29:過去の光景と神
『グハァッ…ハァッ…!!』
…ダメだ…呼吸が…上手く出来ない…。
息を吸う度に…奴から出てくる冷気が侵入して…俺の肺を傷付けてくる…。
血が止まらない…このままだと凍死、というより…窒息死する…。
お得意の体内で熱を発しても…すぐに冷却されちまう…。
くそ…意識が朦朧としてきた…。前にも似たようなことがあったが…今回ばかりはやばいかもしれない。
『苦しそうであるな…赤竜』
目の前には…あの鬱陶しい氷を使う竜がいる…。このままだとやられることぐらい、俺が一番理解しているが…体の言うことが…効かない…!
『今からでも遅くはない。初めの言葉を撤回するなら、楽に殺してやろうぞ…』
どっちにしろ殺すつもりじゃねぇか…。
そんなのはゴメンだと言いたいが…そうも言ってられるような状況じゃねぇ…。
喉まで凍っていて喋れない…息が出来ない…苦しい…死ぬ…。
出来ることならなんでもいい…助けて、くれ…。
『…喋らず。すなわちそれは自身の発言を肯定する、という意味…どうやら苦しんで死にたいようであるな?』
ちげぇよ馬鹿野郎…こっちは喋れねぇんだよ…。
それなのに自分なりの解釈しやがって…好き勝手してくれるじゃねぇか、おいこら…。
…けどまぁ、こいつの言う通りだが…俺は撤回などしない…。
そもそも俺は…元をいえばお前らみたいな化け物とは違う…普通の人間…だったはずなんだ…。
今は…ただのドラゴンだと思う。生き物を殺しても…何とも思わない竜だと思う。
もう戻れないとなれば…心、心だけは人間のままでいたい…。
だから俺は…人間を守る…。偽善者とかそう言われても構わん…俺がそうしたいから、そうするだけだ…こんちくしょう…。
『ならばこのまま嬲り殺してやろうぞ…竜の恥晒しめ…!』
首筋に冷たい息がかかる…。
どうやらこのまま俺の首を掴んでは叩きつけようとするらしい…。
…前にもこんな感じで噛まれてたっけか?あん時は腹が減ってたからどうしようもなかったが…今は体のあちらこちらが凍りついて…動きやしない。
叩きつけられたら…凍った部分が破裂して…原型を留めずに散るだろう…最悪な死に方だな…。
あー…くそ…。ここまでか。
せめてもの…記憶の一つや二つぐらい…思い出してから死にたかったな…。
ちくしょう…。
ちくしょう……。
ちく、しょう………。
『待ってくれ!!』
『…?』
…なんだ…?誰だ…?
この聞き慣れない声は…?
人間…?それも男か…?
視界がぼやけてよく見えない…。声を出そうとしても口が開かない…。体を動かそうにも動けない…。
これは…夢?
『せめて…せめて○○だけは生かせてくれ!!罪があるのは俺の方だ、こいつに罪なんてない!!何もかも俺が全部背負ってやるから許してくれ…!!』
…何か揉めているようだが…一部だけ聞き取れない。
だが男が泣き叫びながら誰かを庇っているような、そんな話をしているのはよく分かる。
問題は…こいつが誰だってこと。さっき聞き慣れないっつったが…どこか懐かしいような…不思議な感覚だ。
『頼む…!!見逃してくれ…!!お願い、します…!!どうか…どうか○○だけは…!!』
ぼやけていた視界が少しずつ回復すると、目の前で展開された光景が鮮明に見えてきた。
そこには後ろで倒れている女を庇うようにして両手を広げている男に…その正面には一丁の拳銃を構えた男性が視界に入った。
あれは…誰だ?確認しようにも顔の部分だけ黒く雑に塗りつぶされているから顔までははっきりとわからない。
『………』
_バァン!!
…まさかとは思っていたが、本当に撃ちやがった。
撃たれた男は眉間だと思われる部分から血を撒き散らしながら真後ろに吹き飛び、女の隣に倒れこむとピタリと動かなくなった。
『ひぃ…ッ!』
女は腰を抜かしているのか、悲鳴を上げるだけで立ち上がることすら出来ずにズルズルと体を引きずっては男との距離を開けようとした。
だが男はそんなことお構いなしに、開いた距離を縮めようと一歩ずつ歩いては接近し、拳銃を構えると同じように引き金を引き…
_バァン!!バァン!!
…撃ち殺しやがった。
しかも男の時と違って、死んで動かなくなった尚も…何度も何度も引き金を引いては撃ち続ける。
おい…なんだこれ。
俺はいったい何を見せられている?
