19:王女シャンティアの悩み
マンティコア。
ここビラ砂漠にて、太古から語り継がれている魔獣…それがマンティコアだという。
蝙蝠の翼、蠍の尻尾、そして獅子の胴体を持ったその魔獣は五十年に一度生贄を求めて活動し、主に十代の若い女を血眼で探り出すという。
そして明日、前回の生贄の儀から丁度五十年。今年選ばれし生贄とは…
「…妾、じゃった」
『じゃった…?』
そこからは本当に辛そうな顔でシャンティアは語り続けた。
最初は無理するなとそう伝えたのだが、どうしても聞いてほしいのか無理を通して離し続ける。
「最初は良かったんじゃ。妾の命があれば五十年という歳月だが、アンビラス王国の民は救われるならと…。けど何を思ったのか、妾の妹が代わりに生贄だと言い張ったのじゃ」
『それで、妹、は…』
「ある日突然消えた。何の前触れもなくの」
『………』
そうか。それで毎日毎日脱走しては探していると、そういうわけ…か。
あぁ、通りでそんなに詳しいんだな。この自然界に生き抜くために蓄えられた知識も、魔物の特徴も、何もかも…。
「このことは妾含む王族とお父様が選別した上級冒険者しか知らん。国の混乱を起こさぬよう隠ぺいするためにの」
『………』
「今はその上級冒険者が必死になって捜索してると聞くが…それで安心するような姉など要ると思うてか?」
『………』
あぁ、こいつは確かに我儘ばっかりで忙しい女だと思っていたが…本当は攫われた妹を取り戻すためにと、悩みを抱えていたんだな。
それに最初の口ぶりからして、恐らくだが誰にも話していないんだろう。今にも泣き崩れそうになっているが、ずっと我慢してきたっつーことか。
「…しんみりしてしまって悪かったの。そうじゃ、妾は人間でお主はドラゴン…関係のない話じゃな」
ふむ…よし、決めた。
『…詳しく』
「?」
『殺す。マンティコア、敵』
「だ、ダメじゃダメじゃ!!これは妾の問題でお主には関係_」
『じゃあ、何故、話した?本当、助け、いる?』
くっそ…こんな時に限って話しにくくてもどかしい。けど相手に伝わっているからそれでいいけどよ。
「そ、それとこれは違うじゃろ!!」
『とにかく、俺、危険。お前、危険。利害、一致』
「何故…何故そうまでにして妾を助けようとするのじゃ…お主は…」
『…理由、ない。困ってる、助ける、当たり前』
そう、理由なんてない。
困ってるのなら助け、逆に自身に困っていれば助ける。人として当たり前の行為じゃないか。
今の俺はドラゴンだ。それに生物の命を奪っても何も感じない程の精神にまでなっている…。
もしかしたらもう人間には戻れないかもしれない。ならせめて、心は人間のままでいたい…そうしたい。
「…お主は御人良しすぎじゃ。ここまで心が綺麗なドラゴンなど聞いたことも見たこともない」
『もう、泣くな。鼓膜、破れる』
「おい、今ので全部台無しじゃぞ」
『聞こえ、ていた?』
笑った。それも大いに。
シャンティアも、俺も。心の奥底から、久々に笑った。
笑いなどもう起きないかと思っていたが、案外出てくるもんだな。よかったよかった。
・・・
・・
・
その後、シャンティアは眠ってしまった。
久々に笑い、そしてずっと抱えていた悩みを打ち明けた安堵から疲れ果てたら眠くなったんだろう。
そんな彼女を守る形で丸くなりながら、俺は見張りを怠らず、あっちこっちと忙しく首を回しては周囲の確認に徹底している。
いくら俺がドラゴンだとしても敵なしっつー訳じゃねぇからな。巨大サソリに限らず、厄介な人間に襲われる可能性もあるしな…。
ま、その時になりゃ素直にこいつを引き渡すつもりだが。この王女様のお守りは俺の役目じゃないし、荷が下りてすっきりする。
「…リリーナ…」
…妹の名前だろうな。夢の中にまで出てくるとなると本当に妹思いだってのがよーくわかる。
こいつの気持ちは理解してるつもりだ。俺もこの世界に生まれてから長男として生まれてきたわけだしな。
ある意味…本当にある意味だが俺はこいつと似てる部分がある。生き残るために努力して知識を得る部分とか、妹…弟妹思いの部分とか…。
…あいつら元気でやってるかな。死んでなけりゃいいんだが、また会いたいぜ。
おっと、いけない。見張りに集中しなくては…。こいつを死なせるわけにもいかないし、今は今後について考えるとしよう。
さて、明日の予定は…
・・・
・・
・
「例の赤竜が現れたぞ」
アンビラス王国のどこかの誰かがそういった。
最初は噂程度の話で済んでいたが、時間が経つに連れ目撃者は多くなり、ついにはここアンビラス王国中に点在する全ギルドはこれを生態調査の形で依頼書を発注、以降多くの冒険者パーティが赤竜を求めてそれを請け負った。
あるパーティは名誉を手に入れるべく、あるパーティは高額な報酬金のため、あるパーティはただ単に赤竜とは何なのか、という深い探究心に駆られた者が大半だったが…残念ながら赤竜どころの騒ぎではなくなってしまった。
そう、今のアンビラス王国には三つの問題を抱えているのだ。ひとつは王女の捜索願いと、もうひとつはその王女の妹が行方不明になっていること。
だがその二点はどちらもギルド構成員には知らないもので、上級冒険者らが請け負っているため差程問題ではなかったが…最大の問題は三つ目にあった。
巨大蚯蚓ことデスワームが活動した、というものである。
これに対しギルドはデスワーム討伐のためにと防衛線を設置し、迎え撃つが為にと莫大な資金をかけて多くの冒険者パーティを導入。
人間もそうであるが、このまま赤竜が防衛線の前に…それも王女を連れた状態で来てしまえば敵対すること間違いなしであるが…
「あぁ…王女様…。一体どこへ…」
その防衛線から少し離れた砂漠のど真ん中に彼女専属の執事が歩いていた。
襲いかかって来た魔物を倒したばかりなのだろう、片手に大きめのナイフを逆手に持った彼は今日も今日とて我儘王女様の探す旅の真っ最中である。




