03:人間と遭遇!!絶対殺されちゃうんで近寄らんとこ!!
どうも、ドラゴンになってから早三ヶ月ぐらい経過しました。
相変わらずの名無しなのでどうやって自己紹介しようか悩んでるところ、俺は今ちょっと面倒な場面に直面している。
今までどうしてこの世界に人間がいると確信していたのか知らんが、本当に人間に遭遇しちまったんだよ。
いつものように狩りの特訓中にさ、なんか嗅いだことのない匂いがしたと思って身を隠したのはいいけども…よりによって人間ですかい、そーですかそーですか。
不幸中の幸いか、他の兄弟たちは遠くで遊び…いや、俺と同じように狩りの練習をしているからバレることはないと思うが…今日の飯が目の前にいるってのにもどかしいったりゃありゃしない。
人数は…女一人に男一人の二人パーティか。ってことはカップル冒険者的な何かって感じ?
…なんかそれはそれで許せないな。どうしたものか、どこか心の奥から沸々と怒りが湧いてくるが、こういう場面こそ冷静を保たなきゃならんな。
もしここで飛び出してみろ。俺はドラゴンなんだぞ?間違いなく敵対されちゃうがな。痛いのも嫌だし、何より話し合いも通用しないしでメリットなんてどこにもない。
とはいえ、少し気になることがある。それはこの世界の人間が築いた文明とは日本に…いや地球に近いものなのか、という疑問だ。
服装を見る限り、なんかの魔物の素材で作られたような革服だ。ただ流石ファンタジー世界だというべきか、女は身丈ほどの大きさを持つ鋼の剣を、男は弓を担いでいる。
あれで魔物とか倒すんだろうな。現に今日のメインディッシュになる予定の牛型の魔物の前で構えているし…。
『ブルルルルル…!』
対する牛はというと、鼻息を荒くしては地面を軽く蹴って頭を揺らしている。あ、やる気満々だな…俺の前だとビビってたのに。
「な、何故こんな所にファラリスが…」
「ここ最近出現したドラゴンの影響かもしれない…だが、倒すまでだ」
お、こいつは朗報だ。
威嚇している牛…えっと、ファラリス?の前に動揺する男性と女性の話し声が聞こえてきたんだが、どっちとも日本語で話してるぞ。
これなら話し合いの余地が…あ、俺喋れないじゃん。じゃあ結局ダメじゃん、畜生めぇ!
『ブモオォォォォォ!!』
なんて一人で悔やんでいたらし痺れを切らしたファラリスが頭を下げては思い切り地面を蹴り上げて突進を仕掛けてきた!
ドスドスと地鳴りを起こしながら加速していき、一直線へと二人の人間に襲い掛かる!
「うわっ!!」
先頭に突っ立っていた男はやや反応が遅れたものの、間一髪で回避に成功し…その奥に立っていた女は焦る様子もなく、ボソボソと何かを呟き始めた。
何やってんだ…?こんな時に独り言なんて…死んじまうぞあいつ…。
「スピードブースト…パワーブースト…エンチャント・アグ…!!」
い、いや待て…。聞いたことない単語を並べているだけだと思っていたが…何やら体の周囲から緑、赤とオーラを纏ったと思ったら、今度は構えている剣から炎のようなオレンジ色の熱を纏い始めたぞ…。
あれってまさか…独り言じゃなくて、詠唱ってやつじゃないのか?
「うおあぁぁぁぁッ!!」
熱を纏った剣を構えると、そのまま回避ではなく真正面から突っ込んでいきやがった!!
ってか速い!!あのスピードブーストとかいうバフ系の魔法の効果なのか!?
「斬ッ!!」
ファラリスと直撃する前に脇側へと回避しながら剣を突き立て、その勢いのまま真っ二つにしやがった…。
走り抜いたファラリスから悲鳴のような咆哮が響くと同時に大きな音を立てて崩れ落ちた…一撃だこりゃ…。
「はぁ…はぁ…はぁ…」
といっても、女もかなりの集中力を消耗したようで…。ファラリスが死んだことを確認すると安心したのかふぅと安堵してへたり込んでいる男に向かっていく。
「あ、ありがとう…ございます」
伸ばされた手を受け取った男は何も出来なかったことに羞恥心を覚えたようで気難しそうな顔をしながら立ち上がってお礼をする。
対する女は特に気にした様子を見せず、鼻で笑うとファラリスの死体に駆け寄っては素材のいくつかをはぎ取った。
そして草むらに隠れて一部始終を見終えた俺は…馬鹿みたいに大口を開いたまま動けなかった。
え、なにあれ!?魔法ってあんなに強いの?じゃあ人間やべぇじゃん、どーすんのこれ!?
つか、この人たちってさっき「ここ出現したドラゴンが」どうのこうのいってたけど、絶対父ちゃん母ちゃんのことだよな!?
ヤダよ、戦いたくない!!俺転生したっぽいけどチートなんて持ってないから百パー負けるじゃん!?
どうとでも言ってくれ。俺は対人戦が出来るほどの技術なんてないし、それだったら逃げて生き延びる選択肢を取ってやるわ!!
………失礼、少し取り乱した。とにかく今は奴らと戦うつもりもないし、そもそもメリットもクソもない。
獲物を逃したのは気掛かりだが、ここは逃げるという選択が正しいようだ。そうと決まればとんずらするぜ、畜生め。
「………」
「ど、どうしたんですか?」
「いや、何かの視線を感じた気がしたんだが…気のせいみたいだ。帰るぞ」
「え?あ、ちょっと待ってくださいよ!!」
この時、女冒険者に勘付かれたことに俺は気付いていなかったとさ。
あ、帰ったら母ちゃんに心配されました。どうも見ていたらしく、下手に動けなかったとか。
…その日の夜は父ちゃん母ちゃんの間に挟まれながら寝たのは記憶に新しい。鱗と甲殻が重なって寝ずらかったです…はい。
本日登場した魔法
・スピードブースト
回避、または命中率を一時的に上昇させる効果を持つ基礎バフ系魔法のひとつ。色は黄緑色で魔力消費量によって効果時間の延長、または複数に付与することが可能。
・パワーブースト
攻撃力、または身体能力を一時的に向上させる効果を持つ基礎バフ系魔法のひとつ。色はオレンジ色で魔力消費量によって効果時間の延長、または複数に付与することが可能。
・エンチャント
主に武器などに属性を一時的に付与する効果がある基礎バフ系魔法のひとつ。どのような武器でも問わない。
・アグ
灼熱属性系の属性魔法で難易度は火球。主に小さな火の玉のようなものを飛ばして攻撃し、着弾すると小さめの爆発が発生する。氷結属性の魔物などに効果的で、冷水属性の魔物には効果が見られない。なお、今回はエンチャントバフによって登場した。