 手際の良い事だ。リョウが、アーリアスに託して予め施していた対策が、無駄になってしまった事にはなるが、・・・それは、それで良い。

『闇の会』が承認するなら、彼もこれ以上、頑なに要請を固辞するつもりは無い。

 身体に期間限定の特殊事情を抱えるハザードと、その相棒リキオは、それを理由に、その時点で帰国の途に付いたが、残りの者達は残留し、連日、今度は『メセタ』の法皇庁側が用意してくれた、派手な饗応を受ける事になったのだった。

 彼等は、多忙だが、結構、快適な日々を過ごした。

 取り分けニジェは、余程、この街との相性が良かったのか、何処に行っても異常なまでの持て成しを受け、連日続く、俄か作りのアイドル気分に、随分、御満悦な日々を過ごした。

 ニジェは、そこそこ外見が良い。『ロココ』にとって、外見上の美しさは重要だ。

 美しさは正義、可愛さは正義。神の選別の証なのだ。その範疇から外れる者は、良くて努力不足、悪ければ存在自体が無視される。迫害の対象にはならない。生き殺しにされるだけだ。

 因みに余談だが、ショウもまた、この数日間、ニジェ同様、結構、羽目を外して遊び回っていたのだが、先日、謎の『ロココ』美少女の熱烈な求愛(アプローチ)を受けて、現在、混乱中。

 打算で選んだ恋愛感情は、一時の気の迷いで選んだ恋愛感情より、長続きするのか?

『リサラ・リナ・リリナ』

 そう名乗り、後に、ショウを頼って『ルルカ』の街に転がり込んで来てしまう謎のこの美少女。

 その正体が、実は意外な人物で、彼女が持ち込んだ事態により、後日、彼等『反公儀処刑人』機関が、大きな波乱に巻き込まれる事になるのだが、それはまた別の講釈にて・・・。

 一方、リョウは? と言えば、忙しい喧騒には、三日で厭き厭きしていた。


 斯くして、瞬く間に数日が過ぎた。彼は、宛がわれた宿泊施設の部屋にあるソファに寝そべって、久し振りに何もしない時間を楽しんでいた。

 昨日、『メセタ』の名誉市民称号の授与式も終わり、責任は無事果たした。

 そろそろ、『ルルカ』の街に帰ろうかと考え始めていた。

 あんな場所にでも、望郷念は湧くらしい。この街は、彼には眩し過ぎるのだ

 さしずめ一瞬でも気を抜く事が許されない。常時、本番中の舞台の上…。

 光でも、闇でもない、その中間に広がる無限の灰色の世界、リョウにとって『ルルカ』は、そんな街だからこそ、落ち着ける場所なのだと判る。

 彼が、そんな感慨に耽っている時だった。

 突然、入口の扉にノックが入り、何者かが彼の部屋を訪なったのは・・・。

「ハッ、ハイ?」

 寛いでいたリョウは、ハッとして応対する。

 ドアを開けると、外の廊下には、砂漠の民の衣装に身を包んだ一人の少女が立っていた。

 それが誰か、リョウには直ぐに判った。

「サラサ?!」

 彼女は、頭ら目深に被っていたフードを下す。

 逃亡中、スッカリ、定番になった仕草(スタイル)だ。

 そして、ニッコリと微笑んで言ったのだった。

「お久し振りリョウ、元気していた?」と。

    

「よく出て来れたな・・・」

 数分後、室内に招かれソファに座ったサラサの前に、リョウは、カップに注いだ煎れたての珈琲(コーヒー)を用意してくれた。こんな時期だ。本当に驚いた。

「暇と、隙を見てね。これからはもっと忙しくなる。リョウのことだから、もう帰りたいって駄々を捏ねている頃では無いかと思って。帰る前にリョウには、もう一度逢っておきたかったんだ。・・・他の人達は? ・・・ニジェは?」

「まだ寝ている。チヤホヤされるものだから、最近は連日夜遊び続きだ。特にニジェはね。昨日も帰って来たのは真夜中だった。良く厭きないものだと感心する。・・・ホントに」

「『ロイヤル・ルージュ』の噂は僕の耳にも届いているよ。無理をせずリョウも一緒に遊べば良いのに。気付いていないかも知れないけど、リョウも結構人気があるんだよ」

 知っている。けど、

「派手な夜遊びは、俺の性に合わん」

 リョウはキッパリと言い切る。

 