死ぬ間際だってのに…どうしてこんな…。
………死ぬ間際?
もしかしてこの光景って…走馬灯…ってやつ、なのか…?
『ここで死なれちゃ困るなぁ』
!?
こ、今度は誰だ!?
少年と女を足したような…性別も分からん声が…俺の脳内に響く…!
頭が…痛い…!!まるで誰かが無理矢理頭ン中に入り込んでいるような…!!
『君がこっちに来るのは早すぎる。せっかく与えた第二の人生をここで終えるなんてつまらないだろう?』
なに…!?
与えた…?第二の人生…?
おい…その口ぶりから察するに…お前、まさか…!!
『うん。君たち人間から神と呼ばれる存在だよ』
思考が…読まれてる…。
間違いない…こいつが俺を…この世界に送り込み…竜に変えた元凶、か…!!
『失礼だな…元凶って呼び方したら、僕が悪者扱いみたいじゃないか』
うるせぇ…!!俺を勝手にドラゴンにしやがって…人間をなんだと思ってやがる…!?
『人間なんて僕からすると…どうでもいいかな?』
は…?どーでも…?
『うん、どうでもいい。まぁ強いて言うなら観察物かな?』
おい…こいつ、さっきから何言ってやがる…?
『あながち間違ってないよ。僕ら神は地球という生物が暮らすのに最適な星を作り上げ、その頂点に立つのかなんなのかを見てただけだからね』
話がよくわからない…。
『わからなくていいよ、君には理解できない話だから。でも君は同じ人間に殺され、この世界で竜という存在に生まれ変わった。これだけは揺るがない事実さ』
殺された…俺が…?
じゃあ今見ていた光景って…まさか…。
『そう思うのは君の自由だよ。でも死んだ事実は揺るがない…それだけは言っとくね』
おい、神…お前なんか知ってんだろ…!詳しく話せ!!
『そう怒るなよ、怖いなぁ』
ふざけんな!!人の死を面白いように観察しやがって…!!
本当はお前の手違いとかそういうのじゃないのかよ!?
『いや違うよ、勝手にそんなよくありがちな展開にしないで。僕はそんなヘマしないから』
なにぃ…!?
『神は絶対だよ。失敗なんてしないし、人間の命をそう易々と奪ったりしない。生きとし生きるもの全てにおいて、自由という権利は生まれてから誰にだってあるんだから』
自由の…権利…?
悔しいが…こいつのいう通りだ…。俺もこの世界に生まれ、今に至っては自由に世界を回っている…。
神と名乗るこいつが何故俺を、何故竜に転生させたのか…謎は多いが転生させたのは確かだ…。
…じゃあ、一体誰が…なんの為に俺を殺したんだ…?
くっそ…考える度に頭が痛い…。俺は何のためにこの世界にいるんだ…!!
『ゆっくり考えればいいさ。答えは求めるものじゃなくて探すものだからね。それに…』
それに…?なんだ、どうした?
『どうやら、向こうの世界でお迎えが来たようだよ。そろそろ行った方がいいんじゃない?』
っ…あ、頭の方向が、勝手に…!
つか、なんだあれ…空間に穴が出来て…その先には知らん人間が二人いて…庇ってる光景がみえるぞ…?
誰だ…あれ…。王冠?ってことは…国王か何かか?
『誓ったんだろう?元に戻れないのなら、目の前で救える命を救う人間のままでいるんだ…ってね?だったらこんなところでくたばってる場合じゃないと思うけどな』
救う…命…。
俺の手に届く範囲で救えるなら…そうしたい。
でも、こいつは何故俺の手を貸す?
人間とは監察物じゃないのか?
『そうだよ。目の前にいる人間を見殺しにするのも救うのも君の自由。縛られた条件なんてないし、死にたいって言うならここに残っても_』
いや、それはない。
『あら、残念』
…だが、今は記憶がどうのこうの言ってる場合じゃねぇ。
向こうで戦ってんだよ…俺の目の前で…死ぬことを分かっていながらもドラゴンに立ち向かうなど…この国は馬鹿ばかりだ、ちくしょう。
俺が………やるしかない…!
『いい心がけだね。それじゃさっさと行くんだ…君の度に、加護があらんことを…』
…その言葉を最後に、頭から何かが抜けるような感覚に襲われた。
あいつが何なのか、さっきの光景で殺されたのが俺なのかわからない。
分からないが…答えは求めるものじゃなくて、探すもの…あいつの言う通りだ。
そうだとすれば…ここでくたばってる場合じゃねぇ!!




