23:砂漠の中の氷
ぬぅ…この洞窟はどうなっとるんじゃ。
罠というものはないのじゃが、こいつはまるで迷路じゃ。あれか?脱走させないようにとこういう作りになっとるというのかの?
しかも距離が長い。かれこれ一時間以上歩いとるが未だにマンティコアの奴に辿り着かぬ。
「おーい!!本当にこの道であっとるんじゃろうな!?」
『案ずるな、騙すつもりなどない。大事な供物であるからな…』
妾の声が反響して響き渡る一方、奥からマンティコアの声が聞こえてきおった。
うむ、魔物を信用するのは癪ではあるが…声が先程より聞こえるため近付いてるのは確かじゃな。
それに…この洞窟、砂漠の中にあると言うてここまで冷え込むとは。まるで雪ぞ、雪…一体どうなっとるんじゃ。
_パキッ
ぬ?今なにか踏んだか?
ヒビが入ったようなそんな音がしおったが…視線を下に向けてみる。
…こいつは…氷?
いや待たれ待たれ。いくらここが肌寒い洞窟の中だとしても、砂漠のど真ん中に氷なんてあるものか?
確かに夜の砂漠は冷え込むが…氷なぞ見たことがあるまい。
…何か嫌な予感がする。
妾の勘じゃが…これはマンティコアどころの話ではないのかもしれぬ。
それにこのタイミングでデスワームまで活発になりおるし…何がどうなっとるんじゃ…。
「のぅ!!もう一度問うがお主、本当にマンティコアか!?」
『何度も言わせるでない。余は余である…信用出来ぬならただ前へと進むがよい』
「ぬぅ…」
返答に変わりなしか…。仕方あるまい…ここは前に進む他、道は残されておらんようだ。
この際相手がされであろうと何でもよい…。
リリーナ、待っとれ。今妾が助けに参るぞよ…。
・・・
・・
・
「気掛かりであるな」
アンビラス王国・玉座の間にて。残されたワジール王は隣に佇む大臣に向けて一人ぼそりと呟いた。
自分の可愛い娘たちの手掛かりが見つかって、嬉しさのあまりすっかり忘れてたが冒険者からこんな話を聞いたと今になって思い出す。
「何が、でしょうか」
その内容が気になって仕方ないのか、大臣はどこか不安そうな様子でワジールに向き合い、その理由について聞き出そうと首を傾げた。
対するワジールは、自慢の髭をすりすりと手を当てて擦りつけながら悩み、眉間を寄せては「んーっ」と低く唸っては首を捻る。
「デスワームの件についてだ。少し気になる報告を耳にしてな」
ワジールが気になっていたこと、それは先程襲来してきたデスワームについてだった。
戦闘に参加し、辛うじて生き残った冒険者からとある報告を耳にしたワジールはその件についてどうしても気になって仕方ないようで、答えを聞き出そうと大臣に向けて言い放つ。
「はて?デスワームですと既に討伐されて_」
「いや違う、奴の行動についてだ。デスワームは基本、地中を食い漁り、移動するが為に顔を出す筈がない。だが今回はそれを関係なしに、しかも我ら人間の前に姿を現した…」
「と、言いますと…?」
「聞いた話だ。デスワームの行動が人間を襲う、というより…''何かから逃げているように見えた''、と冒険者たちは口を揃えて言っとる」
「な、なんですと!?デ、デスワームはかのマンティコアと並ぶカテゴリー6に相当する危険な魔物ですぞ…!それが尻尾を巻いて逃げるなど…」
考えられない。というより、想像が出来ない。さらに言えば想像などしたくない。
だが残念なことに嘘を言ってるようには聞こえない。大臣はただのワジール陛下の冗談だと、そう信じていたが、ずっしりと重くて暗いような空気だけが漂うだけで他は特に何も起きなかった。
しばらく沈黙が続く中、ワジールは頭の中で今まで起きた出来事を整理した。
第一王女シャンティアが行方不明に第二王女リリーナも行方不明。マンティコアが動き出し、同じようにデスワームも活動を開始…そして近日から噂になっている赤竜の飛来…。
こうも立て続けに様々な出来事が発生してることに本当に偶然なのか?と疑うが、起こってしまったことは仕方なく、ひとつひとつずつ今出来ることに対応する他なかった。