 閑話休題。憮然と言い切るリョウに、サラサは子供っぽくケタケタと笑って見せた。

「ハハハッ、それはそれで、やっぱり、リョウらしいかな。それで、リョウはいつも一人でホテルに残って何をしていたの?」

「仕事だ。久し振りに、表の方の・・・」

「仕事ォ? リョウにもちゃんと表の顔があるんだ」 

 サラサはチョッと目を見開く。

「馬鹿にするな。どっちかと言えば、こっちの方が正業の、…筈だ」

 リョウは少し言葉を濁す。裏稼業程の知名度がある訳ではない。むしろ無名。

「ヘェ~、今さらだけど初耳ィ・・・」

 サラサは、思い切り意外と言う顔をして、リョウの顔を見たのだった。

『悪かったな。どうせ俺は骨董屋の昼行灯だよ!』

「教えてよ? リョウの表の仕事って何なの? 興味あるなァ」

「物書き、・・・作家だ。・・・一応」

 ポツリと呟くリョウ。

 刹那、サラサは再び目を丸くして、遂に堪え切れずに、笑いを吹き出していた。

 その瞬間、リョウのこめかみ当りが引き攣ったのは事実だ。

「笑うな! こう見えて少しはヒットを飛ばした事があるんだぞ!」

「ご、御免リョウ! 決して馬鹿にしている訳じゃないんだよ! でも少しビックリして。ヘェ~、意外だなァ。デッ、表題は? 『メセタ』も出版されていたの? ボク、本好きだから見た事あるかも知れない」

「『新世紀福音』だ。『メセタ』では『腐敗した街の堕天使達』とか言う題名だったと思う」

「エッ・・・」

 リョウが、そう呟く様に言うと、途端にサラサの表情が凍り付くのが判った。

「嘘・・・? 冗談・・・?」

 サラサが目を白黒させるのが判った。

「どうかな? 幻の『ゴースト・ライター』を目の当たりにした感想は?」

 彼はそれ以上、それに関して言及はしなかった。

 ただ、徒っぽく笑いながら、彼女に、そう言ったのだった。

 サラサも、それ以上、追及しようとはしない。

 その代り、彼女は顔を赤らめて、そのまま押し黙ってしまった。

 サラサの雰囲気が、その瞬間、ほんの少しだが確かに変わった事に、彼は気が付いていた。

「・・・サラサは、ヤハリ、これから姫巫女にるのか?」

 慌てて話題を変えようとする、リョウの質問にも、

「判らない。・・・でも、恐らくは、多分、近い内に・・・」

 サラサの声は、どこか寂しそうで気が無い。

 事態が収束すれば、次代の姫巫女の選定は、直ぐに始まる。選定候補に上がるか、上がらないかの選択に、彼女の意志が介在する余地はない。・・・皇統の順列が全てだ。

 そして、再び押し黙り、そのまま俯いてしまった。

 刹那、醸し出される気不味い沈黙。悪い予感がする。

 少し前にも経験した暴走直前の人間が醸し出す、異様な雰囲気・・・。

 対処に困ってリョウは、珈琲でも飲もうと手元のカップを口に近付ける。

 しかし、中は既に空。続けて逃げ出す様に、立ち上がり、近くの珈琲ポットに手を掛けた。

 背中に、温かいモノを感じて、リョウが動けなくなったのは、その刹那の出来事だ。

 それが、何かは直ぐ判った。サラサが彼の背中に抱き着いていたからである。

 そして、彼女は悲しそうに彼に囁くのだった。

「・・・姫巫女なんて成りたくない。権力に関わると皆、狂ってしまう」

「エッ・・・?」

 リョウは思わず問い返していた。

「僕は外の世界を知り過ぎてしまった。もう前の様な純粋な信仰心を失ってしまったんだ。外部に、汚染されてしまったんだよボクは・・・。特に、心がね・・・。ねぇ、リョウ」

「ハイッ・・・?」

 再び計らずも声が裏返る。

「リョウは、僕が連れて逃げて欲しいと言ったら、僕を連れて逃げてくれるかい?」

「そっ、それは難しい質問だな・・・」

 リョウが、しどろもどろで呂律が回らいでいると、サラサは突然、彼の前に回り込んで、彼の眼を覗き込んだのだった。・・・吸い込まれそうな瞳が、そこにはあった。

「お前、また『魅惑(チャーム)』を・・・」

「何もしていないよ。僕は・・・」

 艶やかな唇が、悪戯っぽい笑みを形造る。・・・イカン、欲望に流されそうだ。

 リョウの頭の中で、理性と本能が葛藤する。どんなに命じても、彼を絡め捕えたサラサの目から逃れられない。彼がもう少しで甘い誘惑に押し切られそうになった時、

「なーんてね。・・・冗談」

 サラサは唐突に、『魅惑(チャーム)』の呪縛からリョウを解き放ったのだった。

「おッ、大人を揶揄(からかう)うものじゃない!」

 本気か、冗談か、詮索するのは止めて、ホッとしながらリョウは軽くサラサを窘める。

 危なかった。でも、チョッと惜しかったかも・・・。

「へへッ・・・」

 サラサは再び悪戯っぽく笑うのだった。

「リョウは、ニジェを愛しているのだものね」

 だが、再びサラサの彼を揶揄う様な発言。

「何を生意気な! 別に、そこまで束縛はされていないッ・・・!」

 リョウが咄嗟に、言い返そうとした、その時だった。

「誰が、誰を、どうしたって?」

 背後から、思わぬ人物の介入に、リョウはそのまま凍り付いていた。冷たい視線が彼を貫く。

「ニッ、ニジェさん。いっ、何時から、そちらに・・・」

 冷汗が身体中からダクダクと滲み出して来る。

 彼は、一瞬、死をも覚悟した。彼女の眼光には、それ程の眼力が在る。

 だが、ニジェは、唐突に、その冷たい視線をリョウから逸らした。

「それは、マァ、今は不問にしましょう。それよりもサラサ、貴女は間違っているわ!」

「エッ?」

 突然、話を振られたサラサは、ビックリ( ゜Д゜)して身を震わせた。

『こいつ、随分前から隠れて聞いてやがったな・・・。』

 眉を顰めるリョウ。でも絶対に言葉にはしない。彼に向けられていた刺し貫く様な視線を、サラサに移動させ、ニジェは構わず話を続けるのだった。

「貴女は今回の事件を経て、様々な他人と出会い。新に色々な事を知り。色々な経験をしたのでしょう? だから、むしろ、姫巫女としてより多くの人々を導いて行ける様になった。・・・そう思わない? 現実と理想の溝を埋める。これからの教団に必要なのは、むしろそんな人材ではないかしら? 外界と触れてしまったから自分は汚染された? 権力は人を狂わせる? そんな事、考える方がナンセンス! 誰かみたいな姫巫女になろうと思わなくていいの! 自信を持って、自由に、貴女らしい姫巫女を目差しなさい! 誰も救う事が出来なかったリョウを、貴女は救って見せた。その貴女が、やってもみないで逃げてどうする!」

 ニジェの勢いに、サラサは、思わず目を見開いていた。

「確かに、少なくとも俺は救われた。・・・逃げる事を考える前に、出来る事を考えてみたらどいうだ? 助けが必要な時は、俺達を読んでくれ、何があっても、必ずお前の元に駆け付ける」

「・・・ウン、そうかもね。そうだよね!」

 リョウ達の励ましは、自信を喪失していたサラサに、それなりの効果があった様だ。

 無理して笑っている様に見えなくもないが・・・。

 彼等には、せっかく出来た『ロココ』教団との太い人脈を、安易に捨て去りたくないって打算も確かにある。しかし、それ以前に、思い通りに成らない現実から逃げても、逃げた先にあるのは、より思い通りにならない現実だけだ。

 闇の世界に誘う事が、彼女の為に成ろう筈が無い。

 人殺しを生業とする集団に、彼女の居場所が在ろう筈が無い。

 それが彼等が迷走の果てに辿り着いた結論でもある。

 彼女には、同じ想いをして欲しくは無かった。

 彼女は聡い娘だ。伝えるのは、それだけで充分だ。

 彼等と同じ舞台で踊るには、自分は未熟に過ぎると、俄かに悟ったらしい。

 それが本意であろうと、不本意であろうと、構わない。

 だからこそ、【我が意を得たり】と言った清しい笑顔で、サラサは決意を改め、リョウ達に向って、力強く頷いて見せたのだった。・・・そうに違いないと信じる。

 それで良い、人は迷いながら生きて行くものだ。

 その数か月後、サラサは『ロココ』の姫巫女に就任し、世界情勢の変動期にも拘らず、異例の長期就任期間を務め上げ、誰からも愛される偉大な聖女として歴史に名を残したのである。

 リョウ達も、その後、『ルルカ』の二十三番街に戻り、何時もの二重生活を再開した。

 いつ死が訪なうか判らない危険な仕事。命賭けだからこそ面白い。

 今日も銃を片手に彼は走る。

 腐敗した街の、夜の闇の中を・・・。


        ☆


 砂漠で、あの少女に出会った事が、彼にとって幸運だったのか、不運であったのかは知らない。

 ただ、その、事件が元で彼はその後、心の中で燻っていた蟠りを払拭し、再び闇の世界に足を踏み入れる勇気を取り戻した。彼の人生を変えてしまった忌わしい事件以来、止まっていた彼の中の時間は、それをキッカケに、再び動き始めたのである。だが、その三年後、彼は『フロレラ』の街の、夜の闇の中に消えて、遂に私の前には帰らなかった。

 私にとってはどうなのだろうか? 