今はただサトーを引き連れた少数隊とシャンティア、リリーナの無事を願うしか出来ない。それが悔しいのかワジールはぎゅうっと悔しそうに拳を握った…。
・・・
・・
・
一方、赤竜は…
『………』
不機嫌だった。
洞窟は狭いわ、王女の我儘に付き合ってきたストレスが溜まっていたわ、さらに言えば奥に行けば行くほど自分が嫌いであろう冷たい空気が漂うため、怒りが募るばかりである。
そんな赤竜は現在、洞窟の奥へと続く場所で止まっている。
何故か。それはただ単にこの先の広さが足りていないのだ。
だがこの先にはシャンティアの微かな匂いが残っているため、遠回りも、かと言ってこのまま突き進むも出来ない、さらには今になって退くことさえも出来ない赤竜は目を瞑るとうんうんと頷くような動作を見せ、目を開く。
_そうだ、道が通れないなら作ればいい。
なんて言ってるような感じで閃いたような顔をすると、一旦距離を離れ、大きく息を吸い込むと体内で熱を加え、一気に放出。
火球は真っ直ぐ直線に飛び、洞窟内の天井に直撃すると大きな穴が開き、そこから大量の砂が入り込んできた。
『!?』
洞窟だからって天井をぶっ壊せば快晴の天気が顔を覗かせるであろうと勘違いしていた赤竜だが、まさか砂が入り込んでくるとは予想していないようで、目を見開いては驚いてるようなリアクションを見せてくれた。
水のようにどんどん侵入してくる砂の前に、赤竜は目を瞑って何か覚悟を決めると、翼を折り畳むと器用に使って犬かきのようにじたばたと振り続け、砂を掻き分けながら上へ上へと掘り進めていく。
まるで水中を全力で泳ぐような勢いで泳ぐ泳ぐ。さらに言えば翼腕だけでなく、後脚もしっかりとバタバタさせて推進力を加速させる。
なんともシュールな光景。だがこれが案外事がいいように進んでいるようで、凄まじい勢いで赤竜は地上に通じるであろう砂の中を泳いでいく。
_もう少しだ…!もう少しで…地上に…!!
というような必死さがひしひしと伝わる中、周囲が少しずつ明るくなってきた。本当に地上との距離が近いらしい。
もうひと踏ん張りで赤竜は勢いを振り絞り、一気に加速すると砂を撒き散らして…
・・・
・・
・
「あれは…」
同刻、洞窟へと向かっていたサトー率いる少数隊は砂漠の中から飛び出した何かを双眼鏡で観察していた。
全身を覆う炎に燃えるような真っ赤な鱗、焦げたような黒ずんだ甲殻、そして頭部から真っ直ぐ後ろへ伸びる二本の角…。
何もかもがその特徴に一致する竜、赤竜ラグナロクの姿を見た彼らは、持っていた武器を思わず手放し、口を開いては固まってしまった。
「赤竜!?本当に居たとは…!!」
「だが…何故砂漠の中から?」
そんな疑問の中、赤竜は翼を広げると一気に上昇してはグルグルと周辺を回る形で旋回し始めた。
幸いにも少数隊には気付いてない様子で、その姿はどこか何かを探しているようにも見えるが、その実態は謎である。
「…恐らく、あそこに洞窟が通じてるかと思います」
「なに?」
双眼鏡から目を離したサトーは旋回する赤竜の前に指をさし、後ろにいたセバスチャンと二名の護衛兵に向けて口を挟んだ。
何を言ってるのか理解出来ない三人は仲良く首を傾けるだけで納得がいかない様子に、サトーは一呼吸置いてから憶測を合わせた説明をする。
「あの体の構造からして、砂の中に潜り込められるわけが無い。それなのに砂漠の中から出てきたということは…空洞に通じてる可能性があります」
「な、なるほど…」
頭の回転が早いサトーは相変わらず無表情で淡々と説明するサトーに対し、圧倒的情報量を前に飲み込もうと必死になる三人。
だが、話の筋が通っている。あの赤竜の翼は地面を掘るためのものではなく、空を飛ぶためにあるもの。従って掘り進むには特化していないと判断されるのでその可能性は大いに有り得る。
信じるか信じないか定かでは無いものの、ここまで来たら退くという選択肢はない。その覚悟でサトーたちは旋回する赤竜の視界から外れるように穴の空いた箇所へと足を運ぶのであった…。