 負け犬と罵られ、籠の中の鳥と(なじ)られても、私は彼に生きていて欲しかった。

 その後、例え一生、彼と交す言葉が無かったとしても・・・。

 私には私の誇りがある。

 それは、他の誰とも違う。

 私が愛したのは伝説の暗殺者『悪魔に憑かれし者(ルシファー・リンク)』では無く。

 リョウ・ルシフェルと言う名の只の一人の男だと云う事だ。

        ー「ラブラドール・ニジェの手記より」ー



【最終章最終補完】

 前述した通り、リョウは『深砂海』での緊張状態が、緩和した時点で、アーリアスに、別行動を要請し、先んじて『ルルカ』への帰路に付いてもらっていた。

 目的は、彼等の追放状態の解除を『ルルカ』の『闇の会』と交渉する為だ。

 結果としてこれは、この時点で意味が無くなっていたのだが・・・。

『親父さん』を手を掛けた『オレグ』に対する報復は完結したが、黒幕と思しき西方のシオンは取り逃してしまった。実質的に、これ以上の追跡は不可能だ。適当な処で手打ちにしなければならない。

 いつまでも街の外で燻っている訳にはいかない。

 火種の無い場所で、火は燃え続ける事は出来ない。

 如何なる法規も、執行者が居なければ、正常に機能しない。 

 両者の関係は切っても切れない。

 だから、アーリアスには、その調停役を依頼したのだ。

 彼は『白導師』。

『闇の会』の中心的人物、太老『大導師』の直弟子である。

 直接的に『大導師』と面会出来る特殊ルートを持っている。

 謎多き存在の日常を知っている稀有な存在である。

 案の定、アーリアスは『ルルカ』の二十三番街に帰り着くと同時に、一般には知られていない『大導師』の隠れ家に赴き、彼との面会を許されていた。

「曇りなき眼で、真実を見て来たか?」

『大導師』は、目の前に現れた『白導師』を目にするや、そう問いかけて来た。

「・・・全ての成り行きを見極めて参りました」

「では聞こう」

「・・・『最後の聖論』の謎は解かれ、『破壊の伝承』は封印を解かれ飛び立ちましたが、その後、地に墜ちて灰塵に帰しました。もう二度と飛び立つ事は無いでしょう」

「問題は『ロココの魂』の方だ。『ロココの魂』の危険性に比べれば、『破壊の伝承』の盛衰など大した事では無い」大導師は呟く様に即座に紡ぎ返す。

「関係者の証言によりますと『破壊の伝承』の復興準備中、未知の知性体の助言を受けたと聞き及んでおります。彼は自らを『ルシエの使徒』と名乗り、その後、何処かへと旅立ったとか、確証はありませんが、恐らくはそれが『ロココの魂』ではないかと類推します。」 

「イヤ、それに間違いなかろう。」

『大導師』は即答し、囁くように言葉を紡ぎ続ける。

「アレは、なぜかガリアにだけは忠実だった。だが、純真であるが故に邪悪。理知的であるが故に狡猾。数多くの預言者の元を渡り歩き、唆し、無垢であるが故に、安易に、何度も破壊と殺戮の引き金を引いた。故に法皇ガリアは、アレを神と見做す信仰を否定させ、『破壊の伝承』の内部に『ロココの魂』を封印した。再び世に放たれた以上、アレは新たな依り代を捜し始めるだろう。世界にはまだアレの『依り代』と成り得る遺物が幾つも埋もれ転がっている。アレが再び動き始めた時には、世も再び信仰の為に人命を踏み躙った『創世記』の大破壊の時代に立ち帰る事となる。そして、それは遠い未来の話では無い。我々は、急ぎ、その時に備えなければならない」

「リョウは、『ルルカ』への帰還を熱望しております」

『白導師』はここで交渉の本懐に斬り込む。

「前文明の遺物と、真面に闘えるのは、前文明の武器を扱い熟せる者でしかない。手元に駒は多いほど良い。・・・この世界は、人類に次の進化を促す巨大な試験管だ。人類の進化の行く末は我等人類が決めるべきだ。・・・ナア、そうは思わんか我が弟子『白導師』よ?」

「・・・御意に」

 アーリアスは厳かに頷いた。『大導師』も満足そうに頷く。

「後は任す、良きに計らえ。・・・そして、『天と地に調和を、(リガ)の栄光の為に』」

(リガ)の栄光の為に」

 復唱すると同時、『大導師』の姿は闇の中に遠ざかり、再び彼の目の前で重い鉄の扉が閉じたのだった。


           ☆

語り切れなかった部分を、スピンオフにして近々『外伝』を書こうかと思います。

SAND DUST STORYSは、そこで一旦、書き終えます。


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